そんな冬の季節だが、別の側面もある。
 それが、先の女王陛下の言葉であったりする。実は、この言葉の後には、もう一言あった。
「温もりが恋しくもなろうよ」
 そして、嘗て、陛下にも言われた事がある。
「戦にその身を捧げるばかりでは、我が国の冬は長過ぎもしよう。多少の気晴らしも必要となる」
 そして、メイドさん達の言う見栄え。
 ここまで来れば、私にだって、皆が何が言いたいのかわかる。わからん方がおかしい。
 口にするのも恐ろしい、ランデルバイアの恋の季節。繁殖時期とも言う。
 産めよ、増やせよ、地に満ちよ。
 ぶっちゃけて言えば、それ以外にする事がなかったりする。
 いや、細々とした仕事はある。雪掻きとか、雪掻きとか、雪掻きとか。偶につらら落しとか、書類整理とか?
 が、これだけ夜が長く、雪に埋もれていると、ろくに仕事も出来ないのが実情。起きていれば、燃料費ばかりがかさむ。
 コスト削減は異世界であっても、重要視されるものだ。現代日本よりもシビアと言っても良い。資源供給に限界があり、備蓄に限りあれば尚のことそうだろう。
 だから、暇が出来れば、せっせとオトコはオンナを口説き、オンナは少しでもよいオトコをゲットして、節約しながら暖い夜を過そうって気になる様だ。
 だから、雪の晴れ間なんかには、足場の悪さもなんのその。大した用もないのに、ラシエマンシィに登城してくる貴族も少なくないと聞く。立場的に出席はしないが、舞踏会や、ちょっとした集まりみたいなもんも頻繁に開かれているらしい。
 男女の出会いの場、ラシエマンシィ。……新宿か六本木辺りに出店していそうだな。
 城中にハートが飛び交い、ピンクの靄が立篭める。
 でも、その分、オトコとオンナの揉め事も増え、所構わずケラトの豆がブン撒かれていたりして、なかなか賑やかだったりする。
 ……まあなあ。普通だったら、それも愉しかろうさ。
 だが、私の場合、悠長に構えてもいられない。私がこどもを産むとなれば、この国の運命を左右する事にもなりかねなかったりするのだから。
 ランデルバイアに限らず、このローグ大陸全土に伝わる、黒い髪と黒い瞳を持つ巫女の伝説。タイロンの大神を主とする聖典にも載るその伝説は、極めて厚い信仰を受け、信じられている。特に民衆から。
 聖なる巫女ともされる黒髪の巫女の産む、黒い髪に黒い瞳を持つこどもは、この大陸全土を治める覇者となって、長きに渡る平和を築いたとされる。
 日本人である私は、この異世界に飛ばされて来たショックか何かで、髪の色こそ白く変色してしまったが、当然、元は髪の色は黒く、目の色も黒い。だから、私の産むこどもが、当然、遺伝子的に黒髪に黒い瞳を持っていても、おかしくはないわけだ。
 だが、民衆の支持は得られたとしても、権力者にとっては邪魔な存在だ。大陸の覇者となれば、当然、王などは排斥される可能性が高い。だから、これまで黒髪、黒い瞳を持つってだけで、密かに葬られた。何処かの国がそれを利用しようとしていると知れば、攻め入っては、その存在も含めて葬ってきた。
 実際、私と共に美香ちゃんという女子高生も飛ばされて来ていたのだが、戦争やら色々あった揚げ句、今は土の下だ。
 彼女を利用しようとしたファーデルシアの国も滅ぼされた。このランデルバイアに。
 本当は私も殺される筈だった。何度も死にかけた。でも、なんの因果か、未だ生きて、このランデルバイアの王城、ラシエマンシィに密かに保護されている。
 そして、ランデルバイア国王アウグスナータ陛下は、私に提案した。
 一生、子をなす事もなくこのまま孤独のままに過すか、或いは、なせる内に出来るだけ多くのこどもを産んで育て、同じ色を持つ存在の絶対数を増やすか。
 別の言い方をすれば、『都合の悪い一般常識に見て見ぬ振りをして、今後も犠牲者を出すままにしておくか、それとも、変える努力するか』。
 どっちでも好きにしろ、と言われた。どちらを選んだとしても、協力はしてくれるそうだ。でも、極端だし、無茶な選択だ。
 これが他国にばれれば、少なからず戦の被害を受ける事になるだろう。
 よって、私はこれから先もずっと、行動範囲に制限を受けることになる。瞳の色がわかる明るいところは行っちゃ駄目な日陰の身だ。それでも幽閉されるよりはましだろう。
 それに、医療未発達のこの世界では、妊娠出産は命懸けであったりするし、高齢出産ならば、尚更。そして、無事、こどもが産まれたとしても、成人まで育つとは限らない。この世界は、それだけシビアだ。
 とは言え、異世界からたった一人の日本人となってしまった私個人としては、やっぱり、このままずっと一人は寂しい。いつまでも異分子のお客様である事を意識しながら、何十年と生きていくのは、想像するだけ辛い。
 どっちにしても、覚悟は必要。
 現在、二十八才の私としては、一人や二人の子の親になれ、というのであれば、はい、と答えられるが、出来るだけ沢山、となると、可能性も含めて躊躇いも出る。
 大体、一人で出来るものではないしな。
 だが、しかし! 信じられない事に、いつでも協力すると言ってくれる奇特な人がいたりするから、驚きだ。しかも、二人も!
 モテモテじゃん、私。日本にいた時には、考えられない状況だわ。……正直言って、もてなかったからな。所謂、可愛げのないオンナってやつだったし。びびるオトコはいても、メロメロになるオトコはいなかった。
 なんとなあく、何かの間違いがあったからか付き合ったのもいたけれど、そう数は多くない。私も、のめりこんだりしなかったし。誰それが好きで好きで仕方がない、なんて事はなかった。ちょっと浮かれたりはしたけれど、周囲が見えなくなる程じゃない。将来への打算と妥協も見越して、ま、普通?
 ところが、どっこい。こっちの世界の普通と日本の普通は、随分と違う。貴族と呼ばれる人種に限る話だが。
 オトコの積極的な事と言ったら、「君らホストか?」、と言いたくもなる。修飾語一杯の口説き文句やボディーランゲージ。そのボキャブラリーの多さときたら、感心するばかりだ。女の方は、銀座のホステスか、ってなくらい。まあ、お高い感じ。冷静に観察している分には、面白くもある。
 でも、我が事となると腰が引ける。……そりゃあ、もぞもぞもするけれどさ。二人とも好いオトコだし。確実にストライクゾーンには入っている。でも、反面、どんな反応したら良いのか分らなかったりもする。そこが、覚悟が出来ているかどうか、ってところの境界だったりするのだろうけれど。
 実は、内、ひとりのランディさんについては、一度、ふっている。
 その時は、まだ、私は先行きがどうなるか分っていなかったから。おそらく、幽閉されるだろうと覚悟していた時期だったので、迫られはしたけれど、応えるわけにはいかなかった。
 ランディさんも、その時に、一旦は納得してくれた。
 ところが、ここに来て、状況の変化に伴い、いつの間にか復活。
 私のメインの護衛を務めながら、自由に外に出れない私に色々と便宜を図ってくれる。気を利かせてくれる。ファーデルシアの養護施設のちびっこ達に送る荷物を整えてくれて送る手配をしてくれたりとか、この季節にどこで手に入れたか、花をプレゼントしてくれたりとか。
 そして、偶に、それとなく誘惑してくる。
 ……実は、一度、キスなんかもしちゃってたりなんかする。チュッ、と軽く、ちょっと余所見をしていた隙に、不意討ちを食らった。
 そのあまりの鮮やかさに、一瞬、何をされたか分らなかったぐらいだ。自覚してから、滅茶苦茶恥ずかしくなって照れたら、「可愛い」を連発された。……日本人は、こういう露骨なのには慣れてないんだよ!
 もう一人はスレイヴさん。
 彼とは、政治的な敵対関係にあった中での出会いだったので、大して何があったというわけではないのだが、良いお友達関係で足踏み状態にすんでいる。特に何をしてくるわけでもない。オフの時に、偶に手とか握られたり、腰を抱かれて、冗談とも本気ともつかない口説き文句を言われるぐらい。というか、それ以上は、周囲に阻止されているだけかもしれないけれど。
 スレイヴさんの周囲はいつも賑やかだ。
 公私の区別はちゃんとつけているのは、流石。実に爽やかな感じで、サバーバンドさんやギャスパーくんと同じように接してくる。他の仲間達にも紹介して貰って、皆で騒いだりもした……ランディさんやウェンゼルさんも同行で。
 何があっても、いつでも私の席は確保してあるよ、と言って貰えているみたいだ。だから、私も笑いながら、安心して傍にいられる。でも、どちらかというと、私の方から動くのを待っている感じだ。誘い受け?
 正直に言えば、二人とも好きだ。比べられない。どきどきもするし、時々、性的欲望も感じたりする。社会的地位やルックス、性格も言う事なし。躊躇う理由など、どこにもない。
 表面上は。
 多分、日本にいた頃ならば、とうに関係をもっていると思う。どちらであっても。
 でも、この世界では……こわい。そう、怖いのだ。一歩を踏み出すのが。
 事は私個人の問題だけではないから。




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