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 えー、二十八歳で自殺未遂をやらかしました。

 肝心なところで、何やってもうまくいかないなあ……本当に、自分が嫌になる。
 思い出せば、ここぞっていうコンペに限って負け続けたもんなあ。そういう星の下に生まれてんだろうか。
 今回に限っては、自殺未遂というところが、なんとも決まりが悪いというか、情けないというか。穴があったら入りたい気分だ。その後、集まってきたみんなに、どんな顔したら良いか分からなかった。
 でも、あんまり何も言われずに、良かった、とだけ言われて頭を撫でられた。殿下だけがいつも通りの馬鹿者扱いだったが、それでも、多少は心配していたらしい雰囲気が伝わった。
 皆、すぐにお医者さんに追い立てられて帰っていった。
 実際、そこそこヤバい状態が続いていたらしい。所謂、危篤状態。日本だったら集中治療室で、二十四時間体制の治療を受けていなければならない状態だったようだ。
 それらの事を、まともに覚醒してから二日目、様態が安定したところで、お医者さんから聞いた。
 説明によると、私が服用したのは動物性の神経毒の一種で、テトロドトキシン――平たく言えば、フグ毒だな――と似た成分が含まれているものだったらしい。勿論、百パーセント天然成分。
 ごく微量であれば、薬としても使えるものだが、咽喉に炎症を起こす副作用があるんだそうだ。量が多ければ、呼吸器系や内臓の筋肉の働きを麻痺させる類のものだそうだ。まともに作用していれば、間違いなく、あっ、という間に呼吸困難に陥って即死だったそうだ。うまく生き残れても、ゾンビ状態。つまり、酸素欠乏による脳細胞の部分的死滅化が待っていた。
 けれど、長期間、劣悪な環境下――ポケットの中――に放置しておいた事による毒性の劣化。及び、元々、薬の効きが悪い私の体質に加え、一緒に飲んだハーブティとの組み合せによって吸収が悪くなったか、無効化した部分もあったようだ。その代わりに、詳細は不明だが、その状態と医者特製の薬との間で化学反応を起こしたらしく、七転八倒の苦痛があったのだと言う。一時はショック症状で心臓も止まって……って、オイ!
 ……でも、お茶で薬は飲んじゃいけないってこと分かってたのになあ。薬を飲む時は、水かぬるま湯にしましょう。
 と、まあ、そんなこんなで、すべてがギリギリの状態で助かったのだそうだ。
 でも、生命維持装置どころか、点滴すらろくにないこの世界だ。再び、昏睡状態から目覚めない私に、相当、焦ったらしい。植物人間になって衰弱死か、と五日目に目覚めるまで、医者は口にしないまでも、ほとんど絶望視していたそうだ。

 で、ここで疑問が湧く。

 ……名前も知らないお医者さん、なんで貴方はそんなに詳しいんですか?

「初めまして。私の名は、ジョン・ケリー。ここでは神の御遣いなどとも言われますが、二十年前にこの世界にやってきて、以来、あちこちを旅をしながら人々の治療をし、この世界での医療の研究をしていました」

 うおっ、お仲間だったかぁーーーーっ!!



 ケリーさんは私達の前に来た人で、あっちの世界でも元からのお医者さん。ロサンゼルスの家の近くで早朝ランニング中に、なんだか良くわからない内にこっちに来てしまったらしい。地震が起きたようだ、とは言っていたが、そのニュースは私の記憶にはなし。単に、忘れているだけかもしれないが。でも、ランニング中とは、アメリカ人らしい。
 最初は私達と同じくファーデルシアで保護されていたそうだが、戦や病などで苦しむ人々の姿に、医者としての使命感がむくむくと沸き上がったらしい。一念発起し、治療に役立ちそうな植物や民間の治療法を求め、大陸各地を旅しながら研究と人々の治療を行ってきたそうだ。
 ひとり国境なき医師団。天使を失った街から来た天の御遣い。……皮肉か?
 で、今回、ファーデルシアが戦場になったという事で見逃しておけず……というより、旅の通行証とかの問題があるので、心配して戻ってきたそうだ。ところが、戻ってきた頃には戦は終っていて、ファーデルシアは既に征服されていた。
 そこで、成り行きもあって、相手関係なく無条件に治療をするランデルバイアの医師らに合流して、怪我人の治療を行っていたそうだ。そこへ、私が自殺を図ったりしたもんだから、お呼びがかかったという経緯。
 今はすっかりとこの世界にも慣れ、年月が経ち、来たばかりの頃は金髪だった髪も色あせ、今は白っぽくなってしまったと言う。
「いつの間にか、こんなに年をとってしまいました」
 向こうの世界では、離婚した妻とこどもがひとりいたそうで、それが気掛かりではあるが、そこまで心配もしていないようだ。ま、離婚しているし、こどもも順調に育っていれば、成人しているしな。
 私以前に来たケリーさんの事は、『おじいちゃん』と私も聞いていたのだが、それはこちらの世界の年齢で言えば、の話。元の世界の感覚で言えば五十過ぎの初老であり、まだまだ元気いっぱいだ。
 そして、今、その腕を見込まれて、ランデルバイアの医師と殿下より、これまで得てきた医療知識と技術の伝達を求められているそうだ。後進の育成という面でも、これを機会にそろそろ一所に落ち着く潮時かもしれない、とケリーさんは、よく陽に焼けた皴を刻んだ顔を綻ばせた。
「王室がスポンサーになってくれるんでしたら、医療器具の開発もできるでしょうしね」
 と、冗談めかせて言った。
 でも、その方が良いだろうと、私も思う。二十年前のものであれ、ケリーさんの持つ医療知識は技術も含めてこちらの世界からみれば格段に進歩したものであるし、長い目で見れば、その方が助かる人の数が増えると思うから。
 それに、元の世界の事を話せる相手が近くにいるのは、私も嬉しい。それは、ケリーさんも同じだったようで、私が同じ世界の日本人と知って喜んでいた。こちらの言葉に時々、英単語も交えて、一頻り身の上話もした。
「そんな経験をすれば、誰でも絶望をしますし、死にたくもなるでしょう」
 いたく同情をしてくれた様子で、ケリーさんは言った。
「しかし、宗教観の違いはあるにしても、自ら命を絶とうというのは間違いです。どの国、どの世界の人間であろうと、何者であろうと、生きる権利は誰にでもあるのですから」
 という、説教とは違う医者らしい発言に、私はとても安心した。本当に、この世界に来て初めてっていうくらいに安心した。
「何があろうと、誰が何と言おうと、貴方の言う罪を犯そうとも、貴方は生きていて良いのです。一人の生を受けた者として、貴方にはその権利がある」

 ……凄く救われた気がした。




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