-62-


 それに伴い、サバーバンドさんとギャスパーくん、そして、スレイヴさんの部下であった人達の全員ではないが、一部がついてきた。グスカに未練はなく、家族もなく、スレイヴさんと一緒にいたい人達だ。
 元々、ガーネリアとは縁もゆかりもない彼等だが、人手は多くあった方が良い。女王陛下は快く彼等を迎えいれた。生粋のガーネリアの人達と上手くいくか心配もあるが、スレイヴさん達ならば、なんとかやっていけるだろう。それこそ、グスカの前政権に反抗した事になっているし。
 彼等はガーネリアが再び国として機能するようになるまで、実質、ランデルバイア軍の指揮下に入る事にはなるが、スレイヴさん達に対し、エスクラシオ殿下に直接の命令権はないそうだ。女王陛下が間に入り、殿下に従う様に命令する事になる。しかし、あくまでも協力して、という形だそうだ。
 やる事は一緒だろう、と思うのだが、男はそういうところに拘るらしい。
 まあ、そんなわけで、主を同じくする私は、スレイヴさんとしょっちゅう顔を合わせる事になった。ギャスパーくんや、サバーバンドさんとも。
 最初、再会した時は、とても気まずい思いをしたけれど、ギャスパーくんがそういったものを吹っ飛ばすように無理矢理、仲直りの握手をしてくれたお陰で、また友達を遣り直すことが出来た。勿論、ランディさんやウェンゼルさんにも、同様に。
 今度、また、みんなで騒ごうという約束もした。レティやグレリオくん達も一緒に。
 素直に嬉しく思う。幸せな事だ。まさか、こんな日が来るとは思ってもみなかったから。でも、
「しかし、という事は、キャスの身は誰に拘束されるものではないわけですね。では、私にも充分に機会はあるという事だ」
 にんまりとした笑みを浮かべるスレイヴさんが、そっ、と私の手を取って言った。
「君さえ受入れてくれる気があるならば、私はいつでも君の為にこの身を捧げる用意があるよ」
 ……あ、今、後ろで剣を抜く音がした。
「やめろ、ランディ! 女王陛下の御前だぞ!」
「止めるな! 今の内にこの不埒者を成敗してくれる!」
「ランディ、駄目ですって!」
 カリエスさんとグレリオくんが、即座に止めに入った。
「こりねえよな」
 騒ぎを横に、ギャスパーくんの溜息を吐くような呟き声が聞こえた。
 クスクスとした笑い声は、サバーバンドさんか。
「お騒がせして申し訳ございません。どうか、お許しを」
 アストリアスさんが王妃様に向き直り、取りなしの言葉をいれた。
「よい、賑やかで良い。愉快ですらある。皆、畏まる事はないぞ。言いたい事があれば、遠慮せずに言うが良い」
 ホホ、と高い声が笑った。
 はい、とギャスパーくんが小学生の様に手を挙げた。
「なんだ」
 と、鮮やかな王妃様の笑顔の前に真面目な顔つきで、
「そこにある菓子をひとつ貰っても良いですか。実はさっきから腹が空いて、ぐうぐう鳴りっぱなしなんで」
「ギャスパー、流石にそれは恥ずかしい」
 サバーバンドさんが顔を手で覆った。
「図々しくも……申し訳ありません。お許しを」
 スレイヴさんが慌てて謝罪をいれる。
 が、高い笑い声が続いた。
「素直な良き者である。よい、許す。ここにある物、なんなりと好きなものを取らせよう。皆も遠慮する事はないぞ」
「じゃあ、その黄色いの。あ、その赤いのも美味そうだな」
 スレイヴさんの横に来て、ギャスパーくんが言った。
「ギャスパー……」
「うめーっ! これ、メチャクチャうめえっ!」
 ゲルダさんからケーキをのせた皿を受け取っての、満足そうな顔と声。見ているだけで幸せが伝わる。
 得な性格は相変わらずだ。でも、彼がいるだけで救われる事も多い。
 触発されたらしい他の皆も向きを変え、立った状態で茶会に参加する事となった。
 しかし、と含み笑いをしながら、王妃様が言った。
「協力者には不自由はない様ではあるな。クラウス、そなたも名乗りをあげてみるか」
 それには、いいえ、とアストラーダ殿下は首を横に振った。
「今の立場にこれでも結構、満足しているのですよ。還俗しては失うものも大きい。遠慮しておきましょう。それに、彼女とは良き友人として、これからも長く付き合ってゆきたいですからね。下手にこじれでもした時、勿体ない事になります。王家の血がどうしても必要となれば致し方ありませんが。それにしても、まだ候補となろう者はいましょう」
 流す視線の先は、相変わらず愛想の欠片もない。ひとり黙って、茶を啜ってる。
「確かに王族の血を引く者となれば、他国王家と婚姻させる事もできようが、強制するものでもなかろう。なにより、本人がその気にならねばな」
 と、王妃様の悪戯めいた視線が私に突き刺さる。いてっ!
「ウェンゼル、君はどうだい?」
 アストラーダ殿下が、振り返って訊ねる。
 は、とウェンゼルさんは、片手に持ったお茶のカップを皿の上で微動もさせずに答えた。
「求められれば応えるに吝かでは御座いませんが、自ら名乗るは御遠慮させて頂きましょう」
「それは、どうして?」
「私も、まだ、斬り殺されたくはありませんから」
 肩を竦めるような言葉に、ハハ、と周囲から笑い声がたった。……笑えねえ。
「では、ランデルバイア側としてはベルシオン子爵が一番手ですか。手強くはありますが、相手にとって不足なし、というところですね」
 スレイヴさんが、不敵な笑みを浮かべて言えば、
「こちらこそ」、と背後から返答がある。肩越しにちら見をしてみれば、すました笑みを浮かべるランディさんが目に入った。……おい、目が据わってるぞ。
「我が忠誠と剣を捧げた姫を他国に奪われたとなっては、ランデルバイアの騎士の名折れ。いつでも相手になろう、ガーネリアの伯爵」
「望むところ。ただし、本物の剣で戦うのではない事を忘れないでくれたまえ」
「無論、そんな無粋はしない。が、君こそ気をつけたまえ。ランデルバイアの女性は美しいが、気の強い者も多い。遊び心に手を出せば、彼女に累が及ぶかもしれない。それだけは避けてくれたまえ」

 ははははは……マジ、笑えねえ。




 << back  index  next>> 





inserted by FC2 system