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 人の噂も七十五日。
 現代日本では、目まぐるしくも大量に流れ出る情報のおかげで噂話の推移も早く、七十五日どころか四十九日で成仏する話題が絶え間なくあった。
 しかし、さして娯楽もメディアもないこの世界では、ひとつの噂の周期も随分と長いようだ。そのお陰で私の取った策も功を奏したわけだが、今度は打ち消す方となると、大変な労力が必要なことが想像がついた。なにせ、人というのは、希望も含めて自分にとって都合の良い話、また面白い話を広めたがるものだから。暇なら、尚更!

 早速、呼んできて貰ったランディさんに、私は正直に現状を教えてくれるように頼んだ。
 ランディさんは、それはそれは言いにくそうな表情を浮かべた。
「君にどうやって説明したものか分からなくてね。精神的にも参っているだろうから、これ以上、煩わしい内容は耳には入れない方が良いだろうって事になったんだ」
 そら、お気遣いどうも。いらんお世話だ! こんな風に知らされる方が心臓に悪いっての!
「噂としては、どれぐらい広まっているんですか」
「広範囲だね。城だけでなく、都にまで広がっている。戦役に参加した民も広めたんだろう」
「『白髪の魔女』として」
「そうだね」
 ……頭痛ぇ。
「で、なんで殿下との結婚話まで出てきたんですか」
「グスカで、付きっ切りで看病しただろう。殿下のお怪我は伏せていたし、おそらくそれで」
「……あれですか」
 単純に、夜の相手していると思われたか。つうか、相手を考えろよ。バランスが悪いだろうが。殿下に対して、そう考えるだけでも不敬罪と思わんのか。
「他にも君が殿下と一緒にいるところを目撃されているから、それもあっての事だと思う。君への待遇も含めて」
「具体的には」
「殿下が君を抱きかかえて馬に乗ったりしたろう。その他、折々に触れて、君と殿下が一緒にいるところを見られているんだよ。それに、君は殿下を怖れる事なく直言し、時には不遜とも言われる態度を取っているにも関らず、殿下はいっさいそれを咎めなかった。それどころか、君の発言を常に重視していた事もある。あとは、厳重すぎるほどに常にウェンゼルが警護について、他の者との接触を極力、避けるようにしていた事も大きい。グルニエラを与えられていた事も含めて、憶測がいつの間にか事実みたいに言われる様になったんだよ」

 げ。心当たりあり過ぎっ。

「今回の戦では、君が加わった事で短期間に二カ国を落す圧勝を得た。君がいつ何処からやってきた者かは分からないが、この先も、と希望を持ちたくなるのは仕方ない事なんだろうな」
「つまり……より確実に、これからも同じ効果を期待した揚げ句に、結婚の噂が持ち上がったってわけですか」
「そういう事になるかな。実際に、我々にとっては、これまで経験した戦と雰囲気からしてまったく違うものだったからね。怯えたり、惨めな思いをする事も殆どなかった。兵士達にとっては、これ程、有り難い存在はないだろう」
 ランディさんは、深々と溜息を吐いた。
「でも、魔女である私に対して、反発もあるんじゃないんですか。それこそ、殿下に呪いをかけてそういう気にさせているんだとか言う人もいそうですが。内心、怖がっている人もいるんじゃないですか」
「確かにそういう者もいるし、噂もないわけではないよ。でも、極少数だ。私達に良い結果をもたらしているところで、帳消しにされている形かな。それに、殿下が呪いを受けている様には、とても見えないだろう?」
「ああ、まあ、確かに」
「君の正体を伏せたせいで、余計にそういう話にもなったようだ。とは言っても、君の正体を明かすわけにはいかないしね。下手に否定すれば、またいらない憶測が出て、余計にややこしくなりそうだし。黙ってみているしかないよ」
 しかし、それにしたって!

 今後、どんな顔して会えばいいんだ!?
 ううっ、気まずいなんてもんじゃない! うげががががががぎぐげごッ!!

 言語障害も起きる。その時を想像するだけで、テーブルに突っ伏すしかなかった。表面に爪をたてて引っ掻いて悶える。悶えまくった。
「大丈夫かい、ウサギちゃん」
 ランディさんが心配そうに問いかけてくる。
 大丈夫なもんか! 今すぐ、屋上まで突っ走って行って、大声で「違う」と雄叫びたくなるぐらいだ。そんでもって、夕陽に向かって叫んでやる。

 目の色が黒くて悪ぃかっ! バッキャロォオオオおおおおっ!!

「……殿下はこの事については、なんて?」
 ランディさんは首を横に振った。
「放っておけと。黙っていれば、その内、鎮まるだろうから、とおっしゃっているよ」
 ……相変わらず、冷静だな。てか、気にする程のもんでもないって事か。
「ああ、まあ、そうするしかないですか」
 私は身体を起こして、溜息を吐いた。
 それこそ、コランティーヌ様との婚姻が決まれば、断ち消えもするだろうし……と? ああ、あのお姫さま、今頃、誤解していないといいけれどなあ。なんだか、面倒臭そうな人だったしなあ。これが原因でまた延期なんて事になったら、それこそ絶望して死んじゃいそうだ。まあ、その前に殿下がなんとかするだろうけれどな。
「そう言えば、レキさんは見付かりましたか」
「ああ、幸い、カリエスが行動を把握していてくれてね。街に下りていたところを見付けて、なんとか。少々ごねたけれど、こっちの方は問題ない」
「そうですか」
 ま、あの人ならば、女と金で釣れるだろう。
 あ、と突然、ランディさんが思い出した様に声を出した。
「それと、ウサギちゃんの友達の旅芸人達。彼女達も都に来ていてね」
 ああ!
「タチアナ姐さんに会ったんですか!?」
「うん。ウサギちゃんのことを心配していたよ。随分と会いたがっていたから、無事に戻って来た事と、暫くの間は会えないと伝言だけしておいた」
「有難うございます。元気でしたか」
 会いたいなあ、姐さんに。また、姐さんの踊りが見たい。
「うん、君よりもずっと元気そうだった。戦の間、他の街にも行っていたそうだが、大成功だったようだよ」
「そうですか。良かった」
 姐さんやリト兄さんの笑顔を思い出すだけで、自然と微笑みが浮かんだ。
「落ち着いたら会わせてあげるから、もう少しの辛抱だよ」
 優しい笑みが向けられた。
 そうか。でもなあ、いつになったら収まるのかなあ……
「今後の私の身の振り方っていつ決まるんでしょうか」
「身の振り方?」
 ランディさんが不思議そうに小首を傾げた。
 あれ、ランディさんも、まだ知らされていないのか。
「ええと、私も仕事がなくなるわけですから。今後どうしたら良いかと」
 明言を避けてそう言うと、ああ、と笑った。
「そんな事は、今は心配しなくても良いよ。戦の後始末やらが片付いてから、折りを見て殿下からの御指示があるだろう。それまでは、ここでのんびりしておいで」
「まあ、お忙しいのは分かるんですが……せめて、アストリアスさんとお話する事も無理でしょうか」
 アストリアスさんならば、私がエスクラシオ殿下の下を離れる事は知っているだろう。少しぐらいは、殿下の意向も知っているだろうし、いきなり聞くよりも、心構えぐらいはしておきたい。
「アストリアスも忙しくはあるが……そうだな。伝えておこう」
「お願いします」
 ……すみません。国でも有数の剣士をパシリに使って、申し訳ない。
 本当にランディさんには、頭を下げるしかない。だが、動けないからには仕方がない。せめて、私の代わりに動いてくれる人が欲しい。ツーカーで分かってくれる様な人。ああ、意が読める部下が欲しいって、こういう事なのか。
 だけど、私が動こうが動くまいが、問題が増えていくっていうのは、一体なんなんだ? かかる火の粉は増して、今や山火事状態でぼうぼう燃え盛っている。バーベキューやっても、消し炭にしかならないだろう。

 ……どうしたら良いんだろう、私?
 こうして、いつもの所へ戻ってくる。
 どうやっても、この堂々めぐりから抜け出せないなぁ。




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