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 ミシェリアさんはお出掛けらしい。すぐに戻って来るというので中で待たせて貰う事にした。
 中に入れば、他の子達とも久し振りの御対面だ。良い子ちゃんの女の子達と年少組が集まって、部屋を片付けている最中だった。
「キャス!」
 顔を見るなり、皆、わっ、と声をあげて周囲に駆け寄ってきた。
「元気そうだね、みんな。良かった。良い子にしてる? セリーヌさんを困らせたりしていない?」
「大丈夫、ちゃんとやってるよ。キャスは痩せたね」
「うん、ちょっと病気していてね。でも、もう大丈夫だよ」
「髪も伸びた」
「うん、ちょっとだけね。グロリアは、しばらく会わない内に大人っぽくなったね」
「そう?」
「うん、女の子らしく可愛くなった」
「ね、わたしは、わたしは?」
「テレーズも大きくなったね。その髪形は自分でしたの?」
「うん。自分で編んだの。三つ編み、綺麗にできるようになったよ」
「そう、えらいね。よく似合ってるよ」
 ルカとルイの兄弟や他のちいさな子達もわいわいと、自分はどうかと訊いてくる。
 それぞれに答えながら、私は、たった三ヶ月の間にこども達が成長しているのに気付く。
 こどもっぽかった女の子の体つきが丸みを帯びて、髪がうまく結べないと、毎朝、べそをかいていた女の子が、自分で髪形を整えられるようになる。
 さっきの男の子達だってそうだ。駆け足の早さや、伸びた身長。硬さを増した皮膚。
 なんという変化の早さだろう。私が足踏みをしている間に、こども達の時はどんどん先に進んでいっているようだ。
「キャス、戻ってくるの」
「ううん、ちょっと挨拶に寄っただけ。直ぐに戻らなきゃいけないの」
 すると、「なあんだぁ」、とつまらなさそうな声があがった。
「ルーディもミカねえちゃんに取られちゃうしさぁ。ねえ、帰ってこれないの?」
「……ごめんね」
 謝る服の裾が引っ張られた。
「なあに、グラント」
「あの人たち、だあれ」
 レティとウェンゼルさんを指さして問う。……ああ、紹介するの忘れてた。
「人を指さしちゃ駄目でしょ。あの人達は、私のお友達。レティシアさんと護衛のウェンゼルさんだよ。皆、挨拶して」
 二人を前にして、女の子達は急にもじもじとし始めた。
「なに、どうしたの、みんな」
 そう促すと、小さな声で、「こんにちは」、と挨拶があった。
「初めまして、みなさん。レティと呼んで下さいね」
 にこにことした笑顔を見せるレティに、こども達はどうしようといった風に顔を見合わせて、くすくすと恥ずかしそうに笑っている。
「なにか変でした?」
 流石にレティも訝しがって、私に問い掛けてくるが、別におかしいところはなにもない。
 すると、ミュスカが私の手をくいくいと引っ張った。
「なあに」
 頭をミュスカの背丈まで下げると、小さな声で耳打ちがあった。
「きれいな人ね」
 その言葉に、ああ、と私は笑った。
「そうだよ、綺麗でしょ。レティは貴族のお姫さまだからね」
「ほんとお」
 ミュスカの目が丸くなった。
「本当だよ」
 言えば、他の女の子達も、わあっと声をあげた。
「なんですか?」
 レティは、相変わらず、不思議顔だ。
 私は笑った。
「みんなね、レティが綺麗だから恥ずかしがってるの」
 こども達の目には、近所の農家のおばちゃんや商店のおねえちゃんとは、比べ物にならないほどレティが綺麗に映るのだろう。身に着けているものからしても違うし、なにより品の良さが違う。特に女の子達にとっては、なんだかんだ言いつつも、お姫さまは憧れなんだろうな。
 まあ、とレティもすこし恥ずかしそうに微笑んだ。
「騎士さまは、レティさんの恋人なの?」
 おしゃまさんのクリエからの質問に、ウェンゼルさんが、いいえ、と答えた。
「そんな風に言われたと彼女の婚約者が知ったら、怒られてしまいますよ」
 え、婚約者?
「レティ、求婚されたの」
 思わず問えば、頬を赤く染めたイエスの答えがあった。
「へえ、とうとう。おめでとう」
 いつの間に。でも、やったなあ、ボク。今度、会ったら、からかってやろう。
「婚約者ってどんな人なんですか?」
 興味津々でグロリアが訊ねれば、他の女の子達も口々に質問を始める。
「求婚ってどんな風に?」
「なんて答えたの?」
「やっぱり、騎士さまなの?」
 すると、女の子達に負けじと、年少組の男の子達もウェンゼルさんに向かって、
「ねえ、騎士になるのってどうするの?」
「その剣、ほんもの?」
「ねえ、触っていい?」
 と、質問を開始する。
 ぴいぴいと囀る雛鳥達に囲まれて、二人は笑いながらも、あまりの賑やかさに困惑もしているようだ。でも、別に悪さをするわけでもないし、私はちびっこ達が愉しそうなので放っておく。と、
「ほら、みんな、あまりお客様を困らせるんじゃないよ」
 セリーヌさんが、私達の為にお茶を淹れてきてくれて助け船を出した。
「まずは、片付けを終ってからにしなさい」
 それには、ちびっこ達も渋々返事をしながら、大急ぎで途中で放りだしていた片付けに取りかかった。野ネズミが駆ける早さで動き回る。
 なるほど、セリーヌさんはちびっこ達の扱いを充分に心得ているようだ。
 それを横でみながら、私達は淹れて貰ったお茶を御馳走になる事にした。
「元気の良いこども達ですね」
 レティが言うと、セリーヌさんは、「元気が良すぎて困るくらい」、と苦笑した。
「でも、皆、良い子だよ。やんちゃもするけれど、なんだかんだ言いながら、こっちの仕事を手伝ってくれるしね」
 すると、テレーズが傍に寄ってきて言った。
「セリーヌさん、シモンの様子、見てきていい?」
「シモン?」
 聞いた事のない名前だ。名前からして、男の子だろう。新しく入ってきた子だろうか。
「赤ちゃんなんだよ」
 私の疑問の声に、テレーズが答えた。
 途端、レティが、まあ、と嬉しそうに笑った。
「赤ちゃんがいるのですか」
「ああ、私の子さ。まだ、六ヶ月でね」、とセリーヌさんが答えた。
「テレーズ、お願いできるかい」
「うん」
「私もご一緒しても宜しいですか」
「ああ、いいよ」
 レティの申し出に、セリーヌさんは頷いた。
「キャスはどうしますか」
「私は、いいや。ここで待ってる」
 美香ちゃんを思い出して、どうしても、赤ちゃんと聞くだけで胸が痛む。抵抗を覚える。
 でも、そんな事を知らないレティやテレーズは満面の笑みを湛える。
「じゃあ、連れていってくれますか、テレーズ」
「うん、いいよ。あのね、シモンってすっごく可愛いんだよ。手なんかこんなにちっちゃくってね……」
 いずれは、ふたりとも子を持つ母親になるんだろうなあ。レティとか良いお母さんになりそうだな。グレリオくんとの子かあ……可愛いだろうな。
「ああして進んで、私の分まで面倒を見てくれるから有り難いよ」
 セリーヌさんが言った。
「旦那さんも、ガーネリアの方なんですか」
「ああ、そう。ガーネリアにいた頃は、こんな生活は想像もしていなかったんだけれど、なっちゃうと意外に落ち着いてしまうもんだね」
 苦笑が浮かんだ。
「でも、通いでこども達を世話するのは大変でしょう」
「そうでもないよ。上の子達が下の子達の面倒をよくみてくれるし、やんちゃもするけれど、根は思い遣りがある子ばかりだから、そこらの子達よりも楽なんじゃないかな。私も元から賑やかなのは嫌いじゃないしね。夕方、亭主が迎えに来てくれて、ここで夕食を一緒にさせてもらって帰るし、愉しいよ」
「ああ、じゃあ、ここのこども達にとっても、お父さんが出来たみたいな感じなんだ」
「子沢山の父親にしちゃあ、ちょっとばかし頼りないけれど」
 そう言って、また笑う。
「へえ」
 私も笑いながら、ここも変化している事を感じた。




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