「ギャスパー・フロム・ロイド、参上!! いざ尋常に勝負っ!!」
 大仰な名乗り上げをしながら、飛び込むようにアストリアスとの間に割り込んできた者がいた。
 また、面倒なのが出てきた。スレイヴの二人目の副官とも言える男だ。
 年は二十三歳だったか、とまだ若いが、滅多になく身体能力の優れた者と記憶している。スレイヴの傭兵術では攻撃の要となる存在だ。
 こうして対峙するのは初めてだが、左右に振っての早い突きは、流石だろう。だが、こちらも、そう簡単に仕留められるわけにはいかない。剣ですかさず尖端近くを叩き落とす。が、地面に着くよりも前に捻りを加えながら引かれる。
 剣をもっていかれる!
 上体を逸らしながら、動きに逆らうことなく堪える。腕が振り上がったところで、喉元を狙った突き。
 冗談じゃない。横に薙ぎ払う。しかし、それだけでは、相手の態勢を崩すことは出来なかった。
 あろうことか、その反動を利用して、槍を手にしたまま全身で飛びながら回転し、横薙ぎの攻めがあった。
 なんだ、その使い方は! 飛び上がって避けるには高く、くぐるには低い。敢えて、地面に転がることで回避した。全身が、土埃に塗れる。だが、払っている間もない。転がりながら素早く剣を取り直し、起き上がる。咄嗟に引っ込めた頭の上で、ぶうん、と音をさせながら槍が行き過ぎた。
 殺す気か!?
 しかし、それにしても、長物を振り回すには充分な高さはないだろう空間で、自在の扱いをみせている。
「せいっ!!」
 掛け声と共に、今度は槍を支柱にしての蹴りが飛んできた。信じられん!!
 掌などまったく感じられない、縦横無尽に繰り出される攻めを避け続ける。形振りなどかまっていられない。予想していた以上に強い。しかも、形もなにもあったものではない。厄介だ。
 まずい。形成はまったくもって不利。息もあがりかけている。なんとかしなければ。素早く周囲の状況を確認する。……アストリアス、随分と愉しそうだな!? 疲労した様子はみられないが、攻撃に加わる様子はない。ガーネリアの若者に譲ったらしい。
 柱だ。素早く裏に回り込んだ。槍が氷の縁を削る音がした。掛けてあったカンテラに手を伸ばして取ると、柱の影から出ると同時に相手めがけて投げつけた。
 うわっ!
 驚く声があがり、その隙に懐深くに飛び込む。槍の柄をつかんで固定し、剣の柄を相手の首の後ろに叩き込もうとしたその時、斬り込んでくる者の姿が目に入った。
「ラル!!」
 仕損じた。舌打ちも出る。同時に、間一髪で剣を受け止めた。
「失礼」
 糸のような細い目をした顔が、目の前にあった。次から次へと……突き飛ばすようにして身を離し、間合いを取る。
「ラル! 邪魔すんなよっ!! 俺の相手だぜっ!!」
 誰がおまえの相手だ。いや、そもそも私はランディの相手をしていたつもりだが、どこへ行った?
「やられそうになっていて、何を言っているの」
「ちょっと、油断しただけだっ!!」
「ちょっと? 殴り倒されそうだったのが、ちょっと?」
「うるさい、うるさい!!」
 こどもの癇癪か? 振り回した槍の先が天井に突き刺さった。
「うわ、やべ」
「後で、教わって、自分で直すこと」
「ちぇっ、わかったよ」
 暫しの小休止。この間に息を整える。
 しかし、スレイヴはなにをやっているんだ? 自分の部下ぐらい、しっかり綱に繋いでおけ!!
 隙なく相対しながら、余裕綽々に会話を続けるこの男、ラル・イルバ・サバーバンド。スレイヴの副官。
 数度、言葉を交わしたことがあるが、どうにも得体のしれないところがある男だ。ここは、一旦、様子を見よう。
「いや、流石、流石。感服いたしました。ギャスパーをここまで追い詰められる方は、そうはいませんよ」
 向き直っての謳うような言い方に、人を食ったような印象を受ける。
「……護衛役を任されたのではなかったのか」
 カスミは?
「中継ぎを頼まれただけですので。正規の交代の者が来ましたので、きちんと引き継いで参りましたよ。ご心配なく」
「そうか。手間をかけさせた」
「どういたしまして」
 胡散臭い。
「まあ、折角の機会ですから、少々、お手合わせをお願い致します」
 どこが、『折角の機会』なんだ。
 だが、問う間も、答える間もなかった。地面を蹴る音と同時に、鋼が肩先に向かって伸びてくるのが見えた。
 早い! 首を傾けるのが精一杯の早さ。髪の先に切先が触れる感触があった。
 にっ、と笑う顔があった。
 なるほど、タイプとしてはランディに似ている。しかし、手前で急に剣先が伸びた感がある。ああ、腕が長いのか。それにしても、妙な感じがしたが。
 滲む汗を拭う。早めに決着をつけた方がよいだろうが、焦りは禁物だ。
 一歩踏み込み、突きを誘うように仕掛ける。来た!
 ……まただ。一瞬、ひやり、とした。剣先が予期していたよりも、僅かに長く伸びる。咄嗟に後退して事無きを得たが、見誤れば簡単に取られる。
「では、こちらも」
 剣の合わさる音が、他の者の時よりも身に近く聞こえる。若干、私の方が遅いということか。しかも、この剣筋、読みきれない。自己流が入っているな。やりにくい。そう言えば、先ほどのギャスパーと同じく、市井に育った者だったか。空振りした!?
 おかしい。どうしても、タイミングが合わない。一体、どんな仕掛けだ?
 一見、誰とも違っている様子はない。剣も同じ。訓練用に使うものだ。繰返す遣取りの間に観察する。剣自体はさして重いわけではない。簡単に跳ねのけられる。……ああ、成る程。
 一瞬、垣間見えた手元。
 この男、握る位置を変えているのか。だから、時々、伸縮が違ってくるか。随分と器用な真似をする。加減を間違えれば、剣を取り落としもしように。
 しかし、だとすれば、ここは間合いを狭める。剣の届く範囲以内に。危険も大きいが、距離感が関係ないほどに近ければ、小細工も関係ない。
 大きく一歩を踏み込んだ。すると、
「おっと!」
 寄せたその前から……逃げられた。後ろを向いて、あっという間にその場から走り去った。なんだと!?
「あとは、お任せします!」
 誰に言ったものか。声が笑っていた。端から、真面目に立ち合うつもりがなかったことが窺い知れる。
 つまり、計画的に仕組まれていたということだ。
 後を追うにも、行く手を塞ぐ者が、また一人。
「御免! 畏れ多くも、一手、ご指南つかまつりたく!」
 返事するより前に、剣が打ち付けられた。……段々、腹が立ってきた。
 ギリアム・ルイード・オリレウス。聖騎士まで出てくるとは、一体、どういう了見か。誰が仕組んだっ!? ランディかアストリアスか。カリエスだとすると、意外すぎる……スレイヴではあるまい。
 ひどい嫌がらせだ。間違いなく、完全に、絶対に嫌がらせだろう。まったく、どいつもこいつも! カスミの機嫌を損ねただけで、こうまでされなければいけないとは!?
 腹立ち紛れに、手加減抜きで応じる。鋼の鳴る音も、一段と低くなった。
 この男の剣筋は、一度、目にして知っている。守るに固く、攻めに緩い。そもそも、勝ちを目的とする剣ではない。故に、安定感がある。力任せに叩き付けるようにしたところで、揺るがない。そして、おそらく、持久力も人一倍あるだろう。さて、これをどうやって崩すか。いや、それよりも、どうしてこのタイミングでこの男が出てきたか、だ。
 大上段から振り下ろされる剣を、何度か受ける。堪える力なければ、一撃で倒されもするだろう。良い剣だ。しかし。
 押し返さず、ふいに、そのまま流した。案の定、急に変化した手応えに体勢が崩れる。そこに足払いをかけた。
「ぐわっ!」
 ギリアムの転倒を見ることなく、すかさず、振り返る。きん、と剣が高い音を響かせた。
「やはりな」
「ばれましたか。気配を?」
 悪びれた様子もなく、ウェンゼルが苦笑いした。
 二度、三度と軽く剣を交わす。
「いや、寸前まで気付かなかった。しかし、聖騎士が出てきたところで、有り得ると思った」
「読まれましたか。私ひとりでは、殿下のお相手するには不足と思われましたので」
 確かに、こうして打ち合う剣ではないだろう。腕が悪いわけではなく、その必要がないからだ。普段は、二番目の兄の護衛を主な務めとし、気配を殺した上で一撃で仕留めるのが、この男の本分だ。
 腹立ちが消えたわけではないが、話を聞く為に、型通りの打ち合いを続ける。
「おまえまで出てくるとは思わなかった」
「ええ、でも、猊下にお願いされまして」
「兄上に?」
「はい。策だけ与えて、知らぬ存ぜぬも皆に悪いだろうと仰せられて」
 一瞬、言葉をなくした。
 首謀者は兄上だったかっ!! まったく、あの兄はっ!! 時々、悪ふざけのように、他人を引っかき回す癖はなんとかならないのかっ!!
 言われてみれば納得もするが、思わず、舌打ちがでた。
「出来れば一本取るよう言われてきたのですが、無理なようなので、ここで退散させていただきます」
 すい、と剣が引かれた。私も深追いはすまい。腹立ちはあるが、ウェンゼルに向けるべきものではない。
「次っ!!」
「お願いしますっ!!」
 半ば自棄になって呼ぶ声に出てきたのは、グレリオだった。おまえもか……わかってはいたが。
 たあっ、と気合いの声は充分。打込む剣を一旦、受け、流す。悪くはない。真直ぐな性格をそのまま映したかのような剣だ。しかし、残念なことに、ここまで相手をしてきた者たちが曲者揃いだけあって、少々、物足りなくある。だが、若いだけあって、これからだろう。
  元より剣の腕を磨くよりも先に、馬の扱いを優先してきた者だ。剣に力を入れることで、まだまだ強くなれる素質がある。素直な性格が、受ける経験からの吸収を早くするに違いない。現に、以前に比べて上達が感じられる。
 それにしても、流石に疲労を感じはじめている。戦場の比ではないが、身体のキレが悪くなっている自覚がある。腕が重い。生存本能が先行する状態とは訳がちがう。高揚感がないわけではないが、嫌がらせかと思うと苛つく。集中力がもたない。性質の違う者たちと休みなく剣を交えることで、神経がすり減りもした。加えて、なにより空腹だ。
「あと、誰がいる。カリエスか」
 軽く捌きながら、問う。
「カリエスはキャスの護衛についていますので、いません。私で最後です」
 荒くなりかけの息を呑み込んでの答えがあった。
「そうか」
 では、これで終りにしよう。眼差しからやる気が失せていない内に悪いが。
「あっ!」
 剣先で絡めとるようにして、グレリオの剣を弾き飛ばした。グレリオの手から抜け出た剣は高く跳ねて、離れた地面に転がった。
 やれやれ、やっと終ったか。
 腹の底からの溜め息が出た。
 が、脱力したその瞬間に、躍り出てきた者がいた。
 はっ、と気がついた時にはすでに遅く、構えかけた剣の柄が手から滑り抜けていく感触だけが残った。
 私の握っていた剣は、軽い音をたてて天井にぶら下がった。
「油断大敵ですよ、殿下」
「……ランディ、貴様、」
 これを狙っていたのか。
「忌忌しい!」
 思わず吐き捨てれば、ランディは突き刺さる剣を抜いて言った。
「私には、今の貴方が腹立たしくてならない」
 剣を返す顔を見れば、怒っている風にはみえなかった。いや、堪えているのか。表情らしいものはない。
「貴方は大事なものを手にしながら、放りっぱなしにされている。やっと、幸せそうな笑顔を浮かべられるまでになったというのに、それを曇らせたままにしておられる。貴方にしか晴らすことができないというのに。私がそうしたくとも出来ないというのに」
 カスミのことか。
「……仕方あるまい」
 完全に避けられているのだから。強引にすれば、カスミの場合、余計に逃げそうな気がする。
 私の上衣を手にしたアストリアスが近付いてきて言った。
「殿下、差し出がましき事とは存知ますが、敢えて申し上げさせて戴きます」
 苦笑を堪える顔だ。
「喧嘩をされた時には、悪くなくとも男の方から謝った方が丸く収まるようです。早々に謝罪されることをお薦めいたしますよ。冷静さを保てないようであれば、手紙を書くなどの方法で」
「手紙か……」
 それは思い付かなかった。
「今の時期ならば、花を添えられるとよいかもしれません。慎ましやかなものでも。早咲きのものが出てきているようですし」
 駄々っ子に向けるような、どこか困ったような笑みが私を見た。
「女性は我々が思っている以上に、様々なことを考えているようです。些細なひとつの不安が、十にも百にもなって、男には思い掛けない悪感情に囚われてしまうこともあるように見受けられます。原因や人にもよるのでしょうが、彼女の場合、難しい立場である上に考えすぎるきらいもありますし、誤解させないためにも、解決するに早い方がよろしいかと」
「そういうものか」
「はい、おそらくは。私の経験による考えですが」
 引きはじめた汗に、寒さを感じ始めていた。上衣を受け取る。
「……どうしている」
『お元気にしてらっしゃいます』、がここのところの侍女たちの答えだ。
 ランディが、小さく溜め息を吐いた。
「表面上は何もないよう振る舞っていますが、私には、グスカにいた頃が思い出されてなりません」
 ああ、潜伏させていた時のことか。カスミは一ヶ月近くも、彼と同じ家に暮らしたのだったな。今は到底、許すものではないが。しかし、それはどういう?
「笑っていても、不安そうな、どこか思い詰めた雰囲気を感じます」
「腹を立てているのではないのか」
「いえ、それは一日で収まったようです」
 では、何を考えているのか。だが、私にカスミの考えを読めた例《ためし》がない。
「そうか」
「手紙もよいですが、出来れば、一度、会って話された方が宜しいでしょう」
「何処にいる」
「今の時間ならば、ケリー医師のところで朝食を共にしているかと」
 主治医か。そんなところに行っていたか。
 ランディの顔に、笑みが浮かんだ。
「行かれるには、丁度よい恰好でしょう」
 改めて自分の身を見直せば、埃に塗れている。情けない恰好だ。
 それも計算の内か? ……兄上ならば、有り得るだろう。これだから、面と向かってろくに文句も言えない。
「今朝の朝儀は欠席する旨、私から陛下にお伝えしておきましょう」
 アストリアスが笑った。




 << back  index  next >>





inserted by FC2 system