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 ルーディの亡骸は損傷が激しく、こども達の目に触れるのは忍びないというミシェリアさんの言葉で、密かに、丁重に荼毘にふされたと、次の日、ウェンゼルさんが教えてくれた。
「ミシェリアという方が、とても貴方の事を心配されていたそうです。貴方に会いたいとおっしゃったそうですが、今はまだ混乱もあるので殿下もお許しにならず、もう少し落ち着いてからと返答したそうです」
「……そう」
 娘のようにも思っていただろうルーディが死んで、ミシェリアさんもとても悲しんだに違いない。ちびっこ達がルーディの事を知ったらどうなるのだろう。間違いなく泣くだろうし、深く傷つくだろう。親を亡くした子達にとっては、将来に影響する心の傷になるかもしれない。
 そんな事を思いながら、私はベッドの上でそれを聞く。
 足を鎖に繋がれたまま。
 ミシェリアさんだけでなく、私はウェンゼルさん以外の誰とも会わずにいる。完全、隔離状態だ。
 皆、忙しいのか。それとも、殿下が許さないのか。
 ウェンゼルさんは何も言わなかったけれど、私としてはどちらでも良かった。
 今は誰とも会いたくない。会ったところで何も喋りたくないし、誰にもなにも言われたくなかった。
 ウェンゼルさんもそんな私を気を遣ってか、極力、話しかけてくる事はない。
「美香ちゃんは……黒髪の巫女は見付かったの?」
「いいえ、まだの様です。手を尽くして探してはいるのですが、公にするわけもいかず、手も限られますので」
「そう」
 彼女は今頃、どうしているのか。
 ジェシー王子が吊るされた事は、耳に入っているだろう。ルーディが王子に殺された事は知っているのだろうか?
 幸せな人は誰もいない。
 生き残ったランデルバイアの騎士や兵士でさえ、心に新たな傷を負っただけに過ぎない。
 こんな事になんの意味があるというのか?

 それから三日経った。
 私は、大部分の動物性たんぱく質を受け付けない身体になっている事が分かった。卵や牛乳さえ駄目だった。匂いを嗅いだだけで、吐き気をもよおした。今のところ分かっているところで口にできるのは、パンと豆や野菜と果物。それですらも、大した量は食べられなかった。
 精神的なものが原因とはいえ、極端な話だ。難なくベジタリアンへの転身。ダイエットフードいらず。
 実際、人を殺したわけでもないのに、ここまで顕著に拒絶反応が出るのは珍しいらしい。普通の兵士でも、徐々に食べられるようになっていくのだそうだが、私にはそんな気配すらない。逆に酷くなっていくばかりだ。好きだった筈のチーズさえ匂いで受け付けなくなっていた。
 意外に、神経質だったらしい。
 そんな風に感心していると、ウェンゼルさんに、
「貴方は、そこら辺の貴族の姫君達よりも、ずっと繊細な神経をお持ちですよ」
 と、真顔で言われたのには、少し驚いた。
 開けた窓の外から、鳥の鳴き声と共に微かな歌声が部屋に流れ込んできた。
 アメイジング・グレースだった。
「ファーデルシア王の国葬の最中なのでしょう」
 ウェンゼルさんが呟くように言った。
 ……マジにやったのか。
「散々、悩まされましたが、こうして聴くと美しい曲ですね」
「……私は嫌いです」
 つい、本音が出た。
「そうなんですか。何故?」
「神を賛える歌だから」
 私の答えに、ウェンゼルさんは気を悪くした様子もなく、微笑さえ浮かべた。
「貴方らしい」
「それより、敵国の王の国葬を催してどうするんですか。これも殿下のご指示で?」
 普通、有り得ないだろう。
 訊ねると、そうです、と肯定の返事があった。
「ランデルバイアがグスカを制圧した事に危機感を覚えたジェシュリア王子は軍を強化し、ランデルバイアの侵攻に対抗しようとした。ですが、それとは別に、平和的解決を願ったファーデルシア王は、自らの命を差し出す事で全面降伏し、国と王家を守ろうとした。それに王子は激昂し、自らの剣で父王を刺し殺した後、ランデルバイアとの戦に踏み切ろうとした。既に王との密約で承諾していたランデルバイアは急いで駆けつけるも間に合わず、王子を親殺しの罪人として罰し、また、真に国を思ったファーデルシア王に対しては敬意を表して国葬を執り行う、という筋書きです」
 ……極悪だ。とんだペテンだな。
「でも、それでファーデルシアの国民は納得を?」
「そんな理由でもない限り、敵国の王の国葬を行う理由はないでしょう。同時に、この戦で命を落としたファーデルシア兵士達の慰霊祭も兼ねていますし」
「それは、王子に騙されてっていうか、命令された為に仕方なかった、という理由で?」
「そうです」
 徹底的に、ケツ顎王子を悪人に仕立て上げる気か。
「でも、それを言い切るには、生き残った兵士が納得しないのではないですか」
「中にはそういう者もいます。が、現実に王と王子が言い争っている姿を目撃した者もいたそうで、大部分の人々には受入れられつつあります。王子が王の政に対して不満を抱いていたのは、周知の事実であったようですし」
 そうか。詳しく突っ込めばボロも出るだろうが、民衆はそこまで望んではいないだろう。既に王族はいないわけだし、進んで争い事にするには彼等も、人的にも、物資面においても不足している。ならば、ここで納得して、今の己の生活を守る事を選び、目を瞑る部分も大きいだろうな。人は自分に都合の良いものを見たがるものだから。
「ファーデルシア内でも意見が二分されていたって事ですか」
「そうですね。当然と言えばそうなのでしょうが。奇襲が成功しなかった場合は、また流れが変わっていたかもしれません」
 或いは、王が美香ちゃんの引き渡しを決断し、王子を説得するか、それをするだけの猶予ができたかもしれない。だが、王にしても、一人だけ残った跡継ぎに対し、強攻策は取れるものではなかったか。
「王子はどうなったの」
「三日間、亡骸を城門に吊るされて曝され、先ほど下ろされたかと。しかし、埋葬は王家の地下墓地ではなく、一般墓地に埋葬される事になると思います」
 ……死んだ後も差別されるのか。最も国としての誇りを守ろうとした者が。
「民衆に対してはどのように」
「貴族以外の国民には、これまで通りの生活を保障しています。貴族に対しては領地や邸宅の没収を行いますが、手持ちの財産に関しては、そのまま所持する事をお許しになられました。既に国外へと逃げた者に対しては、全て没収し戻る事をお許しにはなりませんが」
「ああ、そう」
 貴族は金持ちの一般人になったわけか。それはそれで不満は強いだろうが、身一つで放りだされるよりはマシと、ぎりぎり妥協範囲でもあるだろう。実際、貴族がこの先、食べていけるかどうか怪しいものだものな。働くなんて事は出来ないだろうし。
 私はベッドの上に寝転がった。
 結局、ファーデルシアに対しても被害は少なく侵略が出来たわけか。と、なれば、あとの問題は、本当に美香ちゃんの事だけなんだな。
 上出来だ。大成功と言っても良いのだろう。エスクラシオ殿下にとっては。
 でも、なんで、それでルーディが犠牲にならなければならないのか。何故、ルーディは生きていないのだろうな。
 笑顔のルーディに、もう一度、会いたかった。
 彼女がいない今、私にとっては、なんの意味もない事ばかりだ。
 ミシェリアさんやちびっこ達がいるが、この様子だと、急に掌を返して酷い扱いをされるなんて事もないだろう。他国が攻めて来ない限りは戦場になる事もないし、ランデルバイアはそう簡単に攻め込ませないだろうし、それなりに平和に治めていくだろう。
 これから先は、殿下や陛下の好きにすれば良い。

 ……もう、私の手は必要ないに違いない。

 私は目を閉じた。




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