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 戦に勝利して戻ったという事は、国にとっては一大事であるらしい。これから、暫くの間は、各種祝いの行事が続くそうだ。
 それは、王城に限らず、都を中心とした国全体が、祝いのムードに彩られる。
 特に今回は、長年苦戦を強いられてきたグスカを倒し、旧ガーネリアの地を取り戻した事で、益々、祝勝の気運は高まり、また帰還出来た兵の数も多かった事で、これまでにない盛り上がりを見せているらしい。
 そんな説明を、次の日になってランディさんから聞いた。
 ……で?
「取り敢えず、ウサギちゃんは、暫くの間、外出を我慢して欲しいんだ。退屈だとは思うけれど、色々と面倒を引き起こさない為にも、人前に出ないようにと殿下からの御指示だよ」
「ああ、まあ、そりゃあ良いんですが」
 昨日、ちらり、と確認するように見に来た殿下にも、同じ事を言われた。式典に出るらしい正装したゴージャスな姿は目の保養にもなったが、機嫌が悪いらしい仏頂面の命令口調に、一発で興が削がれた。人の気を削ぐ事に関しては、天才的に上手い男だ。
 それにしても、なんだか妙な雰囲気を感じる。ランディさん自身が戸惑っているように感じる。
「何かありましたか」
「何かって」
「よく分からないですけれど、何か予想外の事が起きでもしましたか」
 私の問いに、まいったな、とランディさんは苦笑を浮かべた。
「君に隠し事は難しいね。実は、城内が少し混乱していてね」
「混乱?」
「うん、貴族の中でも君に会いたがる者が多くて、それでちょっと、妙な具合になっているんだ」
「私に? ああ、ひょっとして、アレですか。戦功がどうとかというやつですか」
「まあ、それもあるし、殆どは、興味本意かな。まあ、或程度は予想していたんだが、それ以上だったって事だ」
 ああ、パンダかコアラか。あそこまで可愛くはないけれどな。ただの、つまんねえ女だぞ。
「そうですか」
「先に戻った兵士の間の噂が耳に入ってもいたのだろう。帰還した中に姿が見えなかった事にも、どうしたんだという声もあって、余計にかな」
「見たからってどうって事もないのに」
「そうだね。ただ、やはり、利用できるものはなんでも利用しようと考える者もいるからね。中には、君との繋がりを持つ事で、己の立場を良くしようと考える者もいないわけではないから」
 どこかで聞いた事のある話だ。
「今、一瞬、スレイヴさんの事を思い出しました」
 グスカで軍の中佐をしていた彼は、実力もあったし、一般兵からの人気も高かった。だから、それを利用しようと己の派閥に入れようとした軍上層部である貴族もいたが、彼はそれを拒み続けた。そのせいで、一旦、粛正ムードに転じると、一気にその動きが加速もした。やっかみなどの感情も元にあったのだろうが、その動きは人に対してというよりも、チェスや将棋の駒を動かす感覚ぐらいでしかないように感じる。
 下手をすれば、私もその二の舞いだ。
「面倒臭い話ですねえ」
 ランディさんも頷いた。
「実際、彼と同じ事が起きないとも限らない。だが、君には私達がいる。今、殿下やアストリアス、カリエスらが、君から彼等を遠ざける方向で動いておられる。女王陛下やクラウス殿下も君の味方だよ。安心してくれていい。ただ、時の力も借りる必要もあるだろうから、少しの間、大人しくしていて欲しいんだ。一応、君は、戦の疲れから病に臥せっている事にしてあるから」
 ……成程なあ。
 私が思っている以上に、私のしてきた事は別の意味で影響があったようだ。悪戯に敵を増やしただけかもしれない。
「大丈夫。君の事は私達が必ず守るよ」
 微笑が向けられ、私の頭の上で手が跳ねる。
 でも、一瞬で消えた表情に、事の難しさが伺えた。

 改めて自分の立場を省みれば、ジャンヌ・ダルクの事が直ぐに思い出された。
 まあ、あそこまで派手ではないにしろ、状況としては似たものではないかと思われる。百年戦争真っ只中のフランスで、あれも最初は聖女だなんだと持ち上げられた揚げ句、政治的な謀略の中で魔女扱いされて、火炙りの刑に処された。
 ……火炙りかあ。熱そうだし、痛そうだし、絶対嫌な殺され方のランキング上位に位置する。
 しかも、正義だ、信念だ、信仰などとはかけ離れたところにいる身としては、そんな事になった日には不本意どころの騒ぎじゃない。中庸を愛する日本人としては、そうなる前にいっその事、仏教でも教え広めてやろうかって気にもなる。
 天上天下唯我独尊、なんちゃって。
 お、でも、それも良いかもな。新興宗教の教祖さま。少なくとも、ボロ儲け……駄目だ。やはり、眼の色が邪魔をする。
 メディアらしいものがないこの世界では、最初はどうあれ、人前に出なければ話にならない。基本は口伝だ。それが駄目だとすると……?
「ゲルダさん、本を読む人って多いんでしょうか」
 私の質問に、ゲルダさんは僅かに考える素振りをみせた後、
「そんなに多くはないか、と。教養深い貴族の方々などは好む方もいらっしゃるとは思いますが、庶民にとっては本は高価なものですし、字が読めない者も多いようですから」
「そうなんですか」
 そういや、ミュスカの絵本も、ずっと昔に誰かから寄贈されたものを、繰り返し読んできたものだったもんなあ。あそこの施設のこども達は、ミシェリアさんの教育方針で、文字の読み方から教えて貰っているけれど、実際、そこまでの教育も受けないこども達も多いのだろう。
 そう考えると、あの施設に送られた私は、ラッキーだと言える。比較的早く、言葉や文字を覚えられた。
 現実的に考えて、使う者側から言えば、使う者の知識教養が高いと都合が悪い。それは、封建制である事からも充分に有り得る話だ。それでなくとも、個人の自意識を満たす為に、金持ちには貧乏人が必要だし、権力者には奴隷、賢者には愚者が必要であったりする。
 自由平等なんて、所詮、お伽噺だ。
 そう考えて日本の文化を振り返れば、江戸時代、封建社会であっても一般的な識字率が高かった事などは、世界的にみても稀だっただろうと思う。寺子屋制度がものを言ったか。いや、娯楽を求める欲求の為せる技か? なんとか草子とか、浮世絵とか。その文化の下地があったればこそ、漫画やアニメなどの娯楽は、世界に輸出できる産業にまでに発展したと言えるだろう。
 新興宗教の教祖は冗談にしても、考えてみれば面白いものだ。あ、そうだ。
「ゲルダさん、欲しいものがあるんですけれど」
 必要なのは、紙と筆記用具。
 思い付きでの要求は、直ぐに叶えられた。
 どうせ、時間ならば腐るほどある。何もする気はないが、暇潰しは必要だ。他人には迷惑をかけない方向で、私は暇を潰す事にした。




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