「歩兵部隊前ヘッ!」
「一班から五班は、前へ進めッ!」
 ざっ、と素人眼で見た感じ、ランデルバイア軍は横に長く人を配置する『鶴翼の陣』っぽく、ガーネリア軍は、数人のグループが等間隔に配置される『魚鱗の陣』もどきな感じだ。
 鐘の音と同時に一斉に雪玉が飛び交うが、相手の出方をみる感じを受ける。
 互いに実行部隊と後方支援に分けているらしい。陣の後方では、せっせと雪玉を作っている人達がいる。そして、出来た雪玉を抱え、前方へと供給する役の人もいる。
 その点、ランデルバイアの方はきっちりと役割分担がなされている様だ。が、ガーネリア側は、ローテーション制らしく、玉がなくなれば後方と入れ替わる様にしているから、動きが活発に見える。
 そして、雪玉が当った時点で戦線離脱になるわけだが、両陣営とはまた別に審判団も存在する。
 雪玉が当てられた時点でバルコニー下から少年兵らしき子が走っていって、当った者に小さな旗を渡す。旗を渡された人はそれを持って、戦いの場を去ることになる。だから、その途中に当てても、当てられても、無効というわけだ。
 ともあれ、大のおとなが雪を蹴散らかし、わあわあ言いながら真剣な表情で雪玉を投げ合っている。
「八班、六班の支援に迎えっ!」
「右翼、左翼、共に前進!」
 一進一退の攻防。だが、ガーネリア側の方が僅かに劣勢か?
 投げ合う雪玉の数も増えた。周囲の観戦者からも応援の声があがって、戦いは次第にヒートアップしてきている。
「なんだか段々、サッカーの試合を見ている気分になってきました」
 この位置的にも。ケリーさんもそれに頷く。
「ああ、私はサッカーにはあまり馴染みがないが、国の威信をかけてという点ではそうかもしれないね」
 と、背後の戸が開く音がした。
「邪魔をする」
 振り返れば、ディオが入ってきた。グレリオくんが慌てた様子で礼を取った。
「どうしたんですか? 下で見てたんじゃないんですか?」
 そう訊ねると、「ここからの方がガーネリアの動きが分かる」、と返事があった。
「やっぱり、スレイヴさんが気になりますか」
「まあな。それに、すこし腑に落ちないところもある」
「腑に落ちない?」
「ここまでは定石通りではあるのだが……ああ、やはりな」
 興味深そうな響きが声に含まれていた。
「何が、やはり、なんですか?」
「見ていれば分かる」
 言われて、視線を下方へ戻す。
 ランデルバイア軍が前進をして、広場中央を超えてガーネリア陣地へ張り出してきた。それに従い、ガーネリア軍は、じりじりと後退。
「一気に叩き潰せッ!」
 ビルバイア将軍の声が響き渡った。それに伴い、侵攻速度が早まった。すると、
「あ!」
 前進するランデルバイア軍、の最前列の人がいきなり姿を消した。いや、胸まで雪に埋もれていた。落とし穴か! うわあ、雪合戦のくせしてえげつなっ!
 短い叫び声と共に、複数の人間が、ずぼっ、ずぼっ、と音を立てて面白いように嵌まり込んだ。そこを狙い撃ちにされる。
 突然のことに、ランデルバイア軍に動揺が走ったのが分かった。退却、の声が多く聞こえる。
「反撃開始ッ!」
 スレイヴさんの声を合図に、手前に掘られた塹壕に隠れていたのだろう何人かが飛びだしてきた。そして、私達の正面、ランデルバイア軍からすれば側面に集中しての波状攻撃が開始される。
 先頭に立っているのは、多分、ギャスパーくんだ。飛んでくる雪玉を躱し、予め用意してあったのだろう雪玉を拾いつつ、切り込み隊長よろしく陣形を崩したランデルバイア軍に突撃していく。
 ここで一気に動きが激しくなった。
 審判の旗を持つ子たちも追い付かない様子だ。ああ、間違って塹壕に落ちてるし。雪玉ぶつけられてるし、かわいそ。

 ぬぉおおおおおおおおっ!

 癇癪を起こしたらしいケツ顎二号の唸り声と共に、豪速球が投げられた。
 投げられた雪玉は、障壁の雪壁を突き破って、背後に隠れていたガーネリア兵の一人に当った。すげえ!
 ケリーさんが、手を叩かんばかりの笑い声をたてた。
 将軍の連続しての投球がつづき、これには、ガーネリア側もすこし慌てたようだ。
 しかし、将軍も年には勝てなかったらしい。暫くしたら、息も荒くして手も止まった。その間に、ガーネリアも態勢を整え直したが、障壁のあちこちに穴が空き、崩れをみせていた。
「これに気付いてたんですか?」
 私は渋い表情で戦況を眺めているディオに訊ねた。
 すると、まあな、との答え。
「人が入れ替わっていた為に、わかりづらくはあったが、若干、人数が足りないと感じていた。あの男のこれまでの戦い振りからいって、一筋縄ではいかないと予想していたしな」
 ああ、そう言えば、スレイヴさんはゲリラ戦が得意だったっけ。
「囮役がうまかった事もある。知らず内に相手陣地に引き込まれた形だ。それによってランデルバイア側の陣形も崩され、補給線が伸ばされた。ああ、ガーネリアは指揮系統がふたつある様なものなのか。ロウジエ伯の副官らが仲介になって、適確に不足を補っている様だな。その為、前衛と後衛の連携がうまくとれているか」
 確かにサバーバンドさんとギャスパーくんが先ほどから入れ替わりながら、前方の方で声をあげていた。
「ああ、子供の頃からずっと一緒にいるから、気心が知れているんでしょうね」
「そうなのか。目立たないが良い仕事をしている。ランデルバイア側はその分、苦境に立たされているな」
「一気に形勢逆転っぽいですね」
 ひと目で黒の兵士の数が減ったのが分かった。そこを畳みかけるように、今度はガーネリアが一塊になって中央を越えている。
「そうだな。これを立て直すのは難しいだろう。直ぐに対応できれば良かったが、補給線の伸びと共に前線までの指示が伝わるのが僅かに遅れた。そして、先ほどの奇襲の隙に、辛うじて繋がっていた部分も完全に断たれた。流石によく見ている」
「じゃあ、前線は孤立ですか」
「そうなるな」
 確かに、一部ランデルバイア兵がガーネリア軍のど真ん中に取り残されて、蛸殴り状態で雪玉を受けていた。
 その様子に、歓声の中にブーイングも交じるようになった。




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