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「ええと、何がどうなっているんですか」
 隣に移動してきたアストリアスさんに訊ねる。
「あの男の剣の腕を確かめるのだよ。腕が良ければ、取り立てるおつもりなんだろうね」
 えーっ、いやだあ。あんなウザイやつと、これからも顔合わせるなんて。
「でも、真剣じゃないですか。大丈夫なんですか」
 練習用のものと違い刃を潰していないから、少し間違えば、怪我だけじゃすまない。
「大丈夫ですよ」、とウェンゼルさんが答えた。
「ベルシオン卿は、剣にかけては我が国でも五指に入る腕の持ち主ですから、殺す事なく負かす事は可能でしょう」
 ええっ!
「そんな凄い人だったんだ」
「ほら、始まるよ」
 アストリアスさんの声に視線を神殿の中央に戻すと、ランディさんとギリアムと名乗るその人が上衣を脱ぎ捨て、剣を抜いて向かい合って立っていた。
 その中心から離れた壁際近くに殿下が立っている。
「始め」
 殿下の一言で、ランディさんと聖騎士とやらは、互いに睨み合ったまま回って位置をずらしながら、相手の出方を伺う。と、どちらが先に動いたのだろうか。突然、がつ、と音がして中央で刃が合わされた。
 ほう、とアストリアスさんが声をあげた。
「聖騎士を名乗るは伊達ではない、というところですか」
 ウェンゼルさんが言った。
 かん、かん、と鋼の音が響いて、二度、三度と刃が交わされる。
「聖騎士って具体的にはどういったものなんですか。さっき、聖地がどうとか言っていましたけれど」
「ああ、古よりの聖地と呼ばれる場所が幾つかあってね。そこでは、厳しい戒律と教義に従い、タイロンの神を深く信仰する人々が集まって暮しているんだ。独自の生活を守り、神に殉じる人々の修業の地でもあるし、熱心な信仰者の巡礼地でもある。聖騎士はそこにあって剣を修め、聖地を守る者達の事だよ。ファーデルシアの東南にあるダルトン山脈の麓にも、一箇所ある。彼はそこから来たのだね」
 とは、アストリアスさんの答え。
 ふうん。高野山とか比叡山みたいなところの僧兵みたいなもんか。やっぱ、少林寺?
「普通の騎士に比べて、強いんですか」
「そうだね。そう伝わっているが、滅多に外部と交わる事のない者達だからね。私も会ったのは初めてだ。実際は、どうか分からないよ」
「ああ、それで腕試しなんですか」
 答える目の前では、黒と白の対照的な色が左右に入れ替わり立ち替わりしながら、繰り返し刃を合わせている。だが、あまり激しく斬り結んでいるようには見えない。
「早さはないが、一刀が重そうだ。さしものベルシオン卿も遣りにくそうですね」
 ウェンゼルさんが呟いた。
「様子見もあるのだろうが、彼にしては振りが大きい。相手の体格が上回る分、それだけ力が必要という事か」
 アストリアスさんがそれに答える。
「それにしても、やはり、実戦経験で上回る分だけ、こちらに分がある感じですね。先ほどから、フェイントによく引っ掛かっている。辛うじて躱していますが」
「彼等の剣は、精神修養が主な目的とされているから、また違うのだろうな。先ほどから見ていても、自ら攻めるというより、相手の攻撃に対して受ける方が多いようだ」
「そうですね。どちらかというと、持久戦型に感じます。相手が疲れるのを待つような。ベルシオン卿が逆に、最小限の動きで仕留めようとする性質ですから余計、そう見えるのかもしれませんが。極力、殺さずを貫くものなのかもしれませんね」
 解説者ふたりの話を聞きながら、試合を見ているが、私には今一つよく分からない。どこがフェイントだったんだ?
 取りあえず、今のうちに疑問点を訊いておこう。
「さっき、黒髪の巫女の護衛で召還されたって言っていましたけれど、国と聖地の関係ってどうなっているんですか」
 政治と宗教の対立はよくある話だしな。
「そうだね、一言で言うのは難しいが、長年、互いに一歩、距離を置いている感じかな。聖地を敵に回す事は、民衆を敵に回す事に繋がりもするから、通常は、どこの国も不可侵を貫いている。聖地側も政に口を出さない代わりに、独自の立場を守り続けていられる所もあるからね」
 アストリアスさんの御髭を触りながらの返答に、私も首を傾げる。
「でも、黒髪の巫女の護衛って事で、聖地も騎士を出して来たって事は、ファーデルシアとなんらかの取り引きがあったって事じゃないんですか。それに、黒髪の巫女が亡くなった事に、聖地は腹を立てるんじゃないんですか」
「それは考えられる。しかし、現実として、黒髪の巫女は我々の介入なくして命を落とし、ファーデルシアは滅んだ。どんな取り引きがあったかはあの聖騎士に聞くしかないが、巫女の存在自体、多くに秘された状態であったから、聖地も表立って騒ぎはしないだろう。多少、残念には思っているかもしれないが、事を荒立てるのは彼等の主義に反するだろうし、独立した立場を取るに難しくする事はしないだろう」
「ああ、政治的判断ってやつですね。今のところ、上手くバランスが取れているから、敢えて崩す必要はないだろうという判断ですか」
「うん。互いに不可侵である事で平和が保たれているところが大きいからね。実際、一箇所の聖地が騒いだところで、他の聖地が動くとも限らない。それこそ、あちらはあちらで色々あるようだから。下手をすれば孤立し、聖地自体の存続さえ危うくなる。それくらいならば、眼を瞑る事も吝かではないだろう」
 なるほどねぇ。聖地ごとに教えも異なっていたりするんだろうな。正統派を名乗る宗派争いみたいなもんも、あったりするんだろう。そんなのも含めて表面をなぞっているだけでも、外交政策って難しいもんだな。
「ですが、あの聖騎士にとっては、巫女を守りきれなかった事は、己の存在意義さえ失うものだったでしょう。自決覚悟というのも、分からなくはないですね。あ、ベルシオン卿が仕掛けますよ」
 ウェンゼルさんの言葉に見れば、ランディさんの動きが若干、早まった気がする。剣を繰出す早さも増したようだ。振り下ろされる刃を躱しながら、上から下からと攻撃を仕掛けている。刃を合わせての力比べもあるが、最初の頃よりも時間が短い。
 じりっ、じりっ、と聖騎士が後退していく。
「押しているね」
「怪我もなく済ませようとしているから、手間取ってはいるみたいですが」
 アストリアスさんにウェンゼルさんが答える。
 おう、やっちまえ、やっちまえ! そんなヤツに遠慮なんかする事ぁないぞ。ガツン、と一発、かましてやれ!
 その時、突然、聖騎士の方から、一歩大きく踏み込むように剣が振り下ろされた。
 うぎゃっ、斬られる!
 と、焦ったのも束の間、皮一枚の差でランディさんはそれを躱した。
 かつん、と聖騎士の太い剣先が、床石に当って弾ける音を立てる。と、ランディさんは、すかさず、接地した剣の面を片足で踏んで動きを封じると、繰出した自分の切先を相手の顎下、喉頚ぎりぎりのところで寸留めした。
「そこまで」
 エスクラシオ殿下の声が響いた。




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