-39-


 引き篭もり生活もはや、半月以上が過ぎたわけだが、なんだかんだ言いながらも毎日、来客があるので、そう引き篭もっている自覚はない。常にメイドさん達が傍にいるし。暇潰しの糧もあるし、至極、快適な生活を送っている。運動不足ではあるが、元々、アウトドア派ではないだけに向いているみたいだ。……他人に任せっぱなしの生活って、楽だなあ。これで、飯が美味けりゃ言う事なしなんだがな。
 最近、やたらと和食が恋しくて仕方がない。……あと、生理用品。夜用プリーズ! えーん!
 二ヶ月振りに来た反動なのか、突然、訪れたそれにえらい事になった。マジ泣きしそうな勢いで、三日間、トイレと部屋の往復に費やした。多分、精神的な影響も大きかったのだろうが、それにしても、メイドさん達にも、すっごく迷惑をかけた。始まったばかりの小中学生か、私は!
 ……どうせ、使う事もないんだから、このままなくなっちゃえばいいのに。やだなあ……なんで、女なんだろ。

 雨降りの今日は珍しく、ランディさんと一緒にグレリオくんとカリエスさんが連れ立ってやって来た。
「随分と元気になったみたいだな。顔色も一時期に比べて、格段に良くなった」
 そう言うカリエスさんにグレリオくんも頷く。
「本当に。仕方ないとは言え、外に出れないのが残念です。グルニエラが、また拗ねていますし」
「また?」
「ええ。本気で貴方以外は乗せない気でいますよ、彼女は。厩舎の外に出せば、勝手に走って行ってしまいますし。馬丁達が困っています」
 あの馬のお嬢様は……なんでそこまで、私の事を気に入ってくれたのか。母性本能?
「どうしたら良いんだろうね」
「さあ……今のところはどうしようもないでしょうね。また、外に出れる様になったら、一度、遠乗りに連れ出してやるといいでしょう。季節も良い事ですし」
「そうだね。出来れば」
 陛下のご裁可が出る前に、一度、会えるといいな。でも、最初に頭突きの洗礼は受けなければならないだろう。まったく、難儀なお嬢様だ。それでも、可愛く思うし、嬉しく感じてしまう私もなんだか。
 と、そこでランディさんが軽く咳払いをした。
 それに、はっ、と気付いた様にグレリオくんは身を硬くすると、改まった様子で私に言った。
「実は、今日はお話というか、御相談があって来たんです」
「相談? 私に?」
 なんだろう。ボクの相談にのれる様な事なんてあったかな。
「ああ、すまないが、こちらの方を先に話させて貰って良いかな。簡単な報告だけだから」
 グレリオくんが答えるより先に、カリエスさんが横から口を挟んだ。
「どうぞ」、とグレリオくんが譲った。
「すまないな」
 カリエスさんは謝ると、私に言った。
「ヒルズからの手紙が届いたのだが、ロウジエ伯爵家縁の者が見付かったそうだ。君が知らせてくれるよう頼んだのだろう」
「あ、そうです! 見付かったんですか!?」
「ああ。先代の伯爵夫人が召使いと共にファンブロウの南にある村に暮しているそうだ」
 先代って言うと、ひょっとして、スレイヴさんのお祖母ちゃん!?
「それ、アストリアスさんに伝えて貰えますか」
「ああ、もう知らせてある。アストリアスから、グスカのロウジエ中佐か、に連絡がいっている筈だ。知らせが届けば、直接、連絡を取る事もできるだろう」
「いつ届いたんですか、それ」
「三日前だ。アストリアスからこの事を伝えてくれと頼まれた」
 ああ、だと、グスカへ出発したばかりか、これからだな。到着するのは、早くて、十日から二週間後というところだろう。
「わざわざ有難うございます。うわあ、良かったあ。私からも、ヒルズさんにもお礼を伝えておいて下さい。お世話になったお礼も、結局、言ってなかったし、その分も含めて」
「伝えておこう」
 カリエスさんは微笑んだ。
「しかし、よくも、この短期間の内に見付かったものだよ。ガーネリア人同士の繋がりが強いせいもあるのだろうけれど」
 ランディさんが言った。
「そうだな。元貴族ともなると、出自を隠す者もいるから」
 カリエスさんも答えた。
 ……ああ、命以上に誇りを大事にしている人もいそうだから、落ちぶれたと言われなくなかったりもするのだろうな。
「それでも見付かったという事は、まだ望みはあるとみて良いだろうね」
「そうだな。話に聞く分には、複雑な事情の様ではあるし」
 二人の会話に首を傾げると、
「夫人の方が会いたがらないかもしれないだろう」、とランディさんから説明があった。
「勝手に出奔していった娘の子であるし、しかも、自国を滅ぼした国に加担していたわけだから」
「あ、そっか。でも、実の孫でしょう。夫人だってもうお年だろうし、頼る人もそういないだろうから寂しく感じているんじゃないでしょうか。なんだかんだ言って、出ていった娘の安否もずっと気になっていただろうし」
「だと良いけれどね」
 ランディさんは頷いた。
「まあ、でも、彼なら拒まれても、なんだかんだと言って会う為の手段を講じるだろうな」
「ですね」
 そういうのは、得意そうだから。会えると良いな。そして、会って、家族として認められれば良いな。出来れば、一緒に暮せると良い。
「そのロウジエ中佐は、どんな方なんですか。私も顔は知っていますけれど、会って話した事はないので」
 と、グレリオくんから質問がある。
「良い人だよ。ちょっと、癖があるけれど」
 私が答えれば、
「嫌みなヤツだ」
 と、ランディさん。……まだ、君はそんな事を言うのか。
「女たらしで、軽薄。図々しい上にしつこくてしぶとい。奸計を巡らせるだけの知恵と頭の切れを持ちながら、仲間を守る為なら命をかけてしまう不器用者だよ」
 それには、グレリオくんは、ああ、と頷いて笑った。
「なんとなく貴方と似てますね」
 それには、ランディさんは鼻を鳴らした。
「どこが! 私はあんなに図々しくはない。女性を見れば口説くような輩と一緒にしないでくれ」
「いえ、聞いた印象でそう思っただけです。良い方の意味で」
「何処をどう聞いたら、良い印象になるのかそっちの方が不思議だし、あんな輩と似ていると言われるなど不愉快だね。それを未来の義弟になろうという者に言われるとは、心外だ。今からでも婚姻に反対しても良いんだよ」
「それは困ります。これ以上、揉めるのはご免です」
 普通だったら笑うところなのだろうが、からかい半分のランディさんの言葉に、グレリオくんは真面目くさった表情で眉をひそめた。
「結婚の事で、何かあったの?」
 訊ねてみれば、はい、と少し肩を落しての頷きがある。
「実は、式の事で御相談したい事があって。私は、そういった事を考えるのは苦手なものですから」
 答える様子は、くぅーん、と尻尾を足の間に挟んだわんこを思い出す。ふわふわ髪も、僅かにしぼんだ感じ。どうやら、深刻な悩みらしい。
「良い回答が出来るとは限らないけれど、話なら聞くよ」
 と、答えれば、ほとほと困った様子の眼差しが私を見た。
「有難うございます。実は、私の家からもベルシオン子爵家もレティとの結婚に許しは出て、あとは陛下のお許しを待つだけなのですが、今、式をどうするかで少し揉めていまして」
「揉める? どんな風に?」
「揉めると言うほどの事はないのかもしれませんが……」
「うちの母とグレリオの母上の間で、意見の相違があってね」
 言い淀む様子に黙っていられなくなったのか、ランディさんが引き継いで答えた。
「うちの母は伝統と格式を重んじた形にしたがっているのだが、ユードムント家では、招待客の数を含めて出来るだけ華やかなものにしたいそうなのだよ」
「ああ、そういう事ですか」
「とは言え、私もレティも畏まった席は苦手ですし、賑々しいよりも気楽な和やかなものにしたいと思っているのです。ですが、ここで意見を通して母達の機嫌を損ねると、後々、尾を引く事にもなりかねませんし、私達の事を思って言ってくれているのも分かるので」
 グレリオくんが、しゅん、と更に肩を落とす。
「ああ、そうでしょうねえ」
 家同士の事だからな。
 下手をすれば、レティと母親の相互の心証を悪くするし、実家同士の付合いにひびを入れかねないという事だろう。当人達の事なのだから好きにさせれば良いと私は思うのだが、貴族社会ではそうもいかないのかもしれない。
「ええと、派手なものって言うのは、やっぱり体面とか気にして? それとも、お母さんの好み?」
「それもありますが、招待客を多くする事で私の人脈を広げようという思惑もあるのでしょう」
 カリエスさんが苦笑した。
「大事にされているな、君は」
「はあ、末子のせいか……過保護と思われても仕方ないかもしれません」
「だから、余計に可愛くもあるのだろう」
「とは言っても、もういい加減、一人前と認めてくれても良いようなものですが」
「親にとっては、子の年齢は関係ないのだろうな」
 愚痴めいたグレリオくんに、カリエスさんは軽く声をたてて笑った。
「ああ、なるほどねえ」
 私は嘆息した。
「息子の将来の為にも、これを機に人脈を広げようって腹ですか」
 ええ、と頷きがある。
「騎士仲間や兵士の皆に祝って貰いたい気は私にもあるのですが、それとも違いますし。でも、話し合って決めるにしても、そう時間もありませんし」
「時間? もう、いつにするか決めてあるの?」
「はい。銀華月《ぎんかづき》の三日を予定しています」
 銀華月というと、十月。約三ヶ月後だ。
「早いね」
「冬支度が始まる前に済ませておいた方が良いからね。収穫祭以降は寒くなるから」
 ランディさんが言った。
 そうか。ここはそういう所だった。
「それで、キャスならば、これを上手く収める方法が思い付くのではないかと。何ぶん女性同士の話でもありますし」
「予算とかもあるのでしょう」
 その確認には、オーバー分に関しては、伯爵家から援助があるとの事。とは言え、そうも甘えてもいられない。それに、新婚生活にもお金がかかるだろうから、出来るだけ予算はそちらに回したいというのがレティの意見らしい。……堅実だな。
「難しいねえ、それは」
「はい」
 でも、一生に一度の事だ。グレリオくんは兎も角、レティにしてみれば、思い出に残るものにしたいだろう。
「何か、良い案はありませんか」
 そうは言われても、私はこちらの結婚式の形式さえ知らない。でも、他ならぬレティ達の為だ。なんとかしてあげたい気はある。
 予算は控えめでありながら、格式のある華やかな結婚式。それでもって、畏まりすぎず、和やかなもの。……まあ、理想と言えば、理想なんだろう。でも、下手すればどっち付かずになって、皆に不満を残す事にもなりかねない。
 折角のめでたい席だ。幸せなものになった方が良いに決まっている。でもなあ……
「ううん、直ぐには出て来ないけれど、少し考えさせて貰って良いかな」
「お願いします」
 頭が下げられた。

 暇潰しは大歓迎だ。




 << back  index  next>> 





inserted by FC2 system