ランディさんと交代したグレリオくんが迎えに来て、私は観覧席になる三階西側よりの小さなバルコニーに移動した。人の判別は難しいが、見晴らしもよく、戦況が一望できる場所だ。
 そこにケリーさんも来ていた。
「やあ、なかなか派手な試合のようだね。NBAのスタジアムを思いだすよ」
 選手紹介もないけれどな。
 ただ、やる気は同じぐらいあるか。見下す参加者たちは、それぞれ柔軟体操をしたり、肩をまわしたりして、身体を暖めることに余念がない。
「それだけ暇なんですよ、みんな。こっちは球技らしいものもないですし」
「ゴム製品が難しいぶん、ボールを作る技術もまだなんだろうな。野球ぐらいならなんとかなりそうだが」
「ああ、出来そう。でも、ここの人達が野球やっている姿ってのも、なかなかシュールそうですね」
「ハハ、まったくだね。それよりはアイスホッケーの方がらしいか」
「そうですね。でも、もし、あったとしたら、激しそうですよね」
 のんびりと会話する横で、グレリオくんが盛大にはてなマークを飛ばしていた。ああ、ごめん、分からないよな。
「グレリオくんには悪い事をしたね。参加したかったでしょ」
 一応、そんな風に話を振ってみた。すると、ええ、と頷きながら、
「でも、こういう機会は滅多にないですから。こうして見ているだけでも色々と参考になりますし」
 との答え。
「参考?」
 雪合戦の仕方の?
「ええ。小規模ですが、模擬戦闘訓練みたいなものですから」
 うわ!
「そうなのかい?」
 ケリーさんも意外そうにグレリオくんを見た。
「ええ、王子さま方のお勉強もかねて。使うのは雪玉ですが、双方ともに本格的な布陣をしいていますよ。しかも、相手が、あのグスカで散々てこずらされた者達が中心ですからね。皆、興味津々ですよ」
 うわあ、なんだよ、その殺伐とした話は。
「ひょっとして、将軍が出てきたってのもその理由で?」
「ええ。ビルバイア将軍も、これまで、煮え湯を飲まされ続けてきましたからね。話を聞きつけ、是非、と自ら名乗りをあげられたそうですよ」
 グレリオくんは、にっこりと笑って答えた。……江戸の仇を長崎で討つ、かよ。
「また、それは、荒事にならないと良いがね」
 同じことを考えたか、ケリーさんも眉を顰めると、「念の為、診察鞄を持ってくるよ」、とそそくさと席を外した。
「ディ……殿下は出ないの?」
「観戦なさるそうです。ロウジエ伯の戦法をご覧になりたいのでしょう」
「あ、そう」
 半ば呆れながら、私は斜め下に視線を移した。
 広場中央正面になる広いバルコニーには、風よけの衝立も置かれた、大層立派な観覧席が設けられていた。侍従などもいて、お茶の用意もされているみたいだ。なかなか優雅。
 既に女王陛下が席につかれて隣にいるクラウス殿下と笑いながら談笑している。護衛の為だろう、ウェンゼルさんもいる……クラウス殿下、やっぱり観戦に来たんだな。片方の席は空いている所を見ると、陛下はまだらしい。
「殿下はいないね」
「多分、陛下と御一緒に来られるのだと思います。ガルバイシア卿もおられませんし」
 ああ、そうか。
 試合会場となる広場を取り囲むようにして、話を聞きつけた貴族やら見物人も大勢、集まってきていた。なんだか祭りのようになっている。どうやら、どちらが勝つか賭けみたいなものの行われている様だ。
「ガーネリアの若造ども、かかって来るが良い! このビルバイアの剛腕により吹き飛ばしてくれるわ!」
 ケツ顎二号、ビルバイア将軍が威嚇の声を張り上げた。ランデルバイア側の兵士たちから、気勢の声も響き渡った。
 ひゃあ! うるさっ! 三階にいて耳を塞いでも、びくびくしてしまう。
「あとで吠え面かくな、ランデルバイア! ガーネリアの気概と誇りをとくとその身で味わうが良い!」
 将軍には及ばないもののスレイヴさんが負けじと声を張り上げ、オー!、と腕を振り上げるガーネリア軍の勇ましい声が呼応した。
 それぞれ、一頻り鬨の声を張り上げ、テンションは無駄に上がりっぱなしだ。あまりの暑苦しさに雪が溶けそう。
 ケリーさんが鞄を抱えて戻ってきて直ぐ、陛下がディオを伴って御登場。アストリアスさんもいる。
 一瞬にして静けさが戻り、座っていた者は立ち上がり、その場にいる者は一斉に頭を垂れる。
 私も上段からになるが、一応、きちんとそれに倣った。
「グラディスナータ、ローディリア」
 バルコニーの一番近い下に連れて来られた王子さま方を見下しながら、陛下が声をかける。
「ふたりとも王家の名に恥じぬ戦いをするが良い。一時は敵同士となるが、戦い終れば、また良き兄弟に戻る為にも」
「はい、ちちうえ」
 行儀良く揃って答える声は、稚くも愛らしい。……君らも大変だなあ、大人の都合で遊ぶのにも大ごとだ。単に雪玉投げて、走り回りたかっただけだろうになあ。不憫だ。
 王子さま二人はそれぞれにビルバイア将軍とスレイヴさんに連れられて、東西の陣へと向かった。
 王子さま方が陣に入って、中央奥に設えた椅子に腰かける。そして、待つ事暫し。
 高まる緊張感の中、正午の鐘の音が鳴り響いた。
 戦闘開始だ。




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