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 その後、ランディさんに抱きかかえられてベッドに移動した私は、続けてやってきたケリーさんの診察を受けた。盛られた毒は、症状などから、私が服用したものと同じ種類であろうという見解で一致した。
「しかし、よく気付いて吐き出したよ」
 ケリーさんは犯人を怒りながらも、苦笑い気味に言った。
「あまり褒められた事でもないですけれど、でも、まだ、私で良かったです」
 レティにまで何かあったら、今度こそ申し訳なくて生きてはいられなかっただろう。
 ケリーさんの診断では、少し休めば回復するだろうとの事だった。言葉通り、処方された薬が効いたか、暫くして咽喉の痛みが和らいだ。痺れもその内になくなるだろう。
 それからゲルダさん達に手伝って貰って寝巻きに着替え、ベッドの上で待機。
 その間にカリエスさんとグレリオくんが、騎士を何人か伴って、すっ飛んできた。
 ランディさんが呼んだらしい。
 書斎は複数の騎士達で埋まった。クッキーは回収され、レティやメイドさん達も事情聴取を受けたみたいだ。
 寝室へはカリエスさんとランディさんだけが来て、幾つかの質問に私も答えた。グレリオくんは、レティの付き添い。
 私が話している間に、今度はエスクラシオ殿下とアストリアスさんまでやってきた。
 当り前と言えば、当り前なんだが……大騒ぎだ。
 そして。
 私はベッドの中にいて、エスクラシオ殿下とアストリアスさんに事件のあらましを話した。ゲルダさんも部屋から下げられ、三人きりでの話し合い。
「なにはともあれ、大事に至らなくて良かった」
 アストリアスさんは眉間に力をこめながらも、安堵の息を洩らして言った。
「こんな事にならないよう気をつけてはいたのだが、現実に行われるとは。実に大胆不敵。王家にたてつく行為だよ。犯人は必ず突き止めるよ。安心しなさい」
 捕まえる、とは言わないのだな。
「心当たりはあるのですか」
 そう訊ねれば、咳払いだけで誤魔化された。代わりに、
「君は、ゆっくりとしていなさい」
 と、いつもと同じ言葉があった。話す気はないらしい。
「それで」、と殿下が口を開いた。
「ここ最近で変わった事はなにもなかったか」
 あるわけねえよ。引き篭もりやってんだから。
 首を横に振ると、
「誰か訪ねて来る者がいたり、何か……カードが送られて来たりしなかったか」
 カード? 脅迫状か?
 首を横に振った。
「なにもありませんでした」
 私は答えた。
「でも、このタイミングは気になります」
「ほう」
「どこまで伝わっているか把握してはいませんが、解呪によって魔女の力を失った事になって間もないですから」
「成程」、と殿下も頷いた。
「これまで呪いを畏れて、手を出して来なかったとも考えられるな」
「はい」
 『白髪の魔女』の名は私にとって邪魔なものではあったけれど、別の側面では私を守る機能もちゃんと果たしていた。それを外すことは、こういう事も十分に有り得ることは分かっていた。が、他人を巻込むことまでは考えに入ってはいなかった。その点、考えが甘かったという事だろう。
「結局、どこにいても、狙われるのは一緒って事ですよね」
 私は嘆息した。
「このまま、ずっとここに閉じこもっていても……例えば、政治的な絡みを目的にしての犯行だとすると、過激な不穏分子を懐に抱えている可能性があるって事でしょう。そちらにとっては、都合悪くないですか」
 いっその事、さっさと標的である私を城から別の場所に移動させた方が、都合が良いんじゃないのか?
 その方が、事が起きた場合、被害は最小限で抑えられるだろう。
「おまえが心配する事ではない」
 殿下が無愛想に言い放つ。
 ここんところ、ずっと機嫌が悪い。
「こちらの事は任せておきなさい」
 フォローする様に、アストリアスさんが言った。
「それより、これを君に渡しておこう」
 一通の書状が差し出された。丸めた羊皮紙を帯で留めた正式なものだ。
「これは?」
「おまえへの褒美だ」
 すかさず、殿下が言う。
「褒美? それはもう」
「形あるものでなければ、他への示しがつかん」
 つまり、それなりに分かりやすいものでなければ、他の人とのバランスが取れないという事か。
「中を見ても?」
 アストリアスさんが頷いた。
 私は帯を外し、羊皮紙を広げた。
 薄く鞣した柔らかいベージュの革に、黒々としたカリグラフの文字が並び、その下には王家の紋章とエスクラシオ殿下のサインが入っている。
「これは……」
 ちょっと吃驚した。見た限り、土地の権利書に違いない。
「受け取っておきなさい。きっと、これからの君の役に立つだろう」
 アストリアスさんが言った。
「でも、土地なんて……私、管理なんか出来ません。それに、これ、何処なんですか? ファーデルシアみたいですけれど」
「おまえを連れていったブドウ畑だ。ファーデルシア王の直轄地を陛下より賜った。その一部をおまえに与える」
「ブドウ畑……」
「管理は他の者に任せるなりすれば良い。受け取りを拒絶する事は認めん」
 いつも以上の断固たる口調。
 あの時。
 私が、殺してくれ、と頼んだあの場所か?
 唖然とベッド脇に置いた椅子に座る殿下の顔を見る。
 しかし、その表情は変わる事なく、心の内までは読み取れない。
「陛下の御沙汰がどのようなものになるかは分からないが、税を差し引いた分の得られる収益も含めて、君の財産と認められるものだ。その権利は、今後、君が如何なる立場になろうとも守られるものだよ」
 私の財産?
 アストリアスさんの説明にも実感が湧かない。
「私のもの?」
 緑豊かな美しい風景が脳裏に浮かぶ。
 あの時、私をあそこに連れていったのは、最初からそのつもりで? え?
「……何故なのですか。傍を離れる私の為に、どうしてそこまで」
「関係ない」
 冷え冷えとした水が、私を映す。
「私の指揮下にいた時点での褒美を出すだけの事だ。今後の立場に左右されるものではない」
 そうなのか? 理屈としてはそうなのかもしれないけれど、なにか釈然としないものが残る。
「これをどうするかは君の好きにすると良い。だが、ゆっくりと考える事を勧めるよ」
 アストリアスさんは、微笑む声でそう言った。
「疑問があれば、ゲルダ夫人に訊ねると良い。何か手続きが必要な事があれば、私の方でしよう。いつでも言ってくれてかまわないよ」

 ……分からない。殿下の、この人達の考えが。
 なにか見落としがあるのだろうか?
 与えられるものに、どう応えるべきなのだろうか?




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