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「どんなのだ」
「意外な事に、グスカを陥落した時のものだよ」
「ああ、それならば、よく知っている。それまで、散々、てこずっていたグスカ軍相手に、ひと月とかからず落したというやつだろう。しかも、敵の被害が数千に対して、味方の被害は約三百五十。初戦のカラスタスにおいては、死者の数はゼロだ。まさに奇跡。軍神オルファニアスさながらの功績だよ。ビルバイア将軍の働きにもめざましいものがあったが、隊を二手に分けて、クラレンス将軍率いる部隊を海から行かせたのが良かった。丁度、グスカ本城を攻める際に、援軍として到着。ノルト将軍率いるグスカ軍が背水の陣にて決死の防衛戦をひき、膠着状態になりつつあったまさにその時、雪崩の如く襲いかかったと記録に残っている。その為、時かからず、勝敗は決した。しかも、その直後に、ファーデルシアを十日余りで落している」
「やれやれ、君はディオクレシアス大公の話となると、他の話と反応がまったく違うね」
 首を振る少年に、少女は、「当り前だ」、と胸を張った。
「生涯、無敗を誇った、戦史でも名高い騎士の中の騎士だ。雄々しくありながら、知略にも優れる。憧れないわけがなかろう。肖像画のお姿を拝見する度、私は何故、自分の髪が、あの様な赤い色でなかったかと残念に思うほどだ」
「僕は、君のその髪の色は好きだけれどな。でも、その一年前のファーデルシアに加担してのグスカ攻めは、失敗とは言わないけれど、苦渋を舐めているよ。三ヶ月かかって、結局、リーフエルグを落せなかったんだから。戦死者数もその一戦だけで倍近くだ」
「それは! 敵が、後のガーネリアの知将と謳われたロウジエ将軍が率いる部隊だったからだろう。ファーデルシアの援軍として兵を回した事もある。陥落した戦いでは、ロウジエ将軍……その時は、まだ中佐の地位だったと思うが、グスカから謀反の疑いをかけられ戦線離脱していたのは有名な話だ。その時、彼がグスカ軍に加わっていたら、歴史は変わっていただろうと言われている。結局、そうはならず、ガーネリアに亡命して、知将として戦史に名を残した。それにしたって、ディオクレシアス大公に協力してって形だけれど。同盟を結ぶ以前のソメリア戦線とかがその代表だな」
 少年はむきになって訴える少女に向かって、「まあね」、と首を竦めてみせた。
「でも、それだけじゃなかったんだよ。確かに、ディオクレシアス大公は戦にかけては無敗を誇る方だったけれど、急にそんな強さをみせるなんて変だろう。それで、色々と調べている中で、面白いものを見付けたんだ。戦時中の日誌なんだけれど、グスカの戦役の時に書かれたものだ」
「そんなものが?」
「うん、なんかの拍子に蔵書の中に紛れ込んだのか、それとも、誰かがこっそり保存しておきたかったのかもしれないけれど、稀少本の中に混ざって。ええと、何処へやったかな……ああ、あった。ほら、ここにね。『白髪の魔女の働きによりグスカ軍、悉く敗走せしめたるものなり』って書かれているんだ。日付からいっても、カラスタスの奇跡の時だよ。なんでも敵に呪いをかけ、ガーネリアの亡霊兵を従えて、グスカ軍を打ち破ったんだってさ」
 ハッ!
 少女は嘲笑した。
「呪いなんてあるわけないだろう。しかも、亡霊兵を操るなんて! きっと、そいつは寝惚けていたんじゃないのか? 大体、魔女なんて存在自体、お伽噺じゃないんだから。いたことすら怪しい」
「そうとも言い切れないよ。この後も、『白髪の魔女』って名が、何度も出てくる。陥落寸前の王城から脱出し、姿をくらませたグスカ王を見つけ出したのも、彼女だって書いてある。ファーデルシア戦に於ても、本城奇襲作戦を可能にした近道に招いたともされているし。ディオクレシアス大公の傍にいて、その力となっていた様子が伺える」
「まさか!」
「まあ、彼女に関する記録はこれだけなんだけれどね。どこの何者で、いつ生まれていつ亡くなったかも不明。この後の戦には、まったく出ても来ないし、他の記録を調べても何もない。これっきりだ。でも、僕は、彼女は本当にいたんじゃないかって思う」
「……その根拠は」
「この時の疾風怒濤の如くの侵攻からもそうなんだけれど……ねえ、キャスリーン。君の名前って、ガーネリア公国の初代王となった、ローディリア大公の公妃、キャスリーンの名を受け継いでのものだよね」
 少女は頷いた。





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