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 なんだかなぁ。
 ランディさんの帰った後、少し今の会話を考えてみる。
 エスクラシオ殿下のあの妙に堅苦しい部分は、フィディリアス公爵の教育の賜物らしい。
 どんな教育をしたら、あそこまでになれるのか。知りたい親は、幾らでもいるだろう。『完璧な王子さまとお姫さまの作り方』とでも題してハウツーものを出版すれば、ベストセラー間違いなしだ。夢の印税生活、万万歳! やっほう!
 ……それは置いといても、悪い事ではないだろう。多分、悪い事ではない。殿下があのルックスで、場末のヤンキーみたいだったら、そっちの方が驚きだし、私も今頃、生きてはいないだろう。
 が、行き過ぎもあったのではないかなぁ、という感想も抱く。
 戦場での様子と城中での様子の両方を見てしまうと、城での殿下は窮屈そうだな、と感じる。
 僅かな表情や、喋り口調の違いを見付ける毎に。
 アストラーダ殿下から聞いたチャリオットとの話では、こどもの頃の殿下は、悪戯した猫を追いかけて走り回る普通の男の子だった。猫に引っ掻かれては、蹴られては怒り、じゃらしてからかっては笑い声をあげる。城から離れた殿下は、そっちの方が近いのではないか、と思わせる。
 気を緩める場所が与えられないと、大の大人であってもストレスが溜る。所作ぐらいは長年の癖もついて、考えずとも自然と出来る様になるかもしれないが、気持ちはそうはいかないだろう。完璧を求めるあまり、常に精神的に緊張状態におく癖までついたら、辛いだろうな、と思う。
 たとえば、もし、フィディリアス公爵が私の態度を見たら、チェック入れまくりだろう。教育的指導、ビシバシもんに違いない。そうでなけりゃ、千本ノック。
 そんな事されれば、即、私は逃げる。適当に話を聞いて、横に流す。でも、それが出来るのは私が大人だからだ。でも、もしこどもの時にそれをされたら? そういうものだと受入れるか、嫌々ながらも、逃げる事もかなわないだろう。
 ……ひょっといて、そういう動機も有り得るのだろうか。
 エスクラシオ殿下はフィディリアス公爵にとっては、或意味、大事な大事な作品だ。完璧な作品は、完璧に維持されなければならない。同じく完璧な姫に育て上げた自分の娘と、なんとしてでも娶せようとしたのは、それ故だったかもしれない。己の作品をより完璧に仕上げる為に。だが、所謂、『悪い虫がついた』、と思ったら? 当然、駆除しようとするだろう。……自分を『虫』って言うのは気分が悪いが、公爵から見れば、そう思われても仕方ないのかもしれない。
 これは、もし、病的であれば、の話だ。そうであるかないかの違いは、紙一重。有り得ないわけではないが、思っても実行しない人間が大半を占める。
 しかし、この場合、公爵ではなく、受け取り手が過敏に反応してしまった場合も考えられる。……親子の関係にあった場合とか。
 初めて名を耳にしたトラディスという公爵の子息は、内向的な性格なのか、それとも、人間嫌いなのか。単に、変人とも面倒臭がりとも思えるが、他者との交流は得意ではないとみて良いだろう。
 そこから導き出されるものは、どういう形であれ、考えの硬直化だ。信念あってそうしているにしても、思考の柔軟性が失われている事に変わりはない。
 立場上、エスクラシオ殿下と交流があってもおかしくないところだが、それすらも避けている。殿下と関係の深い父親や妹に遠慮しての事か。それとも、反発からなのか。
 原因のひとつとして、親が別の子と比較してしまうのはよくある話だ。
「××ちゃんは出来るのに、なんでおまえは出来ないのか」
 つい、こんな言葉を口にしてしまったりする。私もよく姉と比較されて言われたものだ。……何気ない親の一言に、こどもは傷ついたりする。そして、正直に言って、私はそういう父親と、比較対象者である姉を疎ましく感じた。公爵の息子もそうではなかったか?
 そうだと仮定した場合、対象者に対しての態度は、無視か過剰な反発が有り得る。最初は無視をしていても、しつこく同じ言葉で責められた場合、父親に対しては当然の事、比較対象者にも憎しみを募らせる可能性はないか?
 だが、この場合、相手は圧倒的強者である父親と殿下。残る理性に、一歩、踏み止まって、直接的な反抗は出来ないと判断する。でも、傷つけたい、貶めたい気持ちは燻り続ける。そして、それは、対象者にではなく、周囲の者に向けられる可能性はないだろうか。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』、の諺通りに。
 例えば、私。
 なんだかよく分からない存在ではあるが、殿下に大事にされている様ではある。しかも、魔女の力を失った今は、確実に自分より劣るだろう弱者だ。標的としては、最適だ。
 簡単に言えば、憂さ晴らし。八つ当たりとも言う。……想像するだけでも、面白くない話だ。
 でも、ないとは言い切れないだろう。
 事件直後の殿下やアストリアスさんの雰囲気からしても、或程度、容疑者が特定されている気配があった。だが、おいそれと捕まえる事の出来ない相手なのだろう。おそらく、政治的な理由によって。
 私は、ひとつ溜息を吐いた。
 ゆるゆると息を吐いて、熱しかけた頭を冷やす。
 これ以上、私ひとりで勝手にあれこれ考えたところで無駄だろう、と思い直す。
 この国の貴族社会の事情なんて、私は小指の爪の先ほども知らないのだ。私の知らない貴族で、もっとはっきりとした動機のある有力な容疑者がいても、おかしくはない。
 ……まあ、死ぬ時はなにやったって死ぬし、死なない時はなにがあっても死なないしな。
 この数ヶ月間がそうであったように、これからもそうなんだろう。
 今は、ただ、目の前にあるものだけを受け取って、こなしていけば良い。余計な事は考えなくて良い。その後の事は、野となれ山となれ、だ。どうせ、何か分かったところで、なんにも出来やしないんだから……
 また、小さな声が聞こえたが、蓋をして聞こえなかった振りをする。
 私は、ペンを手に取って、いつも通りに暇潰しの作業を始めた。

 さすがに、いい加減、怠くなってきたな。




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