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 私の二度目になる暗殺未遂事件は、またもや波紋を投げ掛けた様だ。
 隠ぺいするには、それなりの騒ぎになったので、出来なかったっぽい。
 しかも、被害者は『白髪の魔女』で、警戒厳重な殿下の私邸の一角で行われた、という事が、より人々の不安を募らせる結果になったようだ。
 でも、一般的には、犯人については、戦が終ったばかりという事もあって、ファーデルシアやグスカの工作員が城中に入り込み、行ったのではないか、という見方が強いそうだ。……ま、内部犯行とするよりは、そっちの方が政治的には揉めなくて、楽だろうな。
 それもあって、四階の警備の人数が増員された、とロイスに聞いた。
 私への見舞いや面会も、何者であってもいっさい禁止となった。私に限らず、王族の方々、全員の護衛が強化された。
 サリーは、皆とは別の部屋に移されて、謹慎の憂き目にあっているそうだ。兵士の監視付きで。
「あの娘が、姫さまにそんな真似をする筈ないです」
 ロイスは、そう私に訴えた。だが、状況が状況だけに仕方がないのだろう。
 一応、レティからの謝罪と見舞いの言葉を伝えに来たランディさんに、サリーの事を訊ねたら、「彼女への疑いは大したものではないよ」、との事。
「ウサギちゃんを殺したければ、彼女にはこれまでも機会は幾らでもあったし、もっと確実な方法を取る事もできた。そうではないからね。それでも、完全に疑いが晴れるまでは、傍に置いておくわけにもいかないから」
「レティは大丈夫だったんですか」
「ああ、有難う。少しショックを受けていた様だが、大丈夫だよ。それよりも、君の心配をしている。容疑からも外されているし、問題はないよ」
「そうですか。良かった」
 場合によっては、容疑者を片っ端から拷問にかけて自白を促す、みたいな事も有り得たわけだから、そうならなかっただけでも良かった。一安心。
 サリーの代わりに、クルシェッタが私の世話付きになった。だが、その場にいなかった彼女にしても、表情は曇り気味だ。クルシェッタだけでなく、テッサリーナやイルマやマリアも表情が冴えない。皆、そわそわと落ち着かない様子だ。
 唯一、ゲルダさんだけがいつも通り。『動じる』なんて言葉は辞書に載っていないかの様子を貫いている。……流石だ。
「フィディリアス公爵ってどんな方なんですか」
 と、思い付きの振りをして、試しにゲルダさんに訊ねてみたら、
「代々王家に仕えてきた名門貴族で、当代公爵は、長年、国の為に御尽力なさってこられた方です」
 と、教科書を読み上げるような答えが返ってきた。……やはり、流石だ。
 仕方ないので、ランディさんにも同じ質問をしてみた。
 こちらは、私がそんな問い掛けをしてくるとは思ってもみなかった様子で、微妙に訝しげな表情が浮かんだ。
「さあ、私は殆ど話した事もない方だから、人となりはよく存知ない方だけれど、」
 と、言葉に迷う。
「だけど、経歴で言うと立派な方だよ。先代の宰相であった方だし、敏腕の持ち主だ」
「敏腕……頭も切れる方なんですね」
「うん、完璧主義者とでも言うのかな。理想主義者という者もいるけれど。兎に角、宰相時代は、外交においても内政においても、公爵なしでは立ち行かなかったところもあるぐらいだよ」
 へえ、意外。もっと俗っぽい人かと思っていた。
「コランティーヌ妃のお父さんなんですよね」
「ああ、そうだ」
 そこで、ふ、と表情が緩んだ。
「殿下が心配かい」
 ……なんで、ここでそんな問いがあるのか。何かあったのか?
「ええ、まあ」
 誤魔化しもって、知った顔をして答える。
「まあ、無理もないね。ずっと、殿下の後見人とも言われる立場だった方だから。跡継ぎのトラディスは、ディオ殿下とは疎遠な方であるし」
 ええと……息子の話? そういや、息子ってのもいておかしくないよな。でも、ここで息子の名前が出てくるって事は?
「まあ、だからこそ、ガスパーニュ侯が近習として推挙された経緯もあるのだけれど」
「仲が悪いんですか」
「いや、仲が悪いっていうのか、まあ、お互い不干渉というのか、交流を避けていたというのか」
「なんで?」
「なんで……さあ、その辺の事情は私も知らないよ。ひょっとすると、公爵が殿下に肩入れしていた事が影響しているのかもね」
 ふうん、確かに殿下も完璧主義的なところはあるからな。父親とはそこでウマが合った部分もあったか。
「どんな方なんですか、息子さんは」
 重ねて問えば、ランディさんは腕組みをして、考える表情を浮かべた。
「さて、それもなんとも答えようがないな。社交的ではない事は確かだけれど。舞踏会などの催し物があっても、滅多に顔を出さないし、顔を出しても直ぐ帰ってしまうみたいだし」
「はあ、」
「あれで社交的であれば、言う事ないかもね。その辺、血筋は争えないから」
「血筋?」
 首を傾げると、ランディさんは笑った。
「コランティーヌ妃の兄君に当る方だからね。御婦人方が、毎度、寂しがっている」
 ああ、そういう事か。ルックスはそれなりにイケてるわけか。てか、美形なんだろう。でも、妹を見たかぎりでは、線が細そうなイメージがある。タイプとしては、微妙だな。目の保養にはなるだろうが、完成度が高すぎてもなんだし。
「噂では、奥方が嫉妬深いせいだろうって話だけれど、どうかな。独身の頃も似た様なものであったし」
 なんだ、既婚者か。いや、でも、なんで息子の話になったんだ?
「跡継ぎとしてはどうなんでしょうね」
 少し探る。
「さあ、どうだろうね。騎士であるわけでもなし、かといって、政にも、未だ主立った役職を得てない方だから。無能ではなさそうなんだが、よく分からない。まあ、自領の収益だけでも相当なものだから、する必要もないのだけれど」
「ええと、もし、代替わりしたら、今のフィディリアス公爵はどうなるんでしょうか」
「そうだね。既に、政からは一歩退かれているけれど、未だ影響力のある方だし……でも、領地で隠居されるおつもりならば、殆ど政には口を出されないってことになるのかな」
 なんとなく、話が見えてきた。『もし』ではなくて、本当に息子に家督を譲るって事なのか。だから、『殿下が心配』にもなるし、息子の話題になったか。
「いつ決まったんですか、退かれる事は」
 思いきって訊ねてみる。と、
「まだ本決まりではないよ。内々で話があったくらいで。それでも、噂にはなっているけれど」
「話があったのはいつごろ?」
「さあ、いつかな。ここ最近の話だよ」
 ふうん……
「でも、なんででしょうね、そんな急に」
「さあね。公爵もお年ではあるし、前々から考えていたのかもしれないね」
 そうか。
「殿下はどう思ってるんでしょうね」
「さあ、どうだろうね。でも、実の父上――前陛下よりも同じ時を過されもしたから、お寂しいのではないかな」
「……そうなんですか?」
 ウマが合う以上だったか。
「うん。ああ、それは知らなかったんだね。フィディリアス公爵は宰相になる以前、ディオ殿下が幼少期の頃の教育係も務めておられたんだよ」
 って事は、基礎的な事は公爵に仕込まれたって事か!? そりゃあ、密着度合も相当なもんだな。
「ああ、だから、コランティーヌ妃とも小さい頃から付合いがあったんですね」
「そういう事だね」
 成程。
 なんだか、誤解があったみたいだ。私の考えだと、フィディリアス公爵の一方的な片思いというか、殿下は相手にしていない印象だったのだけれど、そうではなかった。双方向の関係だったわけだ。
 ふうん……っていうか、ぶっちゃけ、私の中では公爵が黒幕第一容疑者だったりするわけなんだが、私を殺す動機っていうと、やっぱ、娘さん絡みなのか?
「公爵って子煩悩なんですか」
「なんだい、それは」
 ランディさんは私の質問に苦笑した。
 いや、質問が唐突すぎたか。
「いえ、コランティーヌ妃はあの美貌だし、息子さんも似たような感じだったら、子供の頃はさぞかし可愛かっただろうなあ、と思いまして。親としても自慢だったんじゃないか、と」
「確かに可愛かったよ。トラディスの方はあまり記憶にないけれど、コランティーヌ妃は幼い頃から、数いる貴族の御令嬢の中でも群を抜いて可愛らしかったな。その頃から、求婚者が沢山いてね。でも、当のコランティーヌ妃は、ディオ殿下一筋で、他の誰にも見向きもしなかったのは有名な話さ」
「へえ、私は一度しかお会いした事ないんですけれど、性格はどんな感じなんですか」
「性格……そう問われて私も答えられるものではないけれど、どちらかというと内気な方かな。あまり、お喋り、という感じではないね。淑やかで、下の者にもお優しい方と聞いているけれどね」
 なるほど。確かに、乱暴な事はしそうにないよな。
「そうなんですか。じゃあ、公爵にも可愛がられていたんでしょうね」
 そう言えば、ランディさんの首が傾げられた。
「どうかな、特に可愛がられていたっていう印象はないな。逆に、厳しく躾けられていた、って印象の方が強い。だからこそ、あれだけお美しくあるのだろうけれど」
「ええと、それはどういう?」
「事ある毎に注意をなさっておいでだったよ。勿論、私達、他家のこども達でも公爵の目になにか不快に映る事があれば、その場で注意されたものだけれどね。身嗜みからお辞儀の仕方やら、声の大きさやら、言葉遣いまで。それは、殿下の教育係であったからなのかもしれないけれど」
「それは公の場で?」
「まあ、私は公の場でしかお目にかかる事はなかったから。でも、トラディスやコランティーヌ妃は、私的な場でもそうだったかもね」
 ……日本では死滅したって言われる、近所のうるさ型のオヤジかよ。だから、若者のモラルが低下したとも言われてたんだけれどな。
「やっぱり、そこら辺が完璧主義って言われる所以ですか」
「それだけじゃなく、全てにおいてさ」
 ランディさんは首を竦めた。




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