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「脈もしっかりしてきましたし、もう安心でしょう。今しばらくは、ゆっくりと安静にさせておいて下さい。咽喉の炎症も治まりつつありますが、声は出させないように。あと、精神的にもまだ参っている筈ですから、した事を責めたりしないように。出来るだけ静かにさせておくこと。食事は、しばらくの間は流動食ですね。噛まずに飲み込めるものを、少しずつ与えて下さい。無理に食べさせる必要はありません。量は多くなくても良いですから、食べられる分だけを……」
 ……よく喋る医者だな。眠い。怠ぃ。



「本当に、馬鹿だね、君は」
 ……この声は、ランディさんか。
 髪の毛がさわさわ撫でられている。くすぐったいぞ。つか、きっと、べたべたで触り心地悪いんじゃないのか。
「誰も君の死を望んじゃいないのに。みんな、君に生きていて欲しいのに、どうしてそんなに死にたがるんだろうね」
「見付けるのがあと少し遅ければ、命はなかったそうです。本当に気付けて良かった。それだけが救いです。本当に、失態続きで情けないばかりですよ」
 ウェンゼルさんもいるのか。ああ、もうなんでかなあ、君は気がききすぎるのが玉に瑕だ。
「君だけではなく、我々もさ。どうして、こうも裏をかかれるのか……おそらく、最初から渡されていたものだったのだろうが、気付きもしなかったよ。話を聞いた時に取り上げておけば、こんな事にはならなかった筈なのに。彼女については後悔ばかりだ」
 カリエスさんまで……いや、それはしょうがないって。そうしようとしてんだから。
「まったくね。そんな話があった事すら忘れていた。しかし、頑固にも程がある。殿下以上だ。言い出したらきかないのだね、君は。愚かしい選択までして……だが、私達にも責任がある。許して欲しい」
 アストリアスさんも。殿下以上ってのは心外だ。それに、許すもなにも、私が勝手にした事だから、謝る必要ないのに。
「ほら、皆さん、病人は静かに眠らせてあげて下さい。それでは良くなるものも良くなりませんよ」
 あれ、この声。
「レティ、おまえの声が一番、大きいよ」
 ……そうだ、レティ。なんでいるの?
「あら、ごめんなさい」
 笑い声が立つ。
 元気そうだ。
「キャス、早く元気になって下さい。みんな待っています」
 わんこ、もう一匹いた。グレリオくん、レティが来てくれて良かったな。プロポーズしたのかなぁ。
「さあ、皆さん、もう戻って下さい。キャスの事はお任せを」
 そうだ。わんこ達は働け。私の分も働きやがれ。
「頼んだよ、レティ」
「お兄さま、御心配なく。慣れておりますわ」
 ……そういや、前もこんな事あったよなあ。



「何故、目覚めない。あれからもう三日になる。毒は抜けたのではないのか」
「身体の方はほぼ回復していますし、一時的な覚醒も確認されましたから問題ない筈なのですが。原因は分かりませんが、薬の副作用か、或いは精神的な事が原因かもしれません」
「薬の副作用は分かるが、精神的な原因とはなんだ」
「さて、目覚めたくない理由があるのか。そもそも自殺をはかっての事ですから」
「しかし、目覚めない事にはその理由も分からん」
「そうですね。このままでは衰弱するばかりですし、なんらかの手を打つ必要があるかと」
 ……煩いぞう。静かに寝かせろ。
「馬鹿者! 早く目を覚ませ! 猫にしても寝過ぎだ!」
「殿下、そのおっしゃりようは少し、」
 ……うっせぇよ、殿下のくせに。大体、言い方が偉そうなんだよ。猫扱いしやがって。眠いんだ。疲れてんだから、寝かせろよう。ああ、ぬくぬく……



「眠り姫は、まだお目覚めにはならないのかい」
「ええ、ずっと、眠ったままで。心配です。このまま目が覚めないんじゃないかと思うと……」
「レティ、滅多な事を言うもんじゃないよ。……ウサギちゃん、目を覚まして。早く戻っておいで。君には伝えなきゃいけない事が沢山あるんだ。みんな待ってるんだよ」
 ……うん。でも、もうちょっと寝かせて。せめて、あと五分だけ……



 キャス、キャス、と繰返し呼ぶ声がある。……煩いな。
「キャス、起きて、起きて頂戴」
 あれ?
「こども達が大変なのよ。ルーディの事を知ってしまって騒いでいるの。ミュスカが酷く泣いてしまって、私ひとりの手には負えないわ。起きて手伝って頂戴」
 ミュスカが? そりゃ大変だ。本格的に泣きだしたら、スプリンクラー状態だもんな。
「キャス、お願い、起きて。皆、泣き止まないのよ。助けて頂戴、キャス。起きて」
 ……うー、まだ、眠いんだけれどなあ。うう、そんなに揺すらないでよう。もう、仕方ないなぁ。そろそろ起きるか。

 あれ?

「キャス、良かった。目が覚めたのね」
 私の顔を覗き込んで、泣きそうな顔で微笑むミシェリアさんがいた。その向こうには、レティもいる。レティは私の顔を見て、ぼろぼろと涙を溢していた。
「良かった……このまま、ずっと眠ったままじゃないかと……死んでしまうんじゃないかと心配しました。本当に良かった」
 ……どうしてだ? ミュスカは? あれえ?
「私、お医者さまに知らせてきます!」
「キャス、貴方、ずっと眠ったままだったのよ。本当に心配させて。ああ、また眠っては駄目よ。身体は起こせる?」
 ミシェリアさんは私の肩を抱いて、枕をクッション代わりに上半身を少し引き上げた。半ボケ状態のまま私は、唇に当てられた水の入ったカップを傾けられるがままに飲んだ。
 生温い液体が乾ききった食道を潤し、身体に染み渡っていくのを感じた。

 ……あれ? あれえ? あれ? なに、この状況。
 ……ひょっとして……騙されたぁあーーーっ!?

 こうして、私は五日ぶりに昏睡状態から覚醒した……らしい。




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