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 ……阿呆か。真面目な顔をして、言っている事は尤もらしいが、理屈としては滅茶苦茶。逆恨みも良いところだ。
「明らかに自分より弱い女を襲うのが、騎士の誇りってもんなんですか。よしんば、ここで私を殺せても、外にはランデルバイアの騎士達がひしめく程いますよ。貴方も生きて帰れません」
「元より覚悟の上。このまま、おめおめ生き恥を曝してまで生きようとは思ってはおらぬ。一人でも多くの敵を道連れにして、冥府の土産としようぞ」
「死に場所を求めて来たってわけですか。それになんの意味があるって言うんですか」
「全ては己の為。そして、巫女と故国ファーデルシアの為。ランデルバイアの魔女よ、おまえさえいなければファーデルシアにかけられた呪いも解け、再び別の道も開かれよう」
 なんだそりゃ。どっかで私の噂を耳にでもしたのか? てか、えらい曲解されてんなあ……なんだか、段々、嫌になってきたぞ。
「それ、誤解ですから。私が死んだところで、何ひとつ変わりゃあしませんよ」
 残念な事にな。
「笑止。でなければ、小国とは言え、僅か十日あまりで一国を滅ぼすなどできるものか」
 そりゃあ、あんた、うちの殿下が頑張ったからでしょうが。
「何日で滅ぼうが、そんなん私の知ったこっちゃないです。それともなんですか。あんたは、たかだかあんた一人の誇りとやらを守る為に戦が長引いて、ファーデルシアの畑や牧場が荒らされて、兵以外の国民も大勢、死んで苦しんだ方がマシだったって言うんですか。あんた一人の誇りの方が、国民全体の命よりも重いって言うんですか。冗談じゃねぇ。一体、何様のつもりですか。勝手な事、抜かしてんじゃないですよ。そんな偉そうなこと言える立場なんですか」
 あー、もう、ヤダ。ぜってぇ、嫌だ。
 こんなド阿呆の手にかかって死ぬのなんて、真っ平ご免だ。美香ちゃんの敵討ちってんなら殺されてもいいかとか思ったけれど、こうなったら、ぜってぇ嫌だ。まだ、グルニエラに振り落とされて崖から落ちた方がマシだ。
「そうは言わぬ。だが、人間、誇りなくしては、生きる価値もない」
 けっ! てめえも脳みそマッチョのくちか! この世界の男ときたら、極端なヤツばっかだな。
「甘ったれた事抜かしてんじゃないですよ。誇りで飯は食えません。神様はご飯を作ってくれません。愛を語ったところで、腹は膨れないんですよ。農家の人達が汗水垂らして、一生懸命に畑耕して、家畜育ててるから、あんたの腹も満たされるんです。努力して料理作ってくれる人がいるから、美味しく食べられたりもするんですよ。それ、分かって言っていますか? 農作業がどれだけ大変だと思ってんですか。手にマメこさえて、全身筋肉痛にも耐えて、汗を流して。あんたがこうやって戯言垂れ流している間も、みんな自分の生活を守る為に必死で働いて生きてんです。その人達を蔑ろにする様な言動が出るのは、それこそ何かの呪いがかかってんですよ。いい加減、目を覚ましたらどうですか。美香ちゃんは可哀想だったし、仕事を失敗して悔しい思いも分かりますけれど、そんな事ぁ、誰にだって起きる事です。あんた一人だけがそう感じているだけじゃない。でも、その手に持っている剣を鋤や鍬に持替えた方が、こんなところで騒いでいるよかずっと生産的ですし、みんなの為になります。そうは思いませんか」
 ……くだらねぇ。なんで、私がこんな説教をしてやらなならんのだ。大体、私に説教させるなんざあ、よっぽどロクでもないって証拠だぞ。恥を知れ。
「なんだか知りませんけれど、こんな寂れたところでも、ここは一応、神殿なんですよ。神聖な場所で、あんたの敬愛する神様の家なんでしょうが。そこを人の血で汚すつもりですか。そんな事して良いんですか。神様の見ている前で、人殺しなんかして許されるんですか」
 それには、う、と呻き声があがった。
「騎士だ、国の為だ、誇りとか言う前に、自分の役割ももう一度、考え直した方がいいんじゃないですか。面子のひとつやふたつ、潰したところでなんだって言うんですか。大きな事を言うつもりだったら、そんなもんを大事にするより先にする事があるでしょう。役目を失って、何したら良いのか分からず途方に暮れているのは、私だって同じです。でも、あんたは何に縛られる事もなく、自由じゃないですか。好きな事が出来るじゃないですか。何処へでもその足で好きな所へ行けるじゃないですか。働いて、金稼いで、好きなオンナ抱いて、好きなだけガキをこさえりゃあいいじゃないですか。そんでもってジジイになって、孫達に囲まれて、笑いながら大往生すりゃあいいんです。これから生きていく理由や目的なんて、腐るほどある。こちとら、そんな事すらも許されない。たかが目の色が黒いってだけで、何も出来ないんですよ。理由も、目的を持つ事も許されない。なのに、ただ生きてるだけで、勝手に戦なんてもんが起きて、大勢の人間が死ぬんです。大事な友人ひとり助けることすら出来ない。この世界のご飯は、いっちゃあなんですけれど、ほとんど激マズだし、食べる愉しみさえ奪われたんです。それが嫌で自殺しようとすりゃあ、勝手に死ぬなって無理矢理、生きかえさせられるは、馬鹿者呼ばわりされて叱られるは、踏んだり蹴ったりです。惨めなもんですよ。生き恥曝すなんざ、とうに通り越してます。出来る事なら代わりたいぐらいです。野山に放りだされたって、少なくとも、好きにのたれ死ぬ事は出来る。なのに、あんたは、一体、何が不満だっていうんですか。折角、立派な頭がついてんですから、まずは、寝不足でふらふらになって、脳みそ割れそうになるまで自分に何が出来るか考えたら良いんですよ。つまらん個人感情なんかそこらに放り捨てて、自分や他人の為になるような事を好きに考えたらいいです。それで、何か思い付いたらゆっくり寝て、起きて、ご飯食べてから行動すりゃあいいだけの話じゃないですか」
 待て、と目の前の男が表情も険しく言った。
「今、瞳の色が黒いと言ったか」
「言いましたよ。良ければ、お見せしましょうか」
 キャス、と小声で呼びながら、背後からレティが肘を引っ張った。
「大丈夫」
 ちらり、と振り返って答えた先、入り口の影でこちらの様子を伺っているらしい人影に気がついた。
 どうやら、説教垂れている間に気付いて貰えたらしい。レティさえ助けて貰えりゃ、文句はない。
 私は被っていた外套のフードを外し、レティを後ろに押すようにして、男にゆっくりと近付いた。




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