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 次の日、コランティーヌ妃の葬儀がしめやかに行われた。
 私はランディさんと部屋にいて、時折、遠くから聞こえてくるその音を聞いていた。
 現場で、コランティーヌ妃の亡骸を目にした人が語ったそうだ。命なきその姿さえ美しかった、と。
 飛び散った血でさえ、妃の美しさをより引き立てるものでしかなかった、と。
 死ですら、妃の美しさを少しも損えるものではなかった、とそう言葉にしたそうだ。
 捕えられた妃の親衛隊の騎士たちは、殿下の命により、毒を盛った侍女ともども処断されることが決まった、とランディさんは教えてくれた。
「でも、それなりの家柄の者たちであるし、家を断絶させてはのちのち遺恨を残すことにもなりかねないから、表向きは妃の後を追って、という形にされると思う」
 ランディさんが斬り殺した人は、賊の手にかかって、という事にされるようだ。
 他、実行犯の侍女以外の妃に仕えていた召使い達は、城から追放される事になると言う。勿論、今後、いっさい事件の内容を口にしない、と念書にサインをさせて。
 とはいえ、まったく無関係の一部の人々は、フィディリアス公爵が責任をもって引取り、先行きも含めた世話がなされるのだそうだ。
「君を、直接、害そうとする者はこれでいなくなる筈だ。この件で逆恨みする者も出ないだろう」
 ランディさんは、力強くそう言ってくれた。
 死者を送る鐘の音が響き渡り、コランティーヌ妃は国王の側室として、城の地下墓地に埋葬された。
 急なことにも関らず、多くの人々が参列したそうだ。そして、都中が喪に服した。
 最も美しい、姫の中の姫。騎士達の憧れ。その人の死を悼んで、沢山の涙が流された。
 後から聞いた話では、涙こそ流さなかったものの、感情を押し殺して妃の柩の前に立ったエスクラシオ殿下の様子は一際、傷ましく、人々の目には映ったようだ。
 美しい姫と凛々しい騎士の成就しなかった悲恋として、妃の思い出と共に語られ、その噂は私の耳にも届けられた。
 それから暫くして、フィディリアス公爵は体調不良を理由に、家督を息子のトラディスに譲った。
 政治的影響力のある大貴族の突然の引退ではあったが、自慢の娘の死による精神的なものからだろう、と人々にはなんの不思議もなく受入れられた。
 新しい当主となったトラディス・レンディウルフ・フィディリアス公は、父の仕事を引き継ぐ事もなく、野心を見せる事もなく、悠々自適の生活を過しているらしい。
 信頼性の高い筋からの話では、実は、かなりの愛妻家であるらしく、片時も妻の傍を離れたくない、というのが出仕を嫌がる本当の理由であるらしい。
 ……血は争えないというのか、流石、兄妹だけの事はある。
 妹の死については、それなりに哀しみもしたが、真実を知った上で、意外にさばさばもしているそうだ。
「それじゃあ、仕方ないね。あれは、鏡の中の自分に恋していたようなところがあったから」
 そんな事を言ったらしい。
 ドライ過ぎるその態度に、少し寂しさも感じてしまったのは、感傷というものだろうか。
 父親である前フィディリアス公は、自領の邸で沢山いる孫達に囲まれて、それなりに幸せに暮していると言う話だ。
 でも、頼むから、ヤンデレの大量生産だけは止めておいて欲しいと切に願う。
 その後、事件のことについて、エスクラシオ殿下は完全に沈黙を通している。
 ただ、聞いた話では、事件が起るより以前に、戦功の褒美としてソメリアとの国境を含むファーデルシアの南東部、国の三分の一に当る領土を望み、与えられたと聞いた。そして、その領土は、今回、武勲をあげた武官たちに分け与えられたのだそうだ。
 国境を守る目的としてそうしたのは、言わずとも知れた。
 しかし……当然の様に、その中には、私に与えられたぶどう畑も含まれていた。

 そして。
 一通り事も落ち着いた頃、私は陛下に呼ばれ、謁見の機会を得た。
 女王陛下、アストラーダ殿下、エスクラシオ殿下、そして、アストリアスさんがその場に同席した。
 初めて陛下にお会いした時と同じく、ドーム真下の広間で私は膝を深く折った。今度は、ちゃんと正式な礼の仕方で。
「面をあげよ」
 正面、玉座に構えるアウグスナータ王は、重々しく私に言った。
 私は、身を硬くしながら、僅かに頭をあげた。
「随分と待たせたが、今後のそなたの処遇を伝えよう」
 愈々、と私は密かに深呼吸をした。
 広間に入る以前から、他の人にも聞こえているんじゃないかってぐらいに、心臓の音は早く激しく鳴りっぱなしだった。手は汗ばんで、既にべたべた。脳みそは酸欠状態で、早くしないと倒れそうだ。
 そのくらい、緊張していた。
 なのに、陛下は、なかなか次の言葉を言わない。
 ちらっ、と上目を使って顔を見上げると、途端、にっ、と笑う表情が見えた。
 なんだ、なんだ!?
 悪戯を企んでいる様な表情に見えた。
 嫌な予感がした。すんごく、すんごく、とっても嫌な予感がした。脂汗が冷や汗に変わった。
 まあ、と陛下は言った。
「緊張せずとも良い。面をあげて、楽にするが良い。初めてここに来た時と同じようにな」
「は、」
 どういう事? ええと、正座しろってか。
 そう言われて断るわけにもいかず、私は赤い絨毯の上で正座した。お気に入りの薄いグレーのドレスの裾が床に広がって、なんだか妙な感じだ。……ヒールがお尻に当って座りにくいぞ。見えないことを良い事に、脚をすこし崩す。
 座り直した私を見下して、さて、とまた陛下は言った。
 隣に座る王妃さまも、笑みを浮かべて、私を見ている。
「これから話す内容は、沙汰というよりは、吾からの提案だ」
 はあ。
「その前に、ひとつ訊こう。黒髪の巫女を誅する事について、そなたはどう思う。正直に思うままを答えよ」
 えーっ? んな事、言っていいのかよ。
「如何なる答えでも咎めはせぬ。正直に答えるがよい」
 女王陛下からも促される。
 私は首を傾げながらも、言われるままに答えた。
「個人的には感心しません」
「何故か」
「伝説が本当だったかどうかは別にして、私個人に関して言うならば、私の産む子が大陸の覇者となり得る資質を持ち合せているとは思いませんから。容姿を利用される事はあっても、一個人として、それだけの器量を持てるとは思えません」
「だが、可能性は完全には否定できまい」
「勿論です。ですが、それは、髪の色や瞳の色に限定されるべきものではないと思います」
 ふむ、とアウグスナータ王は玉座の肘掛けに肘を置くと、立てた二本の指を優雅に頬に軽く当てた。
「金髪碧眼であっても、その可能性はあると」
「はい。何者であろうと、先がどうなるかなんて誰にも分かりませんから」
「道理だな。しかし、現状に於ては、黒髪黒い瞳を持つ者は大陸の覇者となるべき者に連なる者として、誰もが畏れ敬うだろう。これにはどうすべきと考える」
 どうすべき? そんなん急に訊かれても、分からん。
「そうですね。時間はかかりますが、伝説に対する人の意識を変えるしかないでしょう。伝説自体を少しずつ変えてしまうとか」
 適当に答える。
「長く語り継がれて来たものを変えるは、容易な事ではないぞ」
 そうだよな。
「何百年とかかるでしょうね」
「そうだな。しかも、我が国に限らず大陸全体となれば、吾であってもどれだけかかるか想像がつかぬ」
 陛下は私の答えに、満足そうにひとつ頷いて、
「しかし、誰かがやらねば、また同じ事が起きるであろうな。今こうしている間も、新しき黒髪の巫女がどこぞに顕れているやもしれぬ。そして、また戦が起きる」
「そうですね」
「だが、今ある問題としては、そなたをどうするか、という点にある。そなたが黒き瞳を持つ事を、今、他国に知られれば、次はこのランデルバイアがファーデルシアと似た運命を辿る事になろう」
 だな。
「だが、しかし、困った事に、ここにいる者達は皆、それを分かっていながら、そなたを処断する事に異議を唱えておる。いずれかに幽閉する事すら無駄であり、許さぬと言う。吾の血族であり、妻であり、我が国の中枢に於て重き決定を下せる者達ばかりだ。ガルバイシア侯爵に於ても、吾の旧くからの最も信頼すべき友ではあるが、そなたの後見役として、当然、反対の立場を崩そうとはせぬ」
 え、アストリアスさんが、陛下の御友人!?
「国を治める者としての吾のは、何者が如何なる異を唱えようとも決定を下せる立場にあるが、ひとりの者としては、これらの者達の信頼を失うであろう決定を下すには、少々、躊躇いもする」
「当然で御座いましょう」
 女王陛下が、横から口を挟んだ。
「この者は、我が故郷であるガーネリアの地を取り戻すに大きく貢献したものに御座います。その恩義ある者を処断なさるなど、犬畜生にも劣りましょう。語られるものでなくとも、王家末代までの恥となりましょうぞ」
「と、この通りだ」
 陛下は微苦笑を浮かべて、私に言った。
「そこで、白髪の魔女であるそなたに……否、敢えて、黒瞳の巫女《こくどうのみこ》と呼ぼう。黒瞳の巫女であるそなたに提案する」
 そして、私は陛下の提案を聞いた。聞いて、その場でひっくり返りそうになった。
 悶絶して、そのまま後ろでんぐり返りをごろごろ連続して転がった揚げ句、勢いあまって端の壁に激突しそうなぐらいの勢いで驚いた。

 なんじゃそりゃああああああっ!!

 ……別の意味で死ぬ。
 てか、無茶です、陛下。




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