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 何が恐ろしいって、具体的な計画が立案されるまでのこの早さだ。
 正に神懸かり、いや、悪魔の所業か?
 細かくバラバラに散らばっていたブロックが、アストラーダ殿下の手で次々と積み上げられていく様子を目の当たりにして、薄ら寒い思いをしたのは内緒だ。言葉の剣士としての腕だけでなく、策士としても一流らしい。
 これだけ頭の回転が早ければ軍師にもなれそうなものだが、どうやら、フィールドとしては、そっちは向いていない様だ。この辺が私と同じタイプかもしれない。が、比較するには、経験と知識に雲泥の差がある。
 なんであれ、アストラーダ殿下が優秀なプランナーである事に、間違いはないだろう。
「基本的に的は城内だけに絞れば良いだろう。上が静かになれば、時と共に自然と民衆の方も静かになっていくものだし、直接、君に接触する機会もなければ、害をなすものではないからね。噂を広めるにあたっての出所としては、侍女達の口を借りるべきだろう。協力を頼めるかな、ゲルダ夫人」
 にっこりと愛想の良い笑みを浮かべての殿下の頼みに、給仕をしていたゲルダさんは表情筋を動かす事なく、「畏まりました」、とだけ答えた。
 どっちもどっち。こうして見ると、不思議な取合わせだ。でも、当の本人達は頓着するものでもないらしい。
「うん、頼むよ。内容は追って指示を出そう。でも、それだけでは不足だね。もっと説得力のある者が加わってくれると良いのだけれど」
「殿下が口にされる事で、納得する者も多いのではないですか」
「私自身が出所になるわけにはいかないよ。こういうのは、誰が最初に言ったか分からないけれど、というのが基本だろ。私の場合、勘の良い者には勘付かれてしまう怖れがある。本質に触れる事なく、あっただろう事実だけを真しやかに話す人物が必要だね。或いは、そう思わせるに足りる人物の行動によって、目撃者を作るか。そういう意味で説得力のある人物、立場にある者が必要だよ」
「ああ、言われてみればそうですね」
「関連する違う話がバラバラに幾つも出て、総合すると一つの事実が見えてくるというのが理想だね。そうして、当事者になる私と、勿論、君もだけれど、は沈黙を貫く。多少、思わせぶりな態度は見せても、曖昧にしておく。それだけで、普段から鵜の目鷹の目で利権を狙っている貴族達は、勝手に自分達に都合の良い話を作ってくれるからね」
「そうすると、単純にそのまま信じ込む人もいるでしょうから、一貫した噂として広まるのは難しそうですね」
「目的はそこだよ。噂の内容を分散させる事で、全体像をぼやけさせる。煙に巻くと言ってもいい。判断がつかなくなったところで最終的な結論――君の存在が、大した利益や被害を生まない事を提示してやれば、彼等の気持ちも納まりやすい」
「随分と複雑な手法ですね」
「なに、言うほど大した事はないよ」
 ……いや、充分、大した事だと思う。もし、上手くいけば、だけれど。普通、ここまで手間をかけすぎると滑る可能性が高い。
「上流貴族と言われる者達は、多かれ少なかれ、己に自信を持っている者たちだからね。噂一つにしても、ああでもないこうでもないと、余計な労力を使いたがる傾向にあるし、疑い深くもある。単純な内容のものよりも、多少、複雑なものの方を真と信じやすい。だが、複雑すぎても駄目だよ。単純な内容に、勿体ぶった言い回しを交える程度が良いね。洒落た言い回しとか」
 対象者の嗜好も完全把握。……なるほどね。そういう相手ならば、手間をかけただけ、食い付きもするか。
 アストラーダ殿下は、無邪気とも感じる笑顔を見せて言った。
「最終的に、君が彼等の脅威にはならない事を示す事が出来れば、万事解決だ。兵士達はがっかりもするだろうけれど、既に恩恵は受けているからね。なんともならないと分かれば、仕方がないと諦めもするだろう」

 基本的作戦案は、噂の核となっている『白髪の魔女』の存在価値を、尤もらしい理由をつけてこの世から消してしまうことを目的にしている。つまり、私は呪いの力も何もかもなくした、ただの『キャス』にしてしまおうという魂胆だ。
 そうすれば、私の呪い力を怖れている者達は、当然、安心もするし、興味も失せるだろう。私を利用しようとしている者も、エスクラシオ殿下との繋がりの弱まりを感じ、近付かなくなるに違いない。当然、兵士達も次は期待できないと知って、噂も控えるようになる。そうする内に、噂全体が徐々に鎮まる効果を期待するものだ。

「はあ。あ、エスクラシオ殿下はどうしましょう。また、余計な事をしたと怒られないでしょうか」
「ああ、それは、私の方から内々に説明しておくよ。少しは機嫌も悪くはするかもしれないけれど、あの子にとっても悪い話ではない筈だ。で、問題は説得力のある人物の選定だけれど、さて、どうするかな」
 鼻歌でも歌いそうな雰囲気。
 ……なんだかよく分からないけれど、怖いよう。なんで、そんなに愉しそうなんだよう。
 絶対、この人は敵にまわしちゃいけない人だ。この先もずっと、味方にしておかなきゃいけない人だ。エスクラシオ殿下とは別の意味で怖い。底が知れない分、余計に。
 能ある鷹は爪を隠す、とはこの人の為にあるような言葉だろう。実際、これだけハイスペックでありながら、鳩派代表に祀り上げられているって事だけで、充分に人の悪さが伺える。
 恐るべしランデルバイア。王族にしてこの逸材。国として強いわけだ。
「あの、例えばなんですけれど、」
 とかなんとか言いつつ、提案してしまう私も大概、面の皮が厚いよな。
「お医者様とかどうでしょうか。今回の戦で会った方で私の主治医になってくれた方が、理由を説明すれば、協力してくれると思うんですけれど。私も今は臥せっている事になっていますから、連絡が取りやすいですし、お医者様でも分からない症状が出ていると言えば、信じる人も多いと思います」
「ああ、それはいいね。戦で君は体調を崩し、一時は生死の境を彷徨った。しかし、それを流れ者の医師の尽力によって一命を取り留める事が出来た。その後、回復をしたが、帰国後すぐに病を再発し、ベッドから起き上がる事すら出来ないでいる。しかし、原因は件の医師にしてもはっきりと分からない。だが、調べる内に、ファーデルシアの死んだ王子の呪いを受けたと判明する。そこで、私が解呪の法を行う事でファーデルシアの王子の呪いを解くのと引き換えに、君の魔女としての力も失って、という筋書きだけれど……ああ、そうだ。彼も使おう」
「彼?」
「ほら、君が拾ってきた聖騎士くんだよ。ギリアム・ルイード」
 拾ったって言うな! ああ、折角、忘れていたのに、思い出しちゃったじゃないか。
「彼が呪いである事を明らかにした事にしよう。聖騎士の言う事だから、皆、信用するよ。それで、私と彼の二人がかりで呪いを解いたという事にすれば、益々、信憑性が増す」
「……協力しますかねえ。嘘吐く事になるんですけれど」
 いやあ、あの頭かちこちの、思い込んだら一直線、猪突猛進、イケイケゴーゴーの暑苦しい性格だとやりそうにないよな。神の教えに逆らうとかなんとか言ってさ。いや、それはそれでこっちは全然、構わないんだけれど。関りたくないし。
「ああ、その顔だと、君が彼を嫌っているというのは本当の事だったんだね。君に仕えたがっているのに、それでは泣いてしまうよ」
 アストラーダ殿下は、くすり、と笑った。
「お会いになられたんですか」
「うん。一応、聖職者としての道をより深めたいという事で、私の下に就く事になったよ。私としても、傍に聖騎士がいるだけで、それらしく見えたりもするし」
「堅苦しい人でしょ」
「まあね。でも、融通がきかないってだけで、悪い人間ではないよ。からかうと面白いし」
 ……流石だなあ。でも、土産になったって思えば良いか。
「彼には名前を使わせて貰うという事だけ言っておこう。君の為だと言えば、嫌とは言わないだろう。御褒美に君に会わせてあげるって言えば、尻尾振って従うよ」
「冗談は止してください」
 そう答えると、何が面白いのか、声をたてて笑われる。
「いや、でも、説得力を持たせる為にも一度、彼を連れて来た方が良いだろうね。確認させるという名目で。君もそんな顔しないで、会っておあげ。数倍、煩わしい事から逃れられると思えば、平気だろ」
「まあ、そうなんですけれど、」
 なんか、嫌だ。こどもっぽい駄々だと分かってはいるけれど。
「そんな風に可愛らしく拗ねた顔を見るのも愉しいけれど、やはり、君には笑っていて欲しいからね。私も君には、もう少し伸び伸びとさせてあげたいと思っているのだよ。その為に、もう少しだけ我慢をしておくれ」
 宥める微笑みを見て、不思議に思う。
「殿下は、どうしてそんなに私に親切にして下さるのですか」
 問えば、綺麗な顔立ちが困ったように笑い、そして、静かな穏やかさを映した。
「君が好きだから。そして、君は私達に沢山のものを与えてくれたから、今度は私達が君の為にしてあげる番だと思うからだよ」
 『好き』という単語は、性的な意味が含まれない『好き』。
 この人の持つ情が感じられる。友人に対するような、身内に対するような。
 気持ちを、こんな風に言葉に出来るなんて凄いな。癖のある人には違いないが、素敵な人だ。きっと、年を取っても素敵であり続けるのだろうと思わせる。
 この世界には、そんな人が多いように思える。
「……ありがとうございます」
「あとは、任せて。必ず良い様にしてあげるから、愉しみに待っておいで」
「はい」
 少しだけ戸惑いながら、笑って答えた。

 ……不思議だ。敵ばかりの筈だったのに、気がつけば、私の周囲には味方と呼べる人達が何人もいる。
 何故、いつの間に、こんなに増えたんだろう?




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