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 あれから一ヶ月。取り敢えずは現状維持のまま、未だ答えは出ていない。
 しかし、と王妃様は言った。
「考えてみれば、別に相手を一人と定めずとも良いのではないか」
 は?
「子をなすを目的とすれば、気に入った者があれば、試みれば良いではないか。陛下の側室にあがることを選べば別だが、そうでなければ。無論、協力する者も承知である事が前提であろうがな。そなたを取り合って城中にて斬り合いになっては困るしな」
 ……おい、えれぇこと言い出したな。二股、三股かけろってか。身体がもたんぞ。つか、精神がもたん。恋愛依存症じゃないしな。
「女王陛下、それは少し問題があるかと。父親が分からなくては、産まれてきた子が悩みもしましょう」
 アストリアスさんが苦笑を浮かべて窘めた。
 流石のスレイヴさんも、引き攣り気味の苦笑いを浮かべている。
 アストラーダ殿下とサバーバンドさんの忍び笑う声が、重なって聞こえた。
「しかしなあ」、と王妃様は、少しつまらなさそうに言った。
「ここだけの話、男の方も常にその気になれるか怪しいものであろう。長く共にいれば、互いに飽きもするしな。陛下などは側室がおられるからまだ良いが、夫ひとりというのは、案外、退屈なものであるぞ」
 ……うっわあ、こんなこと言っちゃってるよ。王妃様が! いいのか!?
「何卒、その辺で御容赦を」
 その時、ずっと黙っていたエスクラシオ殿下が、無表情のまま口を開いた。
「ここには、先頃、妻を娶ったばかりの者もおります故」
「ああ! ディオ、冗談だ。真面目に取るな」
 王妃様は、笑って答える。
「男は己の浮気は許されると思っていても、妻の浮気は許せぬ事ぐらいは、世情に疎い私とても知っておる」
 まったくフォローになっていない。でも、力ない笑い声が、取り敢えずはなんとか立った。……グレースさあん、カモぉン! 旦那だけじゃ、太刀打ちできないぞう!
「しかし、先日の婚礼の式は、私も覗かさせて貰ったが、なかなかによかった。初めての事であったが、侍女達だけでなく、他の貴族達もあの様な式を挙げたいと、口々に申しておったぞ」
「畏れ入ります」
 私はグレリオくんと、頭を下げて答えた。

 グレリオくんとレティの結婚式は、この世界では珍しいほどに盛大なものになった。
 というのも、本来ならば、ベルシオン子爵領にある神殿で行われるものであったのだが、私から陛下にお願いして、城の中庭で行わさせて貰ったからだ。それならば、仲間の騎士や兵士たちも、もれなく参列できるし、私もふたりの式を見れる魂胆もあって。
 グレリオくんの求婚劇は多くの者達が知るところのもので、戦内における平和の象徴ともされ、その願いは聞き届けられた。
 その日は、幸いにも晴れであったので、当初の予定通り、中庭で式を執り行った。雨であれば、神殿で行うつもりで用意もしていたのだが、無駄になった事を惜しむ気はなかった。
 式は、中庭中央に位置する、小さなアーチ型の四阿《あずまや》を舞台にした。
 式の司祭を快く引き受けてくれたアストラーダ殿下は、そこで聖騎士と共に主役の二人を待った。
 地下二階、式場に向かう二人の為に、仲間である騎士達が剣を抜いて整列し、中庭にウェディングロードを作った。彼等はそのまま参列者となった。
 その間を登場した新郎新婦は、静々とした足取りで祭壇代わりの舞台へと向かった。
 その様子を、勿論、二人の家族や招待客も、四阿脇に設置した席の最前列で見守ったが、弥次馬の通り掛かりの貴族や、城で働く兵士や侍女達も多く集まり、廻廊や窓から式の様子を眺めた。
 正装したレティは、御世辞抜きに綺麗で可愛らしい花嫁だった。
 白いウェディングドレスではなかったが、薄くクラムの模様を折り込んだゴールドを基調にしたドレスは、きんぽうげの様な印象の彼女を普段よりも華やかに見せ、バラの花を思わせた。後ろに裾を引きながら、初々しくはにかんだ表情で歩く花嫁の姿に、皆、自然と微笑みを浮かべた。
 グレリオくんは妻となる人を間違いなくエスコートしたが、緊張からか、それとも隣の花嫁のせいか、顔を紅潮させ、その足下はいつもよりも数センチ浮いて見えた。
 二人は、正式な作法に則り、新しい家の紋章を収め、誓いの言葉とサインを行った。そこに、私は、二人の思い出になる品として、家紋を入れた指輪の交換を付け足した。
 そして、晴れて夫婦となった二人の為に、聖騎士に祝福の聖歌を歌って貰った。
 それなりに緊張はした様だったが、聖騎士は見事な歌声を披露し、そこにいた人々を感動させた。
 式が一通り終れば、あとは皆の祝福が待っていた。
 私はメイドさん達にお願いして事前に用意して貰っていた花を、門出を迎えた二人に向かって撒いて貰った。そして、花の女神さながらに、レティからも、持たせていたブーケを参列した女の子達に向かって投げて貰った。大して説明はしていなかったが、女の子達は反射的に競ってブーケに手を伸ばした。
 拍手と口笛と、冷やかしの声に包まれて、グレリオくんとレティはとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。
 伝統と格式と、華やかさはこれでクリアー。
 息子の人脈を広げようとしていた伯爵夫人も、弥次馬の貴族達に式についての問いあわせを受ける事で目的を達した。……私の名前は出さないようにしてもらった為に、グレリオくんにとっては少し負担になりもしたようだが、まあ、仕方ないとする範囲だろう。
 二人は城の前に用意してあった馬車に乗り、披露宴会場であるランディさんの邸に向かった。
 ここから先は私は見ていないのだが、ランディさんの話では、上手くいったらしい。準備段階では連れていって貰って用意を手伝わさせて貰っていたけれど、実際、成功するかどうか少し不安だったので、それを聞いて、ほっ、とした。
 披露宴は邸の庭を会場にした。ガーデンパーティだ。
 食事をする席の上にテントは張ったが、雨が降らなかった事も幸いした。
 料理は、邸の召使い達の手によるものをメインにして、オードブルなどは、美味しいと評判の街の店からお取り寄せを手配。
 あと、タチアナ姐さん達も呼んで、音楽の演奏などで盛り上げて貰った。
 所謂、『下々の』ではある姐さん達であったが、見た事はないものの、評判は二人の親族達も耳にはしていたから、物珍しさも含めて喜んで貰えた様だ。あとから姐さんに聞いたら、御祝儀をはずんで貰えたと笑っていた。
 姐さん達も、このアルディヴィアに、活動拠点となる家を一軒借りようか、という話もあるらしい。これには、市民登録の許可申請やらが必要だが、私が口出しするまでもなく、なんとかして貰えるんじゃないだろうかと思う。今や、姐さん達の評判は、不動のものだし。私も姐さんたちに会える機会が多くなるのは嬉しい。
 その話は、さて置き。
 レティは式全体が思ったよりも安上がりだった上に、双方の親とともに皆、満足した事でとても安心した様だ。
 妻になってからの彼女はまだ忙しいらしく、会ってはいないが、グレリオくんから直接、感謝の言葉を貰った。
 相変わらずわんこの様ではあるけれど、少し、精悍さを増した雰囲気からは、彼が幸せである事が充分に伝わった。そして、左手の薬指には、ちゃんと結婚指輪が嵌められていた。
 二人に喜んで貰えて、私も嬉しい。満足だ。……私はグルニエラの頭突きを受けた直後で、泥だらけだったのがなんだったけれど。でも、こういうタイミングの悪さも彼らしく、この世界らしい、って事にしておいた。




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