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 自分の耳を疑った。聞き間違いだろうと思った。
「美香ちゃんが死んだ?」
 嘘だろう。
 でも、ミシェリアさんは辛そうに頭を垂れたまま、首肯した。
「どうして……何故……」
「……刺されたの。貴方も会ったでしょう、私達を迎えに出てきたナディ。彼女がミカの面倒をずっとみてきたのだけれど、彼女に」
 なんで、そんな事が起きるんだ! 彼女は、美香ちゃんの味方だったんじゃないのか!?
「なにがあったんですか。ひょっとして、私の提案に影響を受けての事ですか」
 脳裏に浮かんだのは、私の言動によって、ミカちゃんを殺す動機を与えたんじゃないかって事だ。
 ミシェリアさんは、顔をあげる事なく首を横に振った。
「ナディは神殿の巫女として信仰厚く、とても熱心な人だったの。城からミカを託された時、黒髪の巫女の再来と信じて疑わなかったそうよ。王子の子を妊っていると聞いた時の喜びようといったら……まるで、神が目の前に降り立ったかの様だったそうよ。自分から世話役を買って出て、ミカの為、お腹の赤ちゃんの為だったら何でもしたわ。ミカもとっても彼女を信頼していて……」
 ……盲信者、というか、狂信者か。
「あの日、私達が帰った後で、彼女達は貴方の言う通りにあの家を出て、別の場所へ移ったそうなの。その間も馬車の中で、彼女達は今後の事について話し合ったんですって。貴方の提案を受入れるかどうか。それで、貴方の言う通りにする事に、ほぼ決まりかけていたんですって。なにより、ミカがこれ以上の逃亡生活をする事に疲れ切っていて、現実的に考えて、こどもを隠れ育てていくのは無理だと判断したらしいわ。大聖女さまも、それに同意なされたそうよ」
「じゃあ、それにナディさんが反対して?」
 頷きがあった。
「ナディは、ミカが産みさえすれば、自分が育てるとまで言ったそうよ。でも、それこそ無理な話よね。こどもは信仰心だけで育つものではないわ。ミカも、流石にそれは受入れなかった。そして、次の隠れ家に移ったその場所で……」
 悔しくないのか、王子の仇を討ちたくないのかッ! 子を殺されて平気なのかっ!
 ナディさんの説得は、次第に焚き付ける様な過激なものへと変化していった。
 しつこく食い下がるナディさんを、苛ついたミカちゃんは一蹴した。
「私は巫女なんかじゃない!」
 そんな大層な人間ではない、と。自分は普通の十八歳の女の子で、奇跡の力など持ちあわせていない。人々を率いる事などできないし、国を相手に戦う事など出来ない。そう、はっきりと言い切ったのだそうだ。
「これ以上、人が死ぬなんて嫌。全部、私のせいだなんて思いたくない。辛いし、悔しいし、苦しいけれど、私には何も出来ないの。人を殺したくなんかないし、そんな事、出来ない。絶対に、無理。すごく怖いの。怖いよ。でも、どうしたらいいのか分からない。せめて、今は穏やかに暮したいだけ。神様にジェシーの事を祈りながら、静かに暮したい」
 それを聞いて、ナディさんは裏切られた気持ちになったのだろうか。持ちだしてきた包丁で、ミカちゃんの胸を一息に突き刺したのだそうだ。
 大聖女達の見ている前で、あっという間の出来事だったらしい。護衛すらも間に合わなかった。
「奇跡の力で生き返る筈だ」、とナディさんはその時、笑いながら言ったそうだ。
 だが、そんな筈もない。
 生き返る事のない美香ちゃんの亡骸の前で、漸く現実を悟ったナディさんは、大聖女らが止めるのも聞かず、持っていた包丁で自らの首をも突いて死んだそうだ。
「可哀想に……」
 可哀想に。可哀想に。まだ十八歳だというのに。いきなり違う世界に来てしまって、人生を狂わせてしまった。故郷から遠く離れて、家族とも離れて、ひとり逝ってしまった。あんなに生きたいと言っていたのに、死んでしまった。
 可哀想に、可哀想に……
 ルーディも、美香ちゃんも可哀想だ。
 何か野心があったわけでもない。犯罪を犯したわけではない。ただ普通に、平和に暮したかっただけの娘達が、何故、そんな死に方をしなければいけなかったのか。生きたいと願っている者に限って、死んでいくのはどうしてなんだ?
「キャス、だから、貴方だけは生きて頂戴。辛いかもしれないけれど、あの娘達の分まで生きてあげて」
 私の手を握るミシェリアさんの手が、涙で濡れた。
 私はかける言葉もなく、黙ってそれを見ているしかなかった。




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