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 次の日には、ウェンゼルさんに連れられてケリーさんの訪問があった。
「やあ、体調はどうだい」
 ケリーさんは至極、御機嫌な様子で私に言った。
「建前上、君は体調を崩しているという事にしてあるそうだから、往診もしなきゃね」
 事情は、既に通っているらしい。
 私は、ふたりにテーブル席をすすめた。
「それは、お手間取らせまして。お陰様で良好です。そちらはいかがですか。住み心地の方は?」
「ああ、良くして貰っているよ。早々に講義みたいな事にもなったりしているし。そういう君は、まるでディズニーの映画から抜けだしてきたみたいだね。シンデレラか、白雪姫かな」
 はははははは……もう、笑うしかない。
「まあ、似合っていませんが、やむなく」
「そんな事はない。素敵だよ。ボーイッシュな恰好も良いがね」
 ……アメリカ人でもお世辞を言うんだな。
「有難うございます。ああ、でも、今、丁度、ディズニーではないですけれど、覚えているお伽噺を書き出していたんですよ」
 仕事机の上には、書きかけの童話が置いてある。
 今のところは西洋物ばかりだが、暇に飽かせて、古今東西、記憶にある物語を文章に残す事にした。
 ミュスカや施設のこども達が私に懐いたきっかけも、夜、寝る前に聞かせたそれらの物語だった。そういった物語はこちらの世界にもないわけではないが、やはり、内容は変わる。私にとっては馴染深い話も、こども達にとって刺激的だったようだ。
「ああ、それはいいね」、とケリーさんは満面の笑みを浮かべた。
「ここの世界のこども達は、親が聞かせる分以外ではそういったものも耳にしないようだしね。文字を覚えさせる教本にもなるんじゃないかな」
 流石、お医者様は教育方面まで考えがいくらしい。いや、そんな大袈裟なもんでもないんだがな。
「見せて頂いても宜しいですか」
「どうぞ。途中書きですし、あまり綺麗な字ではないですけれど」
 答えると、立ち上がったウェンゼルさんは、机の上に置いてあった一枚を手に取った。そして、軽く眼を通すと、ああ、と頷いて微笑んだ。
「こういった話は沢山あるのですか」
「まあ、私の記憶している分だけですから知れていますけれど、それでも、そこそこの数はあるかと思いますよ」
 グリム童話じゃないけれど、西洋だけでなく日本のお伽噺も混ぜると、かなりの数になると思う。
「暇を潰す為に始めた事ですから、いい加減なものですが」
「それでも良いのではないですか。或程度、数がまとまったら、本にしていただけるようお願いしてみると良いかもしれません。きっと、王子達もお喜びになる事でしょう」
 ……いきなり本かよ。しかも、王子様が読むかよ。それこそ、まんまお伽噺みたいだな。
「はあ、まあ、出来たら」
 先行き不透明な状態では、なんとも答え様がない。
 と、扉の向こうが騒がしい事に気付いた。
「なにかあったかな」
 ケリーさんが呟いた。
 ウェンゼルさんは眉を僅かにひそめ、
「キャス、念の為、先生と一緒に寝室へ移動して静かにしていて頂けますか」
「ああ、はい」
 私達は立ち上がると、隣の寝室へと移動した。扉を閉めて、聞き耳を立てた。
「誰かが来ているみたいだね」
 ケリーさんが小声で言った。
 言葉ははっきりしないが、男性の声で扉の前の衛兵と押し問答をしている様だ。
「こっちの部屋の扉は開かないのかい」
「ええ。普段は鍵がかかっているんです」
 鍵は普段、ゲルダさんが管理しているらしく、湯浴みのバスタブなどを出し入れしたりする時にだけ開く。
 それでも、廊下側の壁近くに寄って、耳を澄ませた。
 ウェンゼルさんが出たらしく、また、何か一頻り遣取りがある。と、廊下を歩いてくる足音が聞こえた。 新手の登場か?
 と思っていたら、どうやら違うらしい。声が小さくなって、暫くしてから静かになった。
「帰ったかな?」
「みたいですね」
 ひそひそと私達は話す。ってか、なんで、こんなにこそこそしていなきゃいけないんだ?
 理不尽さを感じながら待っていると、扉がノックされてウェンゼルさんが顔を出した。
「お待たせしました。もう良いですよ」
「なんだったのかね」
 ケリーさんが訊ねた。
「貴族のひとりが、見舞いと称してキャスを訪ねて来たのですよ。殿下にお願いしても埒が明かないと思ったのでしょう。殿下の不在時に身分を楯にすれば、衛兵も通すと思ったみたいです」
 ああ、どこにでもいるんだなあ、そういう馬鹿。
「これまで貴族という人種とは付き合いはなかったが、どんな感じだい」
 今度は私に訊ねてきた。……知らんがな。
「騎士の方も貴族出身の方は多いですし、ウェンゼルさんも貴族ですけれど、それとはまた別の人種もいるようです。私も良くは知りませんが、話に聞く分には、困った人になると、ウォール街の成り金ボンボンとか、ハリウッドのセレブ気取りの三流プロデューサーとかに似た印象に思えます」
 そんな人達と付合った経験は私もないけれど、なんとなく雰囲気的に。
 すると、ケリーさんは、ああ、と納得したように頷いた。
「鼻持ちならない連中という事か」
 ザッツ・ライト!
 寝室を出ると、部屋にはゲルダさんになにやら話しているランディさんがいた。ああ、ランディさんが来て追い払ってくれたのか。
「まさか、本当に直接出向いて来るとはね。御丁寧に見舞いの品まで持って、ついでも何もないよ」
 私を見て、肩を竦めてみせた。
「けれど、まだ同じ様な真似をする者が他にもいるかもしれないから、警備を強化した方が良いかもしれない」
「だが、あまりあからさまにしても、かえって反発を招くのではないのかい。それこそ、彼女に対して」
 意外な事に、ケリーさんが異論を唱えた。
「プライドがなによりも大事な者は、少しでも傷つけられれば、むきになって何をするか分からないところがあるからね。出来るだけ穏便なあしらい方をした方が良いと思うよ。まあ、これは私の経験による意見なんだが」
 ああ、そっか。医療関係ってのも、また人間関係が粘着質っぽいもんなあ。
「でも、プライドを傷つけないように断るって、相当、難しいと思うんですけれど」
 私が言うと、皆、ううん、と考え込む。




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