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 陛下からの私への提案は、私にとっては予想外のものだった。
「信仰の対象である内容を変えるには、時間も要するし、限界もある。そこで、私からの提案だが、いっその事、子孫を増やしてみてはどうか」
 は?
 一瞬、どういう意味か分からなかった。
「一人、二人では意味がない。六人でも七人でも、できるだけ多くの子を産み、育てる。そして、その子がまた子を産めば、更に増えもしよう。黒髪黒瞳の者がそれだけ多くいれば、信仰の対象として迫害される者ではなくなろう。無論、伴侶となる者の血も入る故、全ての子がそうなるとは限らぬが、黒髪だけ、黒い瞳だけを受け継ぐ者であっても、そなたの血をひく限りは、孫にその血が出る事もあろう」
 ただし、と付け加えられた。
「内、娘二人は、我が王子それぞれに娶せよう。そして、男も一人は必要であろうな。伴侶の家の跡継ぎとしてもだが、なにより、男の方が子をなす機会が増える」
 そんな無茶な! 産みわけなんて、そう簡単にできるもんじゃないぞ!
「男の子ばかりが産まれたらどうするんですか!?」
 慌てて問えば、
「その時は、クラウスの養子にでも迎え入れればよかろう。将来は司祭とする事もできようし、剣の筋が良ければ、騎士として王子に仕えて貰う事にもなろう。まあ、吾に娘が出来る事もあろうし、婿とするのも良かろう。その辺はなんとでもなる。産まれた子は、無事、成人するまではこの城で大切に守り、育てよう。王子達のよき遊び相手にもなろうしな。そなたの伴侶となる者については、次代の王妃の父となる者故、それなりの血筋の者である事を望むが、心の影響するものであるし、タイロンの神が定めるところもあろう」
 ……つまり、ぶっちゃけ、黒髪の巫女繁殖計画。日本人DNAファーム。野球チームやサッカーチームが作れる程、こどもを産んで育てろって話だ。私に、子沢山のおっかさんになれ、とそういう事。
 一人っ子であれば、希少価値から利用される事もあるだろうが、数が多くいれば、それだけで伝説の信憑性が疑われるし、利用しようとする企みも挫かれる。だが、二人程度では対立を生むだけになるので、出来るだけ多く。多ければ多いほど良い、って話だ。
「……こどもが出来るとも限りませんよ」
 この年で、そんなに産めっかよ。干からびちまわあ。高齢出産は、母子ともに危険なんだぞ。
「なに、心配する事はない。そなた程の丈夫な身であれば、子をなす事は可能であろう」
 皮肉か? そりゃあ、何度も死にかけたわりには、ぴんぴんしてっけどな。だがなあ。
「これまでのそなたの経緯を聞けば、吾には、神がそなたに子孫を残す事を命じておるようにも感じる。生きる者は生き、死に行く者は死ぬ。如何に抗おうともな。人の身では計れぬものではあるが、それを信じよう。しかし、選ぶのはそなたでもある。このまま子をなす事なく独り身を通す事を選んでも、生涯その身は、このランデルバイアで現状のまま預かろう。しかし、一度、子をなす事を選べば、より多くの子を産み育てなければなるまい。ほかならぬ我が子に、そなたと同じ苦難を味合わさせぬ為にもな」
 うわぁぁあああああ……! そんな事、言うかあっ!!
 惚れたオトコが出来たとしても、こどもを作らない方法もある。が、明るい家族計画もないこの世界で、失敗する可能性はより高い。だったら、最初から、諦めた方が無難ではある。
 が、しかし、一方でムカつきもした。
「私をお試しになられたので?」
「さて、どうかな。そなたの身の上は、ディオクレシアスに一任したものであるから、吾の関知するところではないが、結果的にはそうなったと言えるかもしれぬ」
 くそう。どこまで本当かは知れたもんじゃない。でも、
 ……この先も、家族もなく、ずっと一人ってのは寂しいよなあ……
 それに私は気付いてしまっているから。旦那だけでもいてくれれば良いが、男の浮気はあるものだし、なにより絆を深めたいと願えば、こどもを作りたいと思ったりもするだろう。恋愛気分がそう長く続くものではない事も知っていたりするから。
 いや、だが、かかるリスクが、とてつもなく高いものである事は言うまでもない。
 他国に知られれば、戦争の引鉄になる事もさる事ながら、医療が未発達のこの状態での出産は生死に直結するものだろう。鎮痛剤だってろくなもんがないってケリーさんは言っていたし、一度、病気にかかれば、ろくな治療も出来ない内に、ころっといっちゃったりもする。免疫の少ない赤ん坊の内なんて、特に。
 それに、なによりも美香ちゃんの事が頭に過る。あんな事を言った私が今更、のうのうとこどもを作ろうだなんて! ……どうしろとっ!?
「……黒髪の巫女の件はどうなりますか。最初からその様にお考えで?」
 だったら、戦などする必要はなかった筈だ。
「否」、と陛下から返事があった。
「これは、現状に於てのそなたに対する措置であり、黒髪の巫女にも該当するとは言えまい」
「もし、彼女が無事に保護されていたならば、」
「過ぎた事であるな。それは今更、考えるものではあるまいよ」
 ……確かにそうではあるが、でも、うーっ! 畜生っ!!
「私だけでなく子までもとなれば、それでは、この国にとって、あまりにも負担になりませんか? 警備上に於ても」
 頭を抱えた私に、陛下は微笑みを消す事なく答えた。
「確かに。しかし、そなたについては、その髪の色が有利に働くであろう。現にこれまでも、そなたを見て髪の色を言う者はいても、瞳の色に気付いた者はおらぬ。こども達については、或いは、そなた以上の試練を課すことになるやもしれぬ。されど、勇敢であり、また知恵にも優れた我が国の騎士達の力をもってすれば防げるものであろう。なによりも、母たるそなたが傍にいて守るとなれば、充分に可能であろうしな。加えて、そなたのこれまでの実績を思えば、かかる負担も惜しくはなかろう。今後も、いらぬ戦をせねばならぬも負担である。それを思えば、吾が治政において為しえぬ事であったとしても、国という長い時の目で見れば、元は取れよう。世の移り変わりは当然、あるべきもの。急速な変化は吾の好むところではないが、変化を怖れるばかりでは得られるものとて限りあり、緩やかな衰退を受入れるものでもあると、これより千年、己が血によって国を治めんとする者として考える」
 それは、つまり、王子達の嫁になる私の娘にも言える事で……
 なんて事だ! 死んだ後の事も考えろと!? 千年! そんな長いスパンでものを考えろってのか!? 尤もな話であるが、凡人にはプレッシャーも過ぎる!
「難しき問い故、すぐに答えはでまい。時は限られるが、慌てる事はない。時をかけて考えるがよい。その内、自然と収まるべきところも見付ける事もあろう。たとえ、それが吾の隣だとしても拒むまい。子を生すには、少々、障りもあろうが、それも運命ならば」
 眩暈を起こしそうな程に麗しい微笑みを、陛下は私に向けた。

 ……こんの、たらしめッ!




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