いくら彼等が良いと言っていても、伴侶として選べば、彼等にこれまで以上の負担をかける事になるだろう。立場的にも、精神的にも。
 発覚した場合のリスクもそうだし、プレッシャーもあるに違いない。
 私が、彼等を不幸に引き摺り込む様な気がして怖い。それを強いるだけの価値がこの私にあるのか?
 ……正直、そんな自信はない。
 彼等のことが好きだ。異性としてだけでなく、良き友人であり、仲間である。彼等には幸せになって欲しいと思う。きっと、私よりも彼等を幸せにできる女性はいるだろう、私よりも相応しい……哀しくもあるが、それが事実だろうと思う。
 二人とも、そんな事はない、と私に言ってくれた。それ以上のものがあるから、と。何があっても私と将来、産まれる子を守るし、支えると。
 でも、今が良くても気持ちが変わったら?
 それに、軍人である彼等は、戦で命を落す可能性だってある。その戦が私のせいで起きたものならば?
 もし、そんな事になったら、泣くだけではすまないだろうな、と思う。
 そう考えると、やはり、このままひとりでいた方が良いのかもしれない、と思ったりする。
 結局、私はそこまでの覚悟ができていないのだ。やはり、重すぎる。
 彼等もそれを分かって、無理強いはしてこない。
 望みすぎてはいけないのかもしれない。
 現状で、なにか不足があるわけではない。
 ……いや、足りないのは分っているのだけれど、我慢すべき範囲内なのかもしれないと思う。少なくとも、私ひとりの問題で収まる。
 寂しいことぐらい。相変わらず、不安定な立ち位置であることくらい。なんの為にここにこうしているのか分からないことぐらい、本当は大した問題じゃないのかもしれない……
「随分と悩ましい表情だね。また、何かあったのかい」
 毎日の日課となってしまっている、アストラーダ殿下とのお茶会。
 国中の神殿を統括する大司祭であるその人も、決して暇ではないのだろうけれど、この時間だけは滅多な事では譲らないらしい。私も寒くても、お邪魔している。なんたって、お菓子が美味しいし。
 お菓子は他の王族の方とは別に作られる、殿下特注。贅沢だが、まあ、このくらいは良いだろう。
 殿下の穏やかな微笑みの表情を前に、私は、だらけていた表情筋を引き締め直した。
「いえ、何があったというわけじゃないんですが」
「まだ、結論は出ないのかい」
 ……他人の心が読める高感度センサーでもついているのか。
「……はい」
「仕方がないよね。こればかりは気持ちの問題だし。なるようにしかならないんじゃないのかい」
「そうなんですけれど、どうも落ち着かなくて。周囲でもその手の話も多いですし、廊下を歩いていても、時々、目のやり場に困る事もあります」
「確かにね。柱ごとに誰かが立っていたりするから、あまり良い感じはしないね」
「そうなんですよねえ。偶に、ちょっと、びくっ、となったりします」
「ああ、『白髪の魔女』がいなくなって、君を狙おうなどという不届き者は城中にはもういないと思うけれど。でも、君もあんな事が続いたから、なかなか安心もしていられないか」
「ええ、まあ」
 殺されかける事、三度。
 でも、その首謀者であったコランティーヌ妃は、自らの手で私を殺そうとして、塔の上から落ちて死んだ。公には他国の暗殺者の仕業によるものとされて、今は、このラシエマンシィの地下王墓で、犠牲者として眠っている。
「分っているんですけれど」
 政治謀略かと散々、疑った揚げ句に、恋愛沙汰の誤解が動機だったという点がいささかお粗末であったが、だからこそ救われなかったりもする。
「ディオも、未だ引き摺っているみたいだしね」
「そうなんですか?」
「うん、落ち込むという程ではないけれど、すっきりしない表情だよ」
 アストラーダ殿下の言葉に、私は首を傾げた。
 アストラーダ殿下の実弟にして、元上司の話。……飼い主というのか。
 コランティーヌ妃のたぶん初恋の相手であり、元婚約者。陛下の側室となった後でも、妃が想い続けた相手。ディオクレシアス・ユリウス・イオ・エスクラシオ大公殿下。通称、ディオ殿下。
 そのエスクラシオ殿下と私の関係を妃が勘ぐったり、結婚の噂を真に受けた事が事件の動機であり、発端だった。
「後悔しているんでしょうか」
 後悔などという言葉自体が似合わない人ではあるが。
「さあ、どうだろうね」
 アストラーダ殿下はほくそ笑んだ。
「最近、会っていない?」
「ええ。生活時間が違うみたいで、廊下で擦れ違う事もありませんし」
 エスクラシオ殿下の私室の二間を借りっぱなしで、同じ棟の同じ階に暮しているにも関らず、会う事はない。以前は仕事の関係で執務室に呼び出されたりもしたが、私に関する権限が女王陛下の下に移行してからは、滅多に顔を合わせる事もなくなった。そんなこんなで、あの事件以来、数ヶ月経った今でも、二人きりで話した事はない。
 まあ、とアストラーダ殿下は言った。
「あの子も存外、退屈しているだけなのかもしれないけれど」
「退屈、ですか」
「うん。戦の影響もあまりないみたいだし、軍務関係でなくともこの雪ではなんとも仕様がないしね。使者のひとりを送る事すら大変であったりするし。ねえ、ウェンゼル、君はなにか聞いているかい」
 その呼びかけに、殿下の後ろに控えていたその人から、いいえ、と答えがある。
「南方の砦から報告はあったようですが、大した問題でもなかったようです」
 相変わらずのお庭番振り。姿を見せているにも関らず、殆ど気配を感じさせないっていうのは、一体、どうやるんだ?
 アストラーダ殿下の護衛であり、手足となって動いているだろう騎士の一人であるその人には、私も一方ならぬ恩義がある。戦の最中に護衛をしてもらっただけでなく、ありとあらゆる事で世話をして貰ったし、迷惑をかけた。しかし、そんな事を恩に着せる事もなく、普通に接して貰っている。
 後から聞いたら、小さい甥っ子と姪っ子がいて、私の世話は彼等と接するに似たようなものであったと笑われた。……一桁の年齢の子と同レベルだなんて、なんて情けない、ううっ!
「南方というとファーデルシアですか」
「はい。旧貴族の一部が、少々、駄々をこねた様で。ですが、直ぐに平定されたとの報告だけだった様です」
「ああ、そうなんですか」
 駄々と言いながら、『平定』ね。
 クーデターになる以前に治めたって事か。ま、いいや。養護施設さえ被害を被らなければ、関係ないし。
「そう言えば、ギリアムさんは? 姿が見えませんけれど。神殿の方ですか」
 戦の最中、ひょんな事から私についてきた聖騎士について訊ねれば、
「ああ、彼はひどい風邪をひいて寝込んでいるよ。この寒いのに修業だなんて言って、薄着で神殿に籠ったり、外に出たりしていたから」
 ……馬鹿だ。馬鹿は風邪をひかないってわけでもないらしい。暑苦しいオトコでも、この寒さには勝てなかったって事か。当り前だろうけれど。
「暫く、治りそうにないですね」
「うん。でも、他から移って来たばかりだし、仕方ないよね。ところで、君はもう大丈夫なの?」
「ええ、お陰様で。寒いですけれど、暖くさせて貰っていますし」
「それは何よりだね」
 アストラーダ殿下はにっこりと笑って言った。
「でも、病でなくとも偶には心配かけた方が、誰かが会いに来る口実が出来て良いかもしれないよ」

 ……そんな理由で、冗談じゃねえ。
 でも、本当にどうしてるんだろ?




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