-41-


 午後一番で部屋にやってきたアストラーダ殿下は、正式な司祭の装束なのだろう、真っ白な裾を床に引き摺る装束で、でっかい宝石のついた金の首飾りやら装身具をじゃらじゃらと身に着け、手には金の錫杖を携えていた。頭にも金の糸で連続模様を施した、かさ高い帽子を被っている。
 にっこりと笑ったその姿は、美貌の天使。眩いばかりにゴージャス。ま、眩しい! 後光が!
 ……なあんてな。冗談。でも、間違いなく拝みたくなるような神々しさは、本当。カリスマ性を有している。ありがたや。裏の顔は知らないけれど。
 でも、ここの御兄弟ときたら、ほんと、すげえな。このルックスだけで、ファンはつくだろう。もれなく愛国心つきで。
 三歩遅れて追従する聖騎士も、それらしさを演出するのに一役かっている。
 こっちは、以前、美香ちゃんに会った時と同じ服装。だが、濃ぃい顔で真剣な表情をしているから、何も知らない人間がみたら、如何にも深刻な事態と受け止めるだろう。単に、私に会うから緊張しているだけなんだろうけれどな。
 それに、今日はウェンゼルさんもついてきていた。ちゃんと、姿を現しての護衛だ。というより、荷物持ち? 銀の盆に、銀の盃やらハンドベルやらを載せて持ってきた。
 入れ替わりに、メイドさん達は部屋を退出。ゲルダさんだけが残った。
 一応、『危険なこと』だから、彼女たちが居ては話が合わない。ゲルダさんはお茶の用意とかがあるので、ぎりぎりまで付き合って貰うことにする。
 部屋の扉を閉めて、テーブル席についたアストラーダ殿下は、「やれやれ」、と口に出して椅子に腰かけた。
「やはり、この恰好は肩が凝って仕方がない」
 身に着けていた帽子を取り、テーブルに置いた。
「見るからに重そうですね」
「ああ、重いよ。帽子、被ってみるかい?」
 ほい、と渡されて頭に乗せてみた。重っ!
 アストラーダ殿下は私を見て、あはは、と声に出して笑った。
「似合う、似合う」
「背が縮みそうなんですが。高いわりには固定しないから、立った時にバランスも取りづらそう」
「だろう。でも、儀式用の王冠に比べれば、まだましだよ。あれは、手に持っただけでも重さが伝わる。陛下はよくもあんなのを頭に載せて我慢していられるものだよ。ああ、これも持ってごらん」
 と、錫杖を渡された。途端、受け取った両手が下がった。
「重っ!」
 見た目こそ、金と宝石で装飾されてはいるが、バーベルを持っているのとなんら変わらない。筋肉が鍛えられそうだ。ああ、そうか。これが運動代わりなんだな。特に鍛えなくても、普段の生活で充分に運動不足が補える。
「私も見せて貰っても良いかい」
 興味津々な様子の、先に部屋に到着していたケリーさんにそれを渡した。
「いや、これは凄いね。実に豪華だ。スミソニアン辺りに展示されていそうだね」
「スミソニアンというのは?」
「博物館ですよ。珍しい物や古い物を展示保管して、人々に見せている場所です」
 殿下の問いに、ケリーさんは答える。
「では、この城も博物館みたいなものだね」
「いや、まったく。実に珍しく良いものがありますよ。これ一つだけでもひと財産だ。実に素晴らしい」
 それは、同感。事実、目の前にいるアストラーダ殿下の身に着けている物にしたって、錫杖にしたって、元の世界だったらガラスケースの向こうにあるようなものばかりだ。皆、行列作って見に来るだろう。……凄いなあ、首飾りについている宝石。何カラットあるんだろう? 天然石であの大きさだったら、億するんじゃね?
 ところで、とケリーさんが、殿下に錫杖を返しながら言った。
「今日はなにかするのですか」
「特に何も。適当にお茶をしながら時間を潰して終りにしようかと思っているのだけれどね」
「……そうですか」
 見るからにがっかりした様子は……おい、おっさん、良からぬ事を考えてんじゃねぇだろうな。
「なにか?」
 にこやかな殿下の笑みの前でケリーさんは答えた。
「ひとつ考えたのですが、何かそれらしい痕跡があった方が良くはないですか? 窓ガラスが割れたり、大きな音を響かせるなど。その方が誰かの耳や目に止まって、噂もそれらしく伝わると思うのですが」
 ……やっぱり。
「ああ、なるほど。それもいいね」
 アストラーダ殿下が頷いた。
 えー、部屋が荒らされるのなんて嫌だ。折角、こんなに綺麗にしてもらっているのに。やめようよう、そんな事。片付けとか面倒じゃん。と、
「畏れながら、窓ガラスを破られるのは困ります」
 ゲルダさんが言った。
「夜は冷えますし、タカハラさまが風邪を召されてしまいます」
 おおい、なんか突っ込み所が変だぞう。
「ああ、そうだね。キャスがまた寝込んでは、話がおかしくなる」
 アストラーダ殿下が答えた。
 いや、それも違うだろう。
「ですが、水差し程度ならば、割っても差し支えはないかと存じます」
 ……良いのか?
「水差しか。一つだけでは、インパクトに欠けるな。枕はどうだい。羽根枕だろう? 中身を散らして、窓の外に撒いては」
 ケリーさんがわくわくした様子で言えば、ゲルダさんは、
「それぐらいでしたら、問題ないかと」
「シーツも一枚、駄目にしても構わないかい。苦しんで、吐血して汚れた様な感じで」
「それは、良いね。面白そうだ。切り裂いて、それも窓から放り投げよう。ああ、焼いた方が良いのかな。突然、そんなものが降ってきたら、見た者は驚くよ」
 アストラーダ殿下も笑いながら言う。
「火事になったりしませんか」
 堪らず言えば、
「大丈夫だよ。ここから投げても落ちるのは庭先だろうし、下には騎士や兵士がいるから直ぐに消し止めるだろう」
 との答えが返ってきた。
「では、古くなったものが御座いますので、そちらでお願い致します。今、お持ち致しますので」
 ゲルダさんは、眉ひとつ動かさない。
「だったら、他に壊して良いものがあれば、持ってきて貰えるかい」
「畏まりました」
 ……案外、ゲルダさんも凄い人なのかもしれない。
「ああ、では、私も一度、部屋へ戻って使えそうな薬品を持って来たいのだが」
 おっさんも、調子づきまくっている。……ひょっとして、ホラー映画が大好物なのか?
 おおい、おおい、おおいっ!
「キャス、貴方はそれで宜しいのですか」
 ウェンゼルさんだけが、僅かに呆れた表情を浮かべ、私に問いかけてきた。
「良いもなにも。皆さん、私の為にしてくれるのだから、任せます」
 どうせ止めたって無駄だろう。知らん。好きにしろ。
「では、早速、行ってくるよ。ああ、私が戻るまでまだ始めないでくれよ」
「ああ、出来るだけ、外では、腹を立てている演技をしておいてくれたまえよ。君と私は仲が悪い事になっているから」
「任せてくれ。その辺は抜かりないよ」
 ケリーさんは殿下の注意に笑顔で答えて立ち上がると、そそくさと部屋を出ていった。
 まったく、男ってやつは……




 << back  index  next>> 





inserted by FC2 system