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 流されるままに、と思っていたが、完全に人任せにしていられないところなど、私は生粋の貧乏性なのだろう。
 暫く我慢していたが、落ち着いてもいられず、結局、問題点の洗い出しにかかった。
 自分の事なんだから、なにもしないにしても理解しておく必要があるだろう。まずは、整理整頓だ。
 一番の不安は、先行きが不透明なところ。
 エスクラシオ殿下、そして、陛下達が私をどうしようとしているか、まったく見えない所にある。
 そして、それとは別に、私に関する噂が独り歩きをしていて、少なからずそれを利用しようとしている第三者がいるという事。また、別の動きとして、未だに私の排除を狙っている者もいるかもしれない、という事。
 以上、三点。
 それで、まずは私はこれをどうしたいか、最終目標を決めなければならない。が、これは単純に、平和な生活だ。注目される事なく、誰からも何も言われる事なく、存在していないが如くの静かな己の生活を確保する。言い方を変えれば、まったく個人的には関係のない第三者の排除だ。
 これが、目標。
 生活の内容は、この際、考えない。それは、私一人で決められるものでもないし、目標を達成した後でゆっくり考えれば良い。
 さて。では、次に目標を達する為の解決方法を考える。
 問題点の一番目については、本人より聞くか、近くにいる人物から情報を得て推理するぐらいか。相手の都合によって時期が定められるので、これは保留にしておく。
 そして、同じく三番目の問題も同じく保留。相手も目的もなにも分からない状態では、手の打ちようがない。だから、さしあたって対処が出来る問題と言えば、二番目の問題だけになる。
 しかし、これにしたって難問。
 噂の内容としては、まず、

 一、『白髪の魔女』が戦で手柄を立てた。お陰で多くの兵士が生きて帰って来られた。
 二、『白髪の魔女』は呪いの力を持ち、ガーネリアの亡霊を操って敵国を敗退させた。
 三、『白髪の魔女』は、戦の最中、エスクラシオ殿下のお気に入りだった。
 四、『白髪の魔女』はエスクラシオ殿下と結婚するらしい。

 大まかに分けて、この四つ。
 そして、この噂をする者の殆どは、ただ面白がっているだけに違いない。これに乗じて私を利用しようとしている者は、おそらくごく一部の貴族達だけだ。
 貴族達の目的は……これも、推測でしかないが、立身出世の為に私が繋がりを持つ王族に対しての口利きとか、そんなところだろう。
 ケッ! 相変わらず、さもしい連中だ。他人の尻馬に乗る事だけしか、考えられんのか? 鬱陶しい!
 とは言え、前者に関しても、まったくの無害というわけではない。エスクラシオ殿下は放置を決めたようだが、本当に怖いのは、これからだったりする。
 熱狂的であればある程、その分、揺り返しも激しい。自然の摂理と言ってもよい程に、プラス側に傾きすぎれば、いずれは反発してマイナス方面へと逆行する動きが出てくる。しかも、往々にして、その動く速度は一定だ。緩やかに上昇すれば、下降するのもゆっくりだ。だが、急上昇すれば、急降下が待っている。
 そうやって物事はすべからく、中庸、中和を目指しているかのようにも感じる。全体としてみれば、それは悪い事ではないとも思えるのだが、それが自分の身に関るとなると、話は別だ。
 揺り返しに伴ってかかる重力に耐えきれない可能性が出てくる。下手すりゃ、精神崩壊や、私が大丈夫でも、周囲からの極端な排斥運動が降り掛ってくる場合も考えられる。
 スレイヴさんがその良い例だ。彼に起きた事が、明日は我が身かもしれない。……因果応報だなんて、冗談じゃねえ。
 おそらく、私の存在をどこかで疎ましく思っている者もいるだろうし、脅威に感じている者もいるだろう。単に注目されているというだけで面白く思っていない連中も、必ず何処かにいるに違いないのだろうから。
 出る杭は打たれる。
 本当に昔の人は上手い事を言う。
 今のところは予想でしかないが、現実に反発が起きた時の事を想像するだけで、嫌になる。
 刺激なんぞ、いらん! もう、満腹どころか、既に腹を壊しもした。
 というわけで、現時点で対策を立てるべき理由は充分にある。
 だけどなあ……
 その対策をどうするか、考えること自体が面倒臭い。
 理想としては、現在、流れている噂を、出来るだけ緩やかな形で鎮静化させる方向へ持っていく。そして、時の力を借りて、徐々に別の話題へと推移するなりして、忘れ去られていくのがベスト。
 でも、実際、そんな事は無理っぽい。じたばた足掻くのも嫌だ。疲れる。というか、動けないし。
 それこそ殿下の言う通りに放っておいて、成り行きに任せるのが良いかもしれないと思う。それでどうなったところで、痛い目を見るのは私だけだろうし。
 と、そこで扉をノックする音が響いた。
 ゲルダさんが扉を開ければ、そこには、
「お茶のお誘いなんだが、時間はあるかい」
「アストラーダ殿下」
 懐かしく感じるばかりの微笑みがそこにあった。




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