『雪合戦』
「あにうぇええええええっ!」
これはローディリア王子の声か?
「ローディッ!」
声を聞きつけたのだろう、大人たちの間を掻い潜って、グラディスナータ王子が転がるように走って出てきた。
皆、ぴたり、とその場で動きを止めた。
「あにうえぇぇぇぇっ!」
うわあん、と泣き声をあげてローディリア王子も飛びだしてきた。グラディスナータ王子を認めると、雪に足を取られながら、それでも真直ぐ兄の方へと向かっていく。
「ローディ! どうしたんだっ!」
転んだ弟王子に慌てて兄王子が駆け寄った。
「あにうえぇっ! あにぃぅうえぇえっ!」
うわあああああああん!!
広場の真ん中でローディリア王子は大声で呼びながら、ひし、と兄にしがみつき、えぐえぐと泣き声をあげた。グラディスナータ王子は優しく抱いて、背中をさすっている。幼い兄弟が互いに思いあう、なんとも微笑ましい光景だ。だが、周囲の大人たちはなんとも気まずい様子。
「ああ、寂しくなったのかな? それとも怖くなったか。子供には少し長かったんだろうね」
ケリーさんが苦笑しながら言った。
「ああ、そうかもしれませんね。座っているだけだから寒いし、見知らぬ騎士も多くいたでしょうし」
みんな怒鳴り声をあげてたしな。ほうっておかれて、辛抱するにも切れたのだろう。
「どうやらここまでの様だね」
「そうですね」
可哀想ながら、笑ってしまう。
グレリオくんが、ふう、とどこか残念そうに溜息を吐いた。
泣く王子たちにギャスパーくんや他の騎士たちが近付き、あやしながら二人揃ってバルコニーの方へ連れていった。
下に降りた女王陛下が息子達を出迎えていた。
思わぬ幕切れ。
立ち上がった陛下が、終了の声をあげた。
「双方、引き分けとする」
溜息とも苦笑いともつかない声が流れ、まばらな拍手がおこった。
「両者共に健闘した褒美として、それぞれに酒樽をとらせよう。遺恨残さず、この後は愉しむが良い」
それには、わっ、と声があがった。
単純明快。
見れば、互いに近付き握手をするディオとスレイヴさんがいた。二人に近付くランディさんの姿も見付けた。
「怪我人もなく良かったよ」
ケリーさんが言った。
「そうですね」
戦いと言われるものがいつもこんな風だと良いのにな。
「おおい、キャスう!」
ギャスパーくんが両手を大きくこっちに向かって振っていた。私も手を振り返す。
「降りて来いよ! 先生も!」
いいのか?
外だし、眼の色の事を知らない人がいっぱいいるぞ? 大丈夫なのか?
首を傾げてディオを見ると、微かに頷いたのが分かった。
「折角だし、行こうか。王子さま方の様子も見た方が良いだろうし、怪我した者もいるかもしれないしね」
ケリーさんの促しに、私は頷いた。
引き分けに終った、ランデルバイア対ガーネリアの雪合戦初戦。
ランディさんは、途中、スレイヴさんを取り逃がした事に悔しがっていたが、サバーバンドさんを仕留めた事で多少の溜飲は下げたようだ。でも、サバーバンドさんのにこにこしながらの愚痴とも文句ともつかない言葉が続いたのには、ちょっと閉口したみたいだ。
他のみんなも文句を言ったり、笑ったり。妙に晴れ晴れとした顔をしていた。
この雪合戦は、ガーネリア公国として独立した後も、両国の同盟の証として毎年の冬の恒例行事として長く定着する事になった。
結果は兎も角、その度に多くの酔っ払いと二日酔いを出すのは困りものだ、と言われながら。
そして。
スレイヴさんへのキスはお預けという事になったが、ディオが眼を光らせていたせいもあるだろう。
嫉妬というほどのものでもないが、おそらくは、
「これからも遊び相手になってあげて下さい」
と、そうスレイヴさん達に言った事が気に入らなかったのだろうディオに、私はすぐに強制的に部屋へと連れ戻された。
その日の夜は、ちょっとだけ、いつもよりもきつかった。
それでも、女には分からない男の友情みたいなもんが、彼等の間に出来上がったようだ。
それから時々、スレイヴさんが私的にディオの部屋を訪れるようになった。時にはサバーバンドさんも伴ってボードゲームや陣地取りのゲームに興じたり、話をしながらお酒を酌み交わす姿も珍しくはなくなった。……実は、私の方が邪魔している気分になる事も少なくない。
それとは別に、後日、ほとんど雪合戦に関係しなかった王子さま達と私は、ギャスパーくんの誘いで改めて雪合戦をしたり、雪だるまを作って遊んだ。
好きなだけ雪の中を駆け回って、転げ回った王子たちには、やはり、滅多になくこちらの方が愉しかったようだ。
この日の遊んだ記憶は彼等の中に長く留められ、大人になった後も懐かしく語られた。
その年、多くの者が集った最初の季節は、ラシエマンシィの冬の中でも特別のものとなった。
幸福で幸運な冬。
私だけでなく、誰の上にも。
END