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 そんなわけで、私はどうあっても生きていかなければいけないらしい。
 嫌でも。
 というか、こんだけ死にかけておいて未だ生きている事自体、もう、勝手にしろって気分だ。なんか分からんが、好きにすればって感じ。ここまで赤恥さらさにゃ、人間、生きていけないもんなのか、と疑問も湧くが、もうそんな事もどうだって良い。多分、どうだって良い事なんだろう。
 きっと、これにはしっぺ返しがあって、『死にたくない』とか思うようになった途端、あっさり死んじゃったりするんだろう。それこそ、風邪とかひいて。
 そうなったら、笑ってやる。ああ、ほんと、好きにしやがれ!
 もう、私はなにもしないぞ。ぜってぇ、しねぇ! 頼まれたって、するもんか!



 グダグダしながら、病床生活も目覚めてから三日目でおさらば。
 また鎖付き生活に戻るのかと思えば、それからも解放された。そして、私の付き添いはレティになって、ウェンゼルさんは護衛に徹する事になった。
 聞いた話、ウェンゼルさんは私が意識を失って椅子から転げ落ちた音を聞きつけ、倒れているところを発見したらしい。……えれぇ耳が良いな。そんなに壁は薄くないだろうよ。
 そして、レティが何故ファーデルシアにいるかと言うと、ファーデルシアを任される治政官ら一行に同行してきたのだそうだ。
 呼んでくれたのは、ランディさん。
 城の陥落時の私の様子を心配して、同性の友人であるレティならば、私の慰めになるだろうし、不足なく世話も出来るだろう、とエスクラシオ殿下の許可を得て呼んでくれたらしい。
 レティも、私の危機と知って、ふたつ返事でやってきた。半分はグレリオくんに会う為であったかもしれないけれど。それにしても、着いた途端に、私が自殺をはかって昏睡状態だったのには驚いたそうだ。一体、なにをしたのか、と怒って皆を責め立てたらしい。
 レティがそんなに怒るなんて、と聞いて驚きもしたが、少し安心した。それに、ウェンゼルさんになんの不満もあるわけではないが、やはり、同性であるレティの方が、傍にいて落ち着く。彼女の顔を見ていると、戦は終ったのだな、と思う事が出来た。
 私の事は、健康状態が悪化して、と他の兵士たちには伝わっているそうだ。……まあ、言えないよな。自殺未遂だなんてさ。
 私の知らないところで、本当に皆、随分と私の心配をしてくれていたようだった。
 本来ならば、ここで皆に挨拶回りをすべきところなんだが、すっかりやる気をなくした私は、パスする事にした。何かのついでがあれば言わない事もないが、わざわざ出向いてまで謝ったり礼を言うのはやめた。また、余分な事を言われたり過剰に心配されたりするのは嫌だし、説教はもっと嫌だ。大体、皆、帰国の準備で忙しかろう。邪魔しても悪い。
 でも、私も帰国前に、ルーディと美香ちゃんの墓参りには行く事にした。結局、二人には何もしてあげられなかったので、その謝罪も含めて。
 養生して体力もそれなりに戻った頃、ぽかぽかとした天気の、吹く風も爽やかな散歩日和のその日、馬車に乗って私は出掛けた。
 ルーディと美香ちゃんは、城にほど近い霊園に埋葬されていた。
 ウェンゼルさんの案内で、レティと一緒に二人分の花を抱えて行った。
 ルーディのお墓は、霊園の中程にある、柵に囲まれたスペースにあった。並ぶ他の墓石と変わらず、目立つものではないが、ミシェリアさんがここにしてくれと頼んだそうだ。養護施設にいた不慮の事故や病気で亡くなった子供達が埋葬されている場所だと言う。
「ここならば、寂しくはないでしょう」
 埋葬の時、そう言ったそうだ。
 私は抱えてきた花束を捧げ、まだ新しいその墓石に触れた。
 冷たい石の感触はルーディの優しさや温かい柔らかさに程遠く、彼女を思い出させるものは何も感じなかった。だからこそか、刻まれた名前を見ている内に、もうこの世に彼女はいないのだと妙に実感した。
「ルーディ、ごめんね。私のせいで、私の為に痛い思いさせちゃって……辛かったでしょ。苦しかったよね」
 そう口にした途端、苦しげなルーディの死に顔を思い出して、涙が滲み出てきた。
「ごめんね……」
 出そうになる嗚咽を手で塞いだ。
 そっ、と私の肩を抱くレティの手の感触を感じた。その生ある者の温もりを感じて、また泣けた。
「レティに会わせてあげたかったよ。きっと 、良い友達になれたと思う」
「そうですか……私も会ってお話してみたかったです」
 レティはそう答えると、墓石に手を伸ばした。
「初めまして、ルーディ。どうか、キャスの事、天から見守っててあげて下さいね」
 そして、愛おしむように手で撫でた。
「本当に辛いのは、残される側なのかもしれません」
 ぽつり、とウェンゼルさんが呟くのが聞こえた。
 ……そうかもな、と思った。
 後ろ髪を引かれる思いでルーディに別れを告げて、次は美香ちゃんの所へ行った。
 美香ちゃんのお墓はルーディとは対照的に、霊園の隅の方にひっそりと隠されるようにあった。
 隣にひとつ無名の墓石があるだけで、周囲には目印になるような大きな木が、いっぽん立っている以外には何もない。
 葉擦れの音が、子守歌のようだ。
「隣は、ジェシュリア王子ですか」
 私の問いに、ウェンゼルさんは黙って頷いた。
「そっか、」
 恋した男の隣にある事は、せめてもの慰めになるのだろうか。
 美香ちゃんに会いに行った時、やはり、私は後をつけられていた。そして、別れた後も、あの家を殿下の命を受けたランデルバイアの騎士達が見張っていた。
 移動する馬車を密かに追い掛け、次の潜伏場所となる家も突き止められていた。そして、踏み込むかどうか、と殿下の指示を待つ間に、事件は起きたらしい。
 そして、城では私が自殺を図り、騒ぎになっていた。
 事が起きていなければ、どうなっていたか? ……そんな事は、考えるだけ無駄だ。ただ、巫女と呼ばれた彼女の下にも、他の人達と等しく死が訪れたという事。
 私は持っていた花束から一本だけ花を抜いて、王子の墓石の前に置いた。
 今でもド突き倒した上に、踏んづけてやりたいほど憎い野郎ではあるが、何もないというのも憐れな気がしたから。そして、残りの花を美香ちゃんの墓石の前に置いた。
 日本のものとは違い、西洋らしい横幅の広い墓石は違和感を感じたが、美香ちゃんはこっちのデザインの方が好きかもしれないと思う。普通の女の子らしく、お姫さまの恰好とか、キラキラしたものが好きだったみたいだから。まあ、和風のわびさびなんて感覚は、あの年頃の女の子には、よっぽどでなければ難しいだろうな。でも、本当は、もっと派手なやつが良かったかもしれない。彫像とか立っているやつとか。でも、本来、王族が埋葬されるとかいう湿っぽい地下墓地よりは、断然、こちらの方が良いだろう。
「ミカも内心、不安に感じてはいたみたい」
 ミシェリアさんは、私の知らない彼女の事を教えてくれた。
「自分は貴方みたいに大人でも綺麗でもないから、王子が本当に自分の事を好きでいてくれているのか自信がない、ってルーディに溢していたそうよ。本当は、黒い髪と瞳をしているって理由だけで、自分を選んだんじゃないかって。でも、自分は王子の事がとても好きだから、好きでしょうがないから、だから、良いんだって言っていたそうよ。せめて、少しでも、自分の傍では安らげるようにしてあげたいって」
 ほんと、当り前の普通の女の子。狭く、深く、世間の事なんか関係なしに、自分の理想だけを心の内に作り上げる、そして、一途にその通りにしようとする。そういう女の子の考え方だ。
「馬鹿だなあ、美香ちゃん。好いオトコなんて他にもいるのに」
 彼女がもうちょっとスレた女の子だったら、違う結果になっていたかもしれない。純粋である事や素直である事は、世間にはとても好まれるものではあるけれど、時に暴力的でさえある事を彼女はまだ知らなかった。本当は、そういう事をこれから少しずつ覚えていく筈だったのになあ……
 でも、だからこそ、幸せであった面もあるのだろう。独りよがりなものであっても、ルーディのように恋らしいものも経験せずに命失う者だっているのだから。
 ……そうでも思わないと、やっていられない。
「王子と仲良くね」
 尽くすだけでなく、偶には喧嘩できるほど仲良くできれば、他人が何を言おうと関係ないだろう。ケツ顎王子の真意がどうであれ、そこまで想われていれば、少しはほだされていた面もあるだろうと思う。でなけりゃ、本物の外道だ。でも、そうであっても、あの世で美香ちゃんに捨てられて泣くだけだろう。王子という役割から解放された今は、人格だけが求められるだろうから。その時の泣きっ面が見れないのが、残念でもある。
「じゃあね」
 優しかった、ルーディ。
 ある意味、純粋だった美香ちゃん。
 私が生き残ったのは、そういう理由からなんだろうかと、ふ、と思う。
 でも、この地上にひとり残されて、私はこれから先どうなっていくのかなぁ……目的もなく、当てもなく。

 見上げる空は、遥か遠い。
 歪みのない澄んだ青が、とても哀しく感じた。




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