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 城内の混乱は、私のいる部屋まで響いてはこなかった。
 誰ひとり訪ねては来なかったし、何も起きなかった。静か過ぎるほどの時間だった。
 私は、今日あった事を考えようとしたがうまく頭が働かなくて、昼ドラじゃなくて二時間サスペンスだったな、と思い直したところでテーマ曲が頭の中で流れ始めたので、結局、思考する事を放棄した。
 まるで、夢を見ているかのような感じだった。完全に気が抜けた、というのか。
 午後一杯の時間を、窓の外を眺めながら呆けて過した。
 ランディさんは、その間、ずっと書斎の私の見える位置にいてくれた。
 夕刻になって、エスクラシオ殿下が戻ってきた。
 無表情ではあったが、意外にも、この人にしては柔らかい雰囲気を感じた。
「まずは、一杯くれ。他の者は、呼ぶまで下がっていろ」
「畏まりました」
 ゲルダさんは頷き、メイドさん達は好奇心を抑えきれない表情をしていたが、押し出されるようにして退出していった。
 殿下はゲルダさんからグラスを受け取ると、立ったまま一息で空にして、私とランディさんに言った。
「今回の件については、公にはファーデルシアの残党兵によるものとする事になった。城に潜伏した暗殺者は、私に対する復讐の機会を狙っていたが、コランティーヌ妃はその犠牲になったという扱いだ。おまえの暗殺未遂も含めてその者の仕業とする。妃は『白髪の魔女』と二人で話していた所を好機とみられ、狙われた。おまえは、寸での所で助かり、そして、今日、暗殺者は討ち果たされた事になる」
 成程。殿下と妃の関係は周知の事実だし、暗殺者が狙っていてもおかしくないもんな。国を滅ぼされた復讐として、私や殿下が愛するとされる女性を殺そうとしたとしてもおかしくないか。でも、
「それでは、矛盾が出ませんか。戦以前にも、私は拉致されていますが」
 と、問えば、
「それは、おまえがファーデルシアの事情に通じていた為の口封じの為とする。王城に通じる近道を手引きした事を証とする。ファーデルシア側からすれば裏切り者とされるが、神殿の巫女であったおまえは人民への被害を慮り、交戦の意志をみせるジェシュリア王子と対立した事にすれば良かろう。最初、王子はおまえを私達に殺させる目的で使いとして引き渡したが、当てが外れて暗殺を企てた事にする。その後も、暗殺者は城に潜伏していたが、国が滅ぼされた事によって、復讐に変わったとすれば話は通る。おまえの身の証は、聖騎士が同行してきた事で立てられる」
「でも、それでは、ファーデルシアへの反発が出ませんか」
「多少はあるだろう。が、既に国はなく、王子も亡き者となっている。この程度ならば抑える事は可能だ」
 なんだか力技っぽくもあるが、それで通じるならば良いのだろう。
「フィディリアス公爵はそれで納得を?」
 ランディさんが訊ねた。
「公爵には、これの毒殺未遂に関する妃の容疑について、すでに話を通してある。実際に毒を盛った妃の侍女もすでに押さえ、自白を得ている。四階の受け取り口にて待ち受け、こちらの侍女の隙をみて毒を盛ったそうだ。確たる証拠はないものの、これの拉致殺害未遂においても、それらしき証言は得ている。それは、陛下も御承知の上だ。本日の件がなくとも、数日中に、妃は病気療養の名目で城を離れて頂く手筈を整えていた」
 なんと! 既に容疑は固まってたってか!?
 ……城を離れなければならない事が、凶行に走らせたのか。今日、出会わなければ、ただ、城を去っていくだけですんだのかもしれない……が、より私への憎しみを募らせることにもなっただろうな。いや、でも、陛下は『仕置き』と言った。それは、つまり、ただ城を離れるだけではなかったかもしれない。
 背筋が、ぞくり、と波打った。
「表向き、公爵家の名に傷がつく事はない。だが、公爵は全ての役職を辞任。家督を譲る事によって、これまであった権限の剥奪に繋がる事になる。跡継ぎのトラディスも、その点は既に了承している。後日、この件に関する形ばかりの審議も行われるが、何も問題はない」
 すべては、陛下の御名を傷つけないために、か。
 国王の側室が凶行を行ったなど、あってはならない話だ。本来ならば、私を見捨てて妃の立場を優先すべきだったのだろう。
 でも、そうしなかった。
 細心の注意をはらって、捜査を続けてくれたに違いない。
 ……私の為に。何故、そこまで?
 そこまで聞いて、ランディさんが軽く息を吐いた。
「葬儀はいつに」
「明日、行われる」
「急ですね」
「隠ぺいするにも早いに越したことはない。怪我を理由にこれは参列はさせないが、引き続き護衛を頼む」
「御意」
「参列はなくとも、これの名で花のひとつでも贈った方が良かろう。そちらの手配はゲルダに任せる」
「畏まりました」
 そして、殿下は言った。
「暫く二人だけで話す事がある。下がってくれ」
 ランディさんとゲルダさんはそれには何も言わず、軽く頭だけを下げて部屋を出ていった。
 扉の閉まる音がして、部屋には私と殿下だけが残された。
 テーブルのはす向かいの席についた殿下は、前髪を掻き上げるようにして、ひとつ大きく溜息を吐いた。
「……大丈夫ですか」
 訊ねると、ああ、と気怠げに頷いた。
「おまえは。大丈夫か」
「なんとか。未だ、分からない事が多くて、ぼうっとしていますが」
「そうだろうな。なにか訊きたい事はあるか。今ならば、答えてやろう」
 ……偉そうだ。でも、言い方だけで、声にいつもの張りはない。
「チャリオットの事を」
 躊躇いもするが、一番、訊いてみたい事だった。
「あの時、コランティーヌ様の口振りでは、チャリオットをコランティーヌ様が殺した様に聞こえたんですが」
 すると、そうか、と殿下は頷き私から視線を逸らすと、また溜息を吐いた。
「やはりな」
「やはり、って、分かっていたんですか?」
「分かっていたというより、そうではないかと疑っていた」
「何故? 殿下が戦に出ている最中の事だったのでしょう」
「そうだが……チャリオットがどうやって死んだか聞いているか」
「いいえ」
「城の外に倒れていたのを見付けたそうだ。あの鐘撞きの塔の脇に。丁度、コランティーヌが落ちた同じ場所だ」
 思わず、息を飲んだ。




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