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 私がくたばっている間も、着々と帰国の準備は進められていて、隊毎に区分けされて、第一陣と第二陣は既に出発したらしい。
 ファーデルシアとランデルバイアを繋ぐ道が大人数での移動に向かない事もあって、グスカを経由して帰る部隊と二つのルートに分かれるのだそうだ。私は残務整理やらを行う為にしんがりとなるエスクラシオ殿下を含めた隊と一緒に、ファーデルシア側のルートを使って帰ると聞かされた。
 ちょっと、意外だ。でも、まあ、そうだよな。
 イメージとしては全員で揃って帰国して、戦勝パレードみたいに出迎えを受ける事になるかと思っていたのだが、実際、それだけ多くの人間が移動するわけだし、殿下は残務整理や引き継ぎなんかもあるみたいだから、そういうわけにもいかないか、と納得もした。
 今後、ファーデルシアの治安維持等を任されるのは、今回、昇進を受けたムンバイア中将。よくは分からないが、手堅い人らしい。
「堅物で通っている方ですから、駐屯する兵士達の管理もしっかりとやってくれるでしょう」
 とは、ウェンゼルさんの解説。
「だと良いんですが」
 ファーデルシアの人々に悪い印象を与えては、テロの引鉄にもなりかねない。それで、すぐに内乱なんぞが起きでもしたら、目も当てられない。私が立てた侵略の大義名分は、一応、成立はしたみたいだが、長期に渡ってデリケートな対応が必要になるだろう。その為に殿下らも、自ら駐屯兵達の前に立って訓示を垂れるなど、引き継ぎは念入りに行っているみたいだ。
 とは言え、それも明日まで。明後日には帰国の途につく。
 そんなわけで、今日は、私の快気祝いやらレティとグレリオくんの婚約祝いやらを兼ねてのお疲れさま会。いつものみんなで細やかな食事会と相成った。野外飯は、超不味いし、今のうちに食べておこうという腹もあるみたいだ。
「それで、ふたりは帰国してすぐに式をあげるの?」
 そうレティに訊ねると、いいえ、との返事。
「伯爵家のお父様とお母様にまずは御挨拶に伺わなければなりませんし、陛下の御承認と猊下の御承認を受けねばなりませんから」
「承認?」
「貴族の婚姻には陛下のお許しが必要なんだよ。殆ど形式的なものではあるのだけれどね」
 と、ランディさん。
「猊下の承認というのもそうなんですか?」
 アストラーダ殿下ってそんな仕事もしてるんだ。
 ええ、と頷いたのは、ウェンゼルさん。
「貴族は猊下に、その他の者たちはその区域の司祭、または司祭に相当する者に許可を得る決まりになっています」
 司祭に相当するっていうのは、神殿がない村の村長さんとかって事だろう。前に川に落された時に通った、ユマという村みたいな所とか。
「それは、やっぱり貴族同士の繋がりを警戒して、とかですか」
「そういう側面もあります。血脈の管理も含めて。戦などで家名が途絶える事もありますから」
「へえ、えらく面倒なんですね。そういうのは、直ぐに貰えるもんなんですか」
「何も問題なければ、許可が下りるまでに、大体、一ヶ月ぐらいか」
 カリエスさんが答えた。
「そんなにかかるもんなんですか」
「陛下もお忙しいから、仕方ないのだろう。でも、その間も色々とする事もあるだろうし、二人にとっては一番、良い時期かもしれないな」
「それは、経験者としての言葉ですか」
 そうからかえば、カリエスさんは、「まあ、そうだな」、とにやついた笑みを浮かべた。
「実際、夫婦となってしまうと、現実的な問題にそうものんびりしていられないものだ。今の内、せいぜい仲良くしておく事だな」
 と、グレリオくんに言う。
 話題の主役である彼は、はあ、となんとも現実感もない様子で頷いた。
 聞いたところによると、レティへの求婚は唐突であり、場所も城の廊下のど真ん中というムードもへったくれもないものであったそうだ。
 ランディさんからの報せに駆け付けてきたレティは、私が自殺未遂を起こした事を聞いて、怒り心頭だった。何故そんな事になったかと原因を追及して、皆を責め立てた。それはまさに角が生えたかの勢いで、凄まじいものだったそうだ。そして、最終的に、怒りの矛先は殿下へと向けられた。
 直訴すると部屋を飛びだしていったレティの後を追ったグレリオくんは、そのまま引き留めた廊下で言合いになった。そして、大喧嘩の末、出てしまった言葉のついでだったのか、その場で跪き求婚したそうだ。
「いつ果てるか分からぬ儚きこの命だからこそ、出来るだけ長く貴方と共にいたい。私と結婚して下さい」
 これが、プロポーズの言葉だったそうだ。
 対するレティの返事は、
「バカッ!」
 何故、こんなタイミングで求婚するのか、果てるなどと口にするな、と散々、詰った上で泣き出してしまったそうだ。そして、泣きながら、イエスと答えたらしい。
 なかなかの見物だっただろう。
 現に、廊下という事もあって、周囲には兵士や騎士が大勢いて、現場を目撃していたそうだ。どうなるか、と皆、固唾を呑んで見守る中、漸くあった承諾の答えに、皆、拍手喝采。口笛を吹き鳴らし、足を鳴らし、祝福とからかいの言葉を若い二人に投げ贈った。その為、一時、廊下は騒然として、通行止め状態だったそうだ。
 戦に明け暮れた中での幸福な一幕。ドラマチックと言えばドラマチック。本人達だけでなく、長く思い出として語られるに違いないだろう。
 それで、すっかりと毒気を抜かれたレティは直訴どころではなくなり、殿下はランディさんが言うところの、決壊した河川の如く留まる事を知らないレティの口撃を免れたそうだ。
 ……まあ、良かったな。双方にとって。
「それで、こっちの結婚式ってどんなもんなんですか。やはり、神殿で?」
「そうだね。司祭の確認というか誓いをたてて、台帳にサインするぐらいかな」
 ランディさんが答えた。
「着飾って?」
「まあ、そうだね。共に正装して」
 ……えー、そんなもんかよ。ウエディングドレスとかないのかよ。
「参列者はいるんですよね」
「親族、友人ぐらいか」
 とは、カリエスさんの答え。
「終った後に、お披露目のパーティとかはするんですか」
「それはするだろうけれど、どうなんだい?」
 ランディさんの問いにグレリオくんは、
「そうですね。そんな派手なものではないですが、身内だけの食事会程度にしようかと。ただ、場所を何処にするかで迷っていまして。住む家も決めなければなりませんし」
「なんだい。うちに暮せば良いだろう。それこそ、私の方が邪魔だろうから、城に移ってもかまわないし」
「駄目ですよ、子爵ともあろう方が宿舎になんて」
「そうよ、お兄さまが出ていく事はないわ。私達の事なんですもの、私達で考えます」
 レティの発言も年に似合わず、しっかりしたものだ。しかしなあ、なにかと物入りだろうし、大変だろうなぁ。
 ぼんやりとそんな事を考えていたら、レティが私の皿を見て言った。
「あら、キャス、もう終りですか」
「ああ、うん」
 茹でザリガニはあんまり美味しくないよ。手間かけさせた料理人さんには悪いけれどさ。……ああ、甘エビ食いてぇ。伊勢エビとか、刺し身がいいなあ。
 と言うのも、私だけ野菜中心の別メニュー。
 結局、体質が変わったみたいに、肉は食べられないままだ。匂いだけで吐く事はなくなったし、卵と牛乳だけは克服したが、それでも好んで口にするという事はなくなった。だから、芋やら豆やら他の野菜を茹でたり、ソテーしたり、生だったり。野菜は美味しいよ。ワイルドなほどに味がしっかりしていて、栄養満点って感じがする。でも、野菜ばかりを食べているわけにもいかず、今回は茹でザリガニと果物が少々。
 内陸部のファーデルシアは、魚介類が手に入りにくい。しかも、季節でないから、川魚もろくなもんが捕れない。当り前に、旬のものしか口に出来ない世界だ。
「レティ、キャスは肉が食べられないんだよ」
 ランディさんの説明に、あら、とレティは憐れむ声を出した。
「そうなんですか」
「うん、あとワインも、赤は飲めなくなっちゃった」
 血を連想するあの色と味を受け付けなくなった。白はまだ飲めるが、やはり、量は飲めない……うう、酒まで飲めなくなるとは、悲惨の一言だ。ビール持ってこぉおい!
「それだと、身体の方が心配ですね。病み上がりなんですから、体力をつけなければいけないのに」
「うん。でも、まあ、なんとか」
 日本なら精進料理なんかもあるから、こんな問題もクリア出来るだろうけれどな。肉食中心のこの世界だと、問題大ありだ。食べる楽しみさえ失ったら、この先、どうしたら良いんだ?
 でも、とレティが言った。
「そうなると、キャスは、まるで本物の巫女さまみたいですね。お肉が食べられないなんて」
 その言葉に、一瞬、沈黙が流れた。
 皆、驚いた表情で、まじまじと私の方を見ている。
「え、なに? どういう事?」
 異様な雰囲気に、慌てて訊ねると、レティは周囲の様子に気付かない様子でにっこりと微笑んで言った。
「だって、伝説の巫女も動物達を憐れんで、お肉は食べなかったと伝わっていますわ」
 知らねぇよ、そんな話。知るわけもねぇ。
「……そうなの? 聖典にそんな話、載ってないよね?」
「ええ。でも、国ごとに内容は微妙に異なる様ですが、巫女のお話として伝わっていますよ。お伽噺みたいに。あら、でも、死の淵より戻って来たところなんかも似ていると言えば、そうですね」
「……そんな話、あった?」
「はい。王への怒りを募らせ、暴徒と化した民衆の中にひとり飛び込み止めようとしたのですが、漸くお付きの者が見付けた時には、既に息をしていなかったそうです。人々は嘆き悲しみ、埋葬しようとしました。でも、タイロンの神の奇跡により、今まさに土に埋められようとしたその瞬間、復活したそうです」
 もろゾンビかよ。仮死状態だったかしたのか?
「へえ、そうなんだあ。でも、私は葬式もしていないから違うねえ」
 おおい。なんだ、この沈黙は。皆、なんか突っ込めよ。なんか喋れよう!
 間の悪い天使達が、ぱたぱたとそこら中を飛んでいるのを感じる。……シッ、シッ! あっち行け! 邪魔だっ!
 と、そこへ遅れてやってきたアストリアスさん登場。
「遅れてすまなかったね。大分、進んでしまったかな」
 にこやかな笑顔も、場の異様な雰囲気に訝しげな顔に変わった。
「なんだね、どうかしたのかい」
「いや、今、レティが」、とランディさんからの返答も途切れる。
「レティ、どうかしたのかい」
「いえ、ただ、キャスがお肉を食べられなくなったって言うものですから、本物の巫女さまみたいだって話していたところなんです。冥界より復活した事とか」
 ……レティ、空気、読めなかったんだね。
 アストリアスさんの表情も、みるみる強ばった。
 おおい、アストリアスさんまで! おおい、おおい! どうしたんだ!? 皆、戻ってこぉおい!!
「やだなあ、レティ、そんな事あるわけないじゃない」
 笑って答える私の顔も、実は引き攣り気味。
 あはは、と笑う声に、漸く、皆も笑い声を立てた。……すんごく心許ない感じで。
「そうだよ、レティ、そんな事あるわけないじゃないか」
 ランディさんが、口元だけ笑みを浮かべて言った。
「そうだな、キャスが伝説の巫女の再来だとすると、世も末だな」
 と、カリエスさんの皮肉も力ない。
「でも、巫女だとすると、この戦が試練と言えない事もないのではないでしょうか」
 空気読まんか、わんこ! 結婚、ぶち壊されたいか!
「そうですね。現実に奇跡に近い事も起こしていますし、そう信じる兵士もいますしね」
 ウェンゼルさんまで言うかっ!

 ああああああああっ! ちっくしょーーーーっ! 馬鹿やろぉーーーーっ!!
 いつの間にか、知らずして巫女フラグ踏みまくってたのかあっ、わたしっ!?

 ……もう、ドツボだ。




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