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 私は自分を不幸だと思った事はない。不運だとは思っても。
 ついていない、とか、つまらない、とか思った事はあっても、不幸だ、可哀想だと思った事はない。だって、私より不幸な人は一杯いるから。可哀想な人はいくらでもいるから。
 だから、一時的に途方に暮れたり不自由はあっても、なんとかやれている。多分、それは幸せな事なんだろう。
 でも、普段、これといった幸福も感じていないから、本当にこれが幸せな事なのか、はっきりと判断もつかない。
 それは不幸な事なのか? ……よく分からない。

「やっぱり、余計な飾りも多過ぎます。たとえ良いものでも、限度を超えれば下品に感じてしまいます。成り金趣味っていうのか。ちょっと気を利かせた感じの方が私は好きですね。それか、もうすこし古さを感じさせるようになったら、また雰囲気も違って来るのでしょうけれど」
 私は、昨日、見せてもらったファーデルシア王城の王の居室や賓客用の部屋を指して言った。
「よく、あんな所で眠れるな、と逆に感心します。寝ていても、常に上から見られているようで落ち着かなくないですかね」
 各部屋に、ルネッサンス期に見かける極彩色の天井画が描かれていた。絵自体は良いのだが、部屋として見るとどうかとも思う。金細工の装飾があちこちに施されているから余計だ。しかも、歴史建造物的な古さはなく、まだ新しいばかりの鮮やかさだから始末におえない。周囲を極彩色で彩った、新品の金ぴか仏像を観た感じだ。それはそれで、妙な方向にテンションは上がったが。
 ウェンゼルさんの顔にも苦笑が浮かんだ。
「慣れもあるのでしょう。殿下も別の部屋を使っておられますし」
「でしょうねぇ」
「国の威信を見せつける為でもあるのでしょう。兎角、小国である事から、他国よりの威圧や馬鹿にされない為にも、国力を示す場所でもありますから。実際、あの辺りの部屋以外は、貴方の使っている部屋同様に質素ではありますし」
「ああ、そういう面もありますか。でも、趣味の悪さと取られれば、逆効果でもありますよね」
 思い返せば、死を目前にしたケツ顎王子も、そんな事を言っていたと思い出す。
「周辺国からの圧力というのは相当あったんでしょうか」
「そうですね。あったと思いますよ。グスカは常に脅威でもあったでしょうし、ランデルバイアは今回の事以外では、さして厳しい要求を突きつけた事はないですが、ソメリアなどは難しい相手であったでしょう」
「ジェシュリア王子のお兄さんは前のグスカの侵略で戦死して、妹姫が他国に嫁いだと聞きましたけれど」
「その辺りの事は詳しくはありませんが、ジェラルディン王子が亡くなったのは、二年前になりますか。クリュミナ王女は嫁いだと言っても、側室に上がったのだと、猊下がお話になっていた記憶があります」
「側室ですか。正妃ではなく」
「ええ、確か。ソメリアに」
「王子のですか」
「いいえ、レギアス王の」
 あ?
「え、王女って、その時、お幾つだったんですか」
「さあ、十六か十七か、そのくらいだったと思いますよ。確か二十歳にはなっていなかったと思います」
 うわ、きついな、そりゃあ。その年で五十過ぎの王の妾に差し出されるのは、普通に考えれば、絶望的な気持ちになるだろう。
「それは、やっぱりソメリアの侵攻を阻止するためでしょうか」
「その辺の事情は分かりかねますが、おそらくそうでしょうね」
 因縁つけられたか、なんかしたかもな。
「……ファーデルシアが亡くなった今、そのクリュミナさんはどうなるんでしょうか」
「さあ、どうでしょうか。王の愛妾としての地位が確保出来ていれば良いでしょうが、そうでなければ、どういう扱いを受けてもおかしくはないですね。なにせソメリア王は側室だけでも二十人は下らないという話ですから」
 大奥か、いやさ、ハーレムか。マジ、トドだな。スケベオヤジめ。嫌だ、嫌だ。ああ、でも、
「そういう事が重なって、ジェシュリア王子も精神的に追詰められていたのかもしれませんね」
「そうですね」
 少しだけ、初めてケツ顎王子に同情心が湧いた。だが、ほんの少しだけだ。だからと言って、ルーディを殺して良い筈がない。自ら、勝ち目の薄い戦を起こす真似をして良い筈がない。大義を口にするならば、尚更だ。
 王子は選択を間違えた。対外政策を間違えた。ランデルバイアまで敵にすべきではなかった。大博奕を打つにしても、完全にタイミングを読み間違えた。焦りすぎだ。
 政治に関しては素人の私だが、そう思う。
 でも、二十二歳か、二十三歳か。日本だと大学生でしかない年だ。第二王子という事もあったのだろう。有名大学にストレート合格するほどに頭が良い人間だったとしても、いきなり総理大臣をやれ、と言われて出来る筈がない。一国を背負って立つなど、経験の浅い若造には荷がかちすぎたのだろうなあ。それとも、あの年齢にありがちな、過剰な自尊心やら強い自意識や、根拠のない自信みたいなもんが、王子に可能と思わせたのか。
 大神殿へと向かう馬車の中、ウェンゼルさんと話しながら、そんな事を私は考えていた。




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