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「ガーネリアでは代々、黒い瞳を持つ女児は、キャスリーンの名が多く付けられているな」
「そう、そして、キャスリーン公妃が初めてガーネリアの民の前に出た時、皆、驚いたって記録があるよね。そして、大層、喜んだとも伝わっている。聖典にも伝わる伝説の巫女と同じ、珍しい黒い瞳の持ち主だったから。髪の色も黒」
 ああ、と少女は頷いた。
「今や珍しくもなんともないけれどな。当時はそうだったらしい。今でも、南方や東の一部の国では、ありがたがられたりするみたいだけれど」
「そう。そして、そう時も変わらずして、このランデルバイアでも、第一継承者のグラディスナータ王子とその婚約者のお披露目があった。婚約者は、キャスリーンの双子の妹である、キャスティーヌ。やはり、顔立ちもそっくりな、黒髪、黒い瞳の姫だった。そして、姉妹の父君はディオクレシアス大公だと伝わっている」
「そうだな」
 そこで、少年は少女を見上げ、首を傾げて蕩けるような微笑みを見せた。
「ね、じゃあ、母親は誰?」
「誰って……」
 少女は言葉に詰まる。
「公式の記録では、大公は生涯、独身だった事になっている。娘達の出自も、実際のところは、そう言われているだけで不明。記録も何も残ってはいない。ずっと、謎のままさ。何故なんだ?」
「じゃあ、大公はどこの馬の骨とも分からぬ女が産んだ子を拾って、甥である王達の妃にしたとでも? それこそ侮辱じゃないか」
 膨れっ面を前に少年は笑った。
「いや、君は間違いなく大公の血を受け継いでいると思うよ。その剣の腕前も含めてね。多分、僕が推察するに、公式には母親の記録は載せられなかったんだよ。歴史的な背景もあってさ」
「歴史的背景ってなんだ」
 思いきり顰める眉に、嗜める笑顔を見せて少年は言った。
「うん、それが面白いところでね。実は、この時代以前、聖典の教義での聖なる伝説の巫女は、『黒髪の巫女』って名称で呼ばれていたんだ。そして、その信仰は民衆の間で絶大なものだった。伝説の通り、大陸全土を統一し、平和に導く御子の聖母たる存在としてね」
「黒髪の巫女? 黒瞳の巫女ではなくて?」
「そう。これを調べるのに随分とかかったよ。この数ヶ月、こつこつ隅の方の棚から全部、探して。お陰で埃塗れだ。でも、その甲斐あって分かったのは、教義の内容が変わったのが、アウグスナータ王一世の頃だったんだ。グスカとファーデルシアを平定した後にね。王家に初めて仕えた聖騎士、ギリアム・ルイードの名も記録にあったから、内容に間違いないだろう。その頃は、聖なる巫女と呼ばれるべきは、君のように黒い髪で黒い瞳を持つ少女だったんだ。それを、アウグスナータ王は、瞳の色だけに変えた。いや、時の大司祭クラッシェウス猊下が、と言うべきかな。その時、円滑に事を進める為に、聖地との間をギリアム・ルイードが取り持ったんだろうと思われる。一箇所でも聖地が動けば、他国にも広がりやすいからね」
「何故、そんな事を?」
「うん、『髪の色は、年と共に変わるだろう』というのが、公の理由にされている。でも、当時の状況を権力者側からみれば、『黒髪の巫女』は、迫害すべき対象だった。それだけ、信仰としては極端なものだったとかの理由で。明言はされていないけれど、そういう事実があったらしい事は、歴史書のところどころで見受けられるからね。でも、敢えて、記述を変えた。それは、何故か……僕は、さっきの『白髪の魔女』が、実は、黒い瞳の持ち主だったんじゃないかって思うんだ。何かの理由で髪の色こそ変えてあるけれど、意図的に改ざんしたものか変えたかしたもので、本当は『黒髪の巫女』だったのかもしれない。白髪なんて年寄り以外に見た事がないし。でも、黒い瞳だけは変えようがなかった。何故、聖騎士であるギリアム・ルイードがランデルバイアに仕えたかという理由も、それで成り立つ。後にカルスティア聖地の重鎮となった後も、その姿勢に変わりがなかった事からしてもね。それで聖典の内容を変えたのかもしれない。彼女と彼女のこども達の為に。そうする事で、実際、民衆の信仰対象としての意識は、次第に、髪の色に左右されなくなっていった。瞳の色は髪よりも目立たないから、誤魔化しもきくし。その中で、ディオクレシアス大公と『白髪の魔女』は結ばれて、キャスティーヌとキャスリーンの姉妹を産み、他にも兄弟が三人ほどいたみたいだけれど……大公家と役職を継いだ、ルーディリアス公とかさ。はっきりしないけれど、養子に出された者もいたみたいだね。でも、そうやって、子や孫に代々、血は引き継がれて同じ色の髪と瞳を持つ者の数を多くし、信仰対象としての存在を薄くしていった。そして、迫害も信仰も大してなくなった今、君が産まれた」
 少年は、胸に抱えた本を愛しそうに撫でて言った。
「ひょっとしたら、当時としては、もの凄いロマンスだったのかもしれないね。迫害する者と、迫害される者同士のさ。ディオクレシアス大公は愛する彼女を守る為に、隠すようにして傍に置いていたのかもしれない。そして、彼女もそれに応えた。愛する者の為に戦を勝利に導き、その後も、国の為に色々と力を尽くした。そのお陰で、アウグスナータ王も二人の仲を認めざるを得なかった。でも、世の流れからして、その時代には、彼女の名を公式に残す事は許されなかった。だから、彼女が関った事業には、お伽噺みたいな記録だけが残された。多分、彼女は、『キャス』って名前か愛称で呼ばれていて、君にも受け継がれている……ねえ、キャスリーン、もし、そうだとすると、君は二人の愛の結晶が産んだ奇跡に連なる者って事になるよ。それって、凄い事だと思わないかい」
 そう微笑む少年を前にして、少女は頬を僅かに赤らめると、
「ディーノはロマンチストだな」
 そう言って、視線を背けた。
「そうかな」
 と、少年は立ち上がり、膝を払った。
 立って初めて、成長期にありながら、少女より幾分上背があり、しっかりした肉付きの体躯である事が分かる。
「でも、将来の妻で騎士で、公私ともに僕の隣に来るだろう人がそんな血筋だって思うだけで、わくわくするよ。きっと、どんなに澄ました顔をしていても、心の中はとっても情熱的なんだって思えるしさ」
 そして、目の前の少女の身体を腕の中に収めると、その額に軽く唇を落して言った。
「ディーノだってそうだろう。今の話が本当だとすると、ランデルバイア王家にも、幾許かは彼女の血が流れている事になる」
「それは、そうだけれどさ。でも、いつか、君のそんな面が見られる日が来るかと思うと、還俗して誓いを受けるその日が愉しみだよ。未来永劫変わる事のない献身と忠誠を誓います、ってさ」
「ばか」
 と、どこか照れ臭そうな小さな声がそれに答えた。




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