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 帰りたくない、と駄々をこねるミュスカを宥めて言い聞かせるのに、思ったよりも時間がかかった。それでもなんとか言う事をきかせて、ここで私に会った事は誰にも言わないように、何度も念を押して聞かせた。そして、送っていってくれるヒルズさんに、別れの時にミシェリアさんから貰ったペンダントを託した。
「これを渡して下さい。それだけで、私が来ている事が分かる筈です」
「分かったよ」
 それで、少しでもミシェリアさんが安心してくれれば良いのだけれど。
「また、すぐに会える様になるから。ルーディも戻ってくるし、それまで大人しくして我慢してね」
 別れ際、ちびっこ達をひとりずつハグした。
「お願いします」
「ああ、任せておきな」
 ヒルズさんにちびっこ達を預け、手を振って見送った。
 三人のちびっこ達は、道を曲がって見えなくなるまで何度も私を振り返って、手を振ってくれた。
「ホルトくんもありがとうね。吃驚したし、嬉しかった」
 一緒に見送りに出てきた少年に言えば、「気にすんなよ」、と少し照れ臭そうに笑った。
「これからも、あの子達と仲良くしてくれたら嬉しいな。施設には、ホルトくんと同じ年頃の男の子達もいるんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「うん、きっと友達になれると思う」
 そうすれば、私がランデルバイアに戻されても、カリエスさん伝手にあの子達の様子を知る事もできるに違いない。そして、なによりホルトくん達にとって、スレイヴさん達みたいな良い出会いになればいいと思う。生れや育ちに関係なく、やんちゃやったり喧嘩しながら遊べる仲間は、この年の男の子に数多くいる方が良いような気がする。
 ……スレイヴさん達、今頃、どうしているかなぁ。
 私は薄曇りの空を見上げて、離れた地にいる人を思い出していた。

 カリエスさんは、またブランシェさんを呼んで、殿下にルーディの事を伝えるように頼んでくれた。ほかにも色々と手配をしてくれたらしい。
 そうして、私も少しずつではあるが、落ち着きを取り戻していった。残る動揺は、力づくで捩じ伏せる。
 兎に角、考える事。
 私に出来る事と言えば、それぐらいしかない。
「あの城を攻めるとなれば、どういう手段を取る事になりますか」
「そうだな。ファーデルシアの王城は、ああ見えて意外に手強い。まず、あの高い城壁を突破する事がひとつの難関になる。門前の長い坂道も問題だ。見下される形での攻撃はどうしても不利になる。その上、幅もさほどない為に、狭い範囲で固まって戦わなければならない。つまり、狙い撃ちにされやすいという事だ。そして、背後の湖。岸からの攻撃がまず届かない」
「船で近付くというのは」
「それこそ、城から狙い撃ちにされるだろう。それに、それだけの数の船の調達はまず無理だ」
「ああ、そっか」
 弓を射掛けられれば防ぎようがないし、投石で攻撃されれば、転覆したりもするだろう。
 カリエスさんと部屋で話ながら、ルーディを助け出す為の手掛かりを探す。
「湖などの水を引いて、水攻めというのは」
「攻手としては有効だが、本格的な篭城戦になるぞ。そうすれば、長引く。向こうも端からそのつもりで物資は用意してあるだろうし、君の友人を助けるどころじゃなくなる」
「……そうですね」
 長引けば、こちらの士気も問題が出るし、国民との関係も悪化し兼ねない。揚げ句に、時間切れとなれば話にならないし。
「ランデルバイアの人が紛れ込んでいる筈ですよね、私達と一緒に来た。その人とは連絡がつかないんですか」
 城内にいれば、ルーディの居場所も分かるかもしれない。
「一緒に行ったひとりは、私と一緒にいたから今は軍に戻っている。もうひとりは残っているが、別の砦に配置されたようだ」
 畜生。
「ガーネリアで紛れ込んでいる人は」
「いる事はいるが、今は厳戒態勢で中との連絡が取れない状況になっている。なんとか努力はしているのだがな」
 ……他に打つ手はないのか、私の出来る事。考える事さえ、現状では追いつかない。どうしてこんなに無力なんだ、私は。
「旦那」
 部屋の戸がノックされて、ヒルズさんが顔を覗かせて呼んだ。だが、中には入ってこない。
 カリエスさんが立ち上がって近付くと、ひそひそとした声が聞こえた。
「……分かった。ありがとう、頼むよ」
「また、何かあったら言ってくれ」
 何気ない言葉にさえ、声がひそめられる。
「なにかあったんですか」
 私の質問にカリエスさんは、
「君の友達は、まだ戻って来てはいないそうだ。それと、ミシェリアという人から、『何があったとしても、けっして無茶をしないように』、と。君にまでなにかあればこども達が悲しむから、との伝言だ」
「……そうですか。元気ではいるんですね」
「ああ、兵達に監視されてはいるが、今のところ、皆に危害を加える様子はないらしい」
「よかった」
 僅かばかりの事だが、安堵する。
「だが、念の為に、護衛も兼ねてひとり施設に置く事にした」
「そんな事、出来るんですか?」
「ああ、ガーネリアの者だが、ヒルズの紹介で女性をひとり手伝い寄越すという形でな。実際、手が足りなくて困ってもいるだろう。君の友人が戻ってくるまでの間、こども達の面倒をみながら、何かあった際には守ってくれる」
「女の人が、大丈夫なんですか」
「ガーネリアは、騎士ではないが、女性でも剣を扱う国だったからな。そういう者ならば、任せて安心だろう。うちの女王陛下も、剣の腕は大したものだぞ」
「そうなんですか?」
 一度、お会いした時の印象は、活発そうな方ではあったが。
「ああ、少なくとも君よりは強い。乗馬についても男性に引けを取らない」
「へえ、そうだったんですか」
「うん、だから大丈夫だ。この事態では、身元を詳しく調べるなんて事もできないだろうし、実際、これ以上の手を出される事はないだろうが、用心して間違いはないだろう」
 それは、少しでも安心するように、と私に対しての配慮も含まれているのかもしれない。
 私の知らないところで、動いている事柄も多いらしい。
 だからこそ、自分の手で何か役立つ事をしたいのだ。すべてを他人に任せて、ひとりのんびりなどしていられない。足手纏い扱いは嫌だ。邪魔者扱いもご免だ。
 だけど。
「キャス、焦る気持ちは分かるが、全ては殿下が到着してからだ。まずは返事を待つしかない」

 飛べる羽根が欲しいと、真剣に思った。
 高い城壁でも飛び越えられる羽根。
 そうしたら、直ぐにでもルーディを助けに行けるのに。




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