と、「キャス!」、と下から私を呼ぶ声が聞こえた。見れば、スレイヴさんが私に向かって手を大きく振っていた。 目が合えば、両手を使っての派手な投げキッスがある。
「約束を忘れないで! 期待しているよ!」
 あ、戻ってきたサバーバンドさんに小突かれた。ガーネリア軍から笑い声が立った。……余裕だな。いや、これは、多分、挑発だろう。ディオに対して。
 隣を見ると、ほんの僅かだが、むっ、とした表情が浮かんでいた。
「……約束とはなんだ」
 あー……
「約束をした覚えはないんですが、多分、キスの事じゃないですかね。勝ったら、とか言っていましたし」
「不愉快だな」
「すみません」
 でも、承知したわけじゃないぞ。
 ふん、と鼻がひとつ鳴らされた。
「癪に障る。が、仕方あるまい」
 低くそういうと、くるり、と踵を返した。
「どちらへ?」
「勝ちに行ってくる」
 そう言って、バルコニーを出ていった。
 あぁーあ!
「愛されているね」
 からかい口調でケリーさんが言った。
「殿下はキャスを大事にされていますから」
 グレリオくんも真面目くさって言う。
 いやあ。
「それだけじゃないと思いますよ。ああ見えて負けず嫌いですし、本当は参加したかったんじゃないですか? 立場上、我慢していたんだと思います」
 グラディスナータ王子の方が年上という事もあって、ハンデのつもりもあったのだろう。でも、本当はスレイヴさんとガチでやりあってみたかったんだと思う。多分、スレイヴさんもそうだったのだろう。だから、あんな挑発をしたのだと思う。
「よく分かっているのだね」
「まあ、たぶん、ですが」
 ディオが出てきた。わっ、とランデルバイア軍から声があがる。将軍と選手交代。観客からも拍手と声援がおくられる。ほんと、サッカーの試合みたい。
「中央、二列め右へ移行。一列め後退! 左三列め中央後方へ移動、一列めと二列めは中央に寄せつつ準じ後退!」
 低くも通りの良い矢継ぎ早の指示に、一斉に黒い兵たちが動いた。
「三班、七班、中央へ移動。一班、二班は左翼を攻撃。五班、六班は敵攻撃を回避しつつ、他班を援護!」
 臙脂の兵たちも敗けじと、動きを早める。
 戦いは少なくなった人数をカバーしつつ、一旦、陣形を整えようとするディオと、勢いに乗り、押し込もうとするスレイヴさんの戦いに変わった。
 「うおお!」、だの、「どわあ!」、だの、「とりゃあ!」、だのの野太い声も鬱陶しい、肉弾戦と変わらない様相を呈しはじめている。
 ディオが自ら雪玉を投げた。
 おお、ナイスコントロール!
 ガーネリアの兵のひとりに当る。
「よし」、とグレリオくんの呟く声が聞こえた。見物人も思わず熱くなっているらしい。
 続けて、二球目。
 これも当り!
「彼は野球の才能もあるようだね」
 ケリーさんが言った。
 三球目は……外れ! ああ、ギャスパーくんを狙ったか。
「死神を潰せッ!」
 怒鳴り声があった。
「殿下をお守りしろッ!」
 凄いな。でも、雪合戦なんだよなあ。
 平和と言えば、平和なのか。
「なんか楽しそ」
 あまりはっきりとディオの表情は見えないけれど、愉しそうにしている雰囲気を感じた。
 唐突な一声が響き渡った。
「ロウジエ伯に集中攻撃! 放りだせッ!」
「スレイヴ!」
 いつの間にか別動隊を作っていたらしく、がら空きだったガーネリア陣地内に数人のランデルバイア兵が回り込んでいた。あれは、ランディさんか?
 後方で油断していたらしいスレイヴさんに向かって、雪玉の集中砲火があがる。
「ラル!」
 ああ、スレイヴさんを庇ってサバーバンドさん退場。でも、三人ほどランデルバイア兵を道連れにしたのは流石。その間に、スレイヴさんは辛うじて免れもした。ランディさんが悔しそうだ。
 だが、奇襲に気を取られた前衛にも攻撃が仕掛けられ、ガーネリアの痛手となり、ランデルバイア軍は息を吹き返した様子。
「畜生!」、と一際大きなギャスパーくんの罵り声が届いた。
 あ、当っちゃった? 旗を持って退場。
 良いところまで押し込んでおきながら、次第に不利になっていくガーネリア軍。でも、大きく瓦解には至らないみたいだ。……ううん、流石、なのか? ええと、両方とも。
 しかし、スレイヴさん、さっきから逃げまくってるなあ。ディオも容赦ないな。でも、それでも、一方的な攻手を許さないスレイヴさんも流石なのか。司令塔を潰す意味で戦法としては正しいんだろうけれど……あれ? なにか違わないか?
 あああああ、とグレリオくんも呻きっぱなしだ。
「惜しい!」
 でも、うん、やっぱり愉しそうだ。
 考えてみれば、ディオにとってのスレイヴさんは、同年代で初めて対等に渡り合える存在なのかもしれないな、とふ、と思った。  ライバルとでも言うのか。そういや、『好敵手』と書いて『とも』と呼ぶ、なんて言葉もあったなあ。
 表面上はそんなことをおくびにも出さないけれど、案外、二人ともその辺のことに気付きながらやっていたりするのかもしれない。
 その点で、私は良い口実にされたか。
 ま、男どもの考えていることはよく分からないしな。でも、そういう存在がいる事は良い事なんだろう、多分。
 気がつけば、互いの兵の数がかなり減っていた。戦いも終盤らしい。どっちが勝ってもおかしくない様だが……
 皆が見守る中、突然、こどもの泣き声が響いた。




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