初体験のランデルバイアの雪の季節。
 それは、私だけではなく。

「雪合戦?」
 王子さま達のお話の時間を終えて、部屋へ送ってもらう途中、ギャスパーくんから話があった。
「ああ、雪掻きばっかりじゃ退屈だしさ。とは、言っても、ほかに大してする事もないし、こっちの連中は初めてのことだし、次に雪がやんだ時にでもって話しているんだ」
「ああ、気分転換には良いかも」
「だろ? おまえも来いよ」
「うん、良いけれど」
「それで、ランディとかウェンゼルにも伝えておいてくれないか。俺たちよりもおまえの方が会えるだろ」
「あ、うん。伝えておく。で、場所は? どこでやるの?」
「西っかわの馬場とかどうかって言ってるんだけれどな」
「ああ、あそこだったら広いし、雪も積もっているし、良いんじゃないかな」
「おっし! じゃあ、決まり!」
 そんな風に気軽に約束をし、私はそれをランディさんとウェンゼルさんに伝えた。
 すると、ランディさんは承諾、ウェンゼルさんは務めがあるから遠慮するという返事。その代わりに、グレリオくんが参加することになった。
 確かそういう話だった筈だ。が、
「なんでこんな事になったんですか?」
 半眼になりながら、目の前の光景を眺めてランディさんに問う。……場所が変更になったと聞いた時、すでに嫌な予感はしていたんだ。
 今、私の目の前には、むさくも男ばかりがわらわらといて、忙しく動き回っている。
「いや、ちょっとね」
 ランディさんは苦笑いを浮かべながら、言葉を濁した。と、横からギャスパー君の「わりぃ」、と頭を掻きながらの答えがある。
「王子さまたちに知られちゃってさ。したら、自分たちもやるってきかなくて。ダメだって言ったんだけれどなあ」
 息子たちのぎゃあぎゃあ騒ぐ声は、すぐに母親である女王陛下の耳にも届き、そして、女王陛下は思い付きという名の命を言い出した。
 いっその事、ガーネリアとランデルバイアの対抗戦にしたら如何か、と。
 それから騎士団長であるルスチアーノさんが呼ばれ、とんとん拍子に話は進んだ。
 双方、五十名ずつ参加選手を選び、東西に陣地をかまえ戦う。東側ランデルバイアはグラディスナータ王子、西側ガーネリアはローディリア王子が、それぞれの総大将を務める。どちらかの総大将が雪玉を受けた時点で、勝敗を決する。
 その他にも細々としたルールが決められ、戦いの場も馬場から正面玄関前の広場に移された。
 折しも数日に渡る吹雪がやんで、戦いに必要なだけの雪はたんまりある。が、現在、それでも足りないとばかりに、双方の兵士たちがあちこちから雪を運んできている。
 正午の最初の鐘の音と共に開始予定。それまであと一時間。
 双方のともに戦いに参加する以外の兵士も大勢が駆りだされて、防壁となる雪の壁づくりや雪玉づくりにいそしんでいる。というか、これは、かなり気合いが入りまくっている。双方共に、敗けられない、と主張しまくっている。
 たかが、雪合戦。されど、雪合戦。
 男どもの闘争本能とプライドを刺激しまくったらしい。
 指示を出す声も高らかに、すでに障壁となる壁は勿論のこと、塹壕が掘られ、一メートルほどの高さの壁が、崩れにくいよう念入りに形成されている。
 様子からみて、今日だけの準備ではないだろう。おそらく、数日かけている。……暇だな、君ら。
 で、審判はどうすんの?
「陛下が務められるとおっしゃられてね」、とランディさん。
 うわあ! そこまで暇なのかっ!
 と、そこへスレイヴさんが近付いてきて私に言った。
「やあ、今日は残念だったね」
 事が派手になった為に、目の色のことがバレるといけないから、と私は不参加になった。広場を見渡せるバルコニーのひとつから観戦。それに伴い、必然的に、私の護衛であるランディさんも戦線離脱。そのぶん、グレリオくんが頑張るそうだ。……ちぇっ、ちゃんと冬の軍服、用意しておいたのになあ。
「遊びがずいぶんと本格的になりましたね」、と私が答えると、「まったくね」、と首を竦めて笑った。
「ガーネリアの指揮は、君が執るのか?」
 ランディさんが横から問いかけた。
「ああ。一応、言い出しっぺとしてもね。そちらは?」
「ビルバイア将軍がやる気でおられるな」
 ケツ顎二号かあ。てか、本職の将軍まで担ぎ出される雪合戦ってどんなんよ。
「それは面白い。剛腕の大将が相手とは」
 スレイヴさんは不敵な笑みを浮かべた。
「だが、正直言って、今一つ物足りなくもある」、と私の顔を見て意味深に微笑む。
「そこまでやるからには、勝っただけの何かが欲しいところだ」
「勝者には、陛下より褒美を賜るはずだが」
 むっ、としながらランディさんが言えば、「無論」、と答えがあった。
「陛下からの褒美も魅力的だが、やはり、個人的なところでは女性からのものが勝るよ。特に得難き女性からともなれば格別だね」
 と、にっこりとした笑顔を向けられるが早く、ダンスをするような恰好で、手を取られて腰に手が回された。
「勝利したあかつきには、是非、その唇を思し召し頂けましょうか」
 ぱし、と軽い音をさせて、ランディさんがスレイヴさんの手を跳ね除けて私から引き離した。
「油断も隙もないな、君は」
 むっ、とした怒りの前に、スレイヴさんはくすくす笑いながら両手を胸の前にあげた。
「他人のものとなれば、甘美さも増すというものだよ。余計に手を出したくもなる」
「悪趣味だな」
 それには同感。長生きできないぞ?
「君のようにいつも一緒にいられるわけではないしね。まあ、ここに死神が出てくるのであれば、話は別なのだろうが」
「なんの、殿下のお手を煩わすまでもない」
「おや、言うね」
「どちらが」
 なに、この不穏な空気。おいおい、そんなに熱くなるなよ。たかが、雪合戦に。
「不敗のランデルバイアを相手にどこまでやれるかお手並み拝見といこう」
 と、目付きを悪くしたランディさんが言えば、
「望むところだ。死神がいないところでどれほどのものか見せて貰おう」
 と、スレイヴさんも口元だけの笑みで答える。
 これを気迫というのか。いや、なんか、どうでも良いことにムキになってないか?
「そういうことでキャス、悪いが、暫し、護衛はグレリオに交代させてもらうよ」
 はい?
「ランディさんも出るんですか?」
「ここまで言われては、引き下がれないからね」
 ほう、とスレイヴさんから声がある。
「では、正々堂々と勝負といこうじゃないか」
「よかろう」
 剣呑だ。でも……なんだか、君ら、顔つきとは違って楽しそうだな。




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