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「クラウス、そのケーキを取ってたも。そう、その上にオレンジが飾ってあるのを」
「どうぞ、義姉上。キャスはいいかい」
「有難うございます。もう、お腹がいっぱいで。ゲルダさん、お茶をもう一杯いただけますか」
「畏まりました」
「そちは、食が細いな。それでは、いざという時に力が入らぬであろう。せめて、もう一回りふくよかであっても良かろうに」
「失礼を承知で言えば、女王陛下、彼女はこの華奢さが魅力のひとつでもあるのですよ」
「そうなのか。ところで、ロウジエ伯、マイラディーアは如何しておる」
「ええ。少々、足を悪くしておりますが、元気にしております。本日は長旅の疲れもあり御遠慮させて頂きましたが、また別の機会に女王陛下にお目通りを願いたいと申しておりました」
「そうか。懐かしいな。一族、皆、滅ぼされたと思っておったろうが、こうして孫に出会えて、マイラディーアもさぞかし喜んでおろう」
「私も天涯孤独の身ととうに諦めてもおりましたが、こうして血の繋がる実の祖母と出会えた事、これほどに嬉しい事は、生涯そうあるものではございません。女王陛下と、ここにいるキャスの力添えあったればこそです。また、こうして伯爵家の再興をお許し頂き、お二方には感謝の言葉もございません」
「かまわぬ。私もこうして僅かずつではあるが、我が故郷の懐かしき者達が再び集いし事を知るは、喜ばしい限りだ。こうした茶会を開くのも、また愉快。なあ、ディオ。こういう場所も、偶には気分が変わって良かろ」
 王妃様はそう言うと、とびきりの笑顔をそこにいる皆に振り撒いた。
 本日は晴天なり。雲一つない青空が広がっている。季節がひとつ戻ってきたかの様な秋の陽射しは明るく、さらりとした風が時折、吹いては涼を運ぶ、実に爽やかな天気だ。
 私達は、今、ラシエマンシィの屋上でその恩恵に預かっている。
 女王陛下主催の、金色に輝くドームを横にしてのお茶会の最中。
 テーブルには王妃様の他に、アストラーダ殿下、先日、ガーネリアの伯爵家を継いだばかりのスレイヴさんとエスクラシオ殿下がいる。そして、私。給仕は、ゲルダさんが務める。
 周囲には護衛として、アストリアスさん、カリエスさん、ランディさん、グレリオくん、ウェンゼルさん。そして、スレイヴさんに同行してきたサバーバンドさんとギャスパーくんもいる。
 皆、こちらに背を向けて私達の周囲を囲み、壁を作るようにして立っている。
 なんというか、妙な感じだ。
 最初の内は落ち着かなかったが、でも、ちょっと変わったカフェテラスと開き直ってしまえば、まあ、悪くはない。眺めは良いし、気持ち良いし。
 それで、とアストラーダ殿下がにこにこしながら私に言った。
「もう、どうするか決めたのかい」
 えーっ……
「まだです。というより、そう簡単に決められるものでもないですよ。私ひとりの問題でもないですし」
「だが、時には勢いに乗る事も大事だよ」
 と、私の答えに、スレイヴさんが微笑みながら言った。
「考えすぎては、折角の機会を永遠に失う羽目にもなりかねない。それが、後で別の取り返しのつかない事態を招く場合もある」
 そうそう、とアストラーダ殿下も同意する。
「大きすぎると思える問題も、案外、やってしまえばなんとかなったりもするしね。それよりも、やらなかった事を永遠にずっと悔やんでいる方が、苦しいものだろう。ねえ、ディオ」
「……私には分かりかねますが」
 呼びかけには、むすっ、とした返事。
「おや、随分と御機嫌斜めだね、我が弟殿は。優秀な部下を手に入れそこなった事が、そんなに悔しいのかい? それとも、可愛らしい子猫を義姉上に取られた事かな。ああ、そうか。君には甘いチョコレート菓子を渡しそこねた経験もあったものね」
 ……本当に容赦ねえな。
 ぐいぐいと傷口に塩を塗り込む兄を前に、弟であるエスクラシオ殿下は、むっつり黙ったまんまだ。
 私の身は、あれから、ロクサンドリア女王陛下に預けられる事になった。女王陛下の下で、城の管理の補佐役、というのが、今のところの肩書きだ。一応、女官職になる。
 しかし、城の管理補佐と言っても、これといった仕事をしているわけでもない。改善すべき点を見付ければ、改善策と共に奏上したり、逆に相談を受ければ、考えて提案したりする。暇な時には童話を書いたり、王子様達の遊び相手になったりしている。閑職と言って良いポジションだ。
 部屋は相変わらず、エスクラシオ殿下の私邸の二部屋を間借りしたまんまだ。南棟の空き部屋に移動する、という話もあったが、そうすると、また噂を再燃させる事にもなりかねないし、新しい誤解も招きかねない。警備上の問題もあって、それは見あわせる事になった。
 だが、白髪の魔女の名前は、最近、滅多に話題に上る事もなくなった。私の存在は薄くなりつつある。
 今一番の旬の話題は、ガーネリア国再建について、だそうだ。
 スレイヴさん達がここにいるのも、それに関連しての事。
 会話の通り、スレイヴさんは母方の祖母との出会いを果たしていた。
 祖母であるマイラディーア夫人は、夫と子をすべてなくし、落ち延びた先のファーデルシアで召使い達と共に細々と暮していた。
 その事はスレイヴさんに、ファーデルシアに住むヒルズさん達を通じて、アストリアスさんから伝えられた。
 若い内に家出した後に消息の途絶えた娘の事を、夫人は諦めながらも、片時も忘れてはいなかった。そして、突然の事ではあったが、訪ねてきた孫を、結果、喜びの涙で迎えた。初めて会う孫ではあったが、その顔に娘の面影を見もしたようだ。身内をすべてなくした夫人にとっても、唯一の生き残りである血縁の存在は心強いものだったろう。
 二人は語りあい、短い時間に家族の絆を結ぶ事ができた。そして、スレイヴさんは、祖母と共に暮す決心をつけた。
 しかし、問題は、何処に暮すか、という点だ。
 ガーネリアにあった伯爵邸はとうに壊され、跡形もない。
 スレイヴさんが生まれ育った国で仲間も多くいるグスカは、スレイヴさんにとってはそれなりに愛着もあるが、祖母にとっては仇で敵国だ。その気持ちを思えば、共に暮す場所としては酷だった。
 経済的には、確執のあったスレイヴさんの腹違いの兄が、過去に行った不正の発覚により現政権から断罪されたことで、父方の伯爵家の財産を継げる状態にあるとしても
 とは言え、スレイヴさんがファーデルシアに移り住んでランデルバイアの為に働く、というのにも未だ抵抗を感じた。
 表面上での問題は順調に片付きつつあるのだが、人々の気持ちは、一朝一夕に変わるものではない。水面下で色々と揉め事が耐えないのは、頭の痛い問題だ。
 そこで、アストリアスさんから提案があった。母方の伯爵家を継ぎ、ガーネリアの国の再興を手伝わないか、というものだ。
 その申し出にマイラディーア夫人は喜んだ。伯爵家が自分の代で終ると思っていた夫人にとって、まさに夢のような出来事であったそうだ。貴族であったものにとって、家名はその誇りを保つに重要なものだから。
 祖母の喜びようにスレイヴさんも心を決め、グスカを離れる事を決意した。
 一旦、このアルディヴィアに祖母と共に移住し、いずれは王となるであろう第二王子とロクサンドリア女王陛下に忠誠を誓う事で、ガーネリアの伯爵の地位と騎士の称号を得る事になった。そして、ここラシエマンシィにて、お二人に仕える事になった。
 それが、三日前の出来事だ。




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