春だ。
 春だ、春だ、春だ!
 待ちかねたぞ、春!
 雪も多少は残っているが、歩くに支障はない程度だ。
 そして、冬に蓄えた知識に基づく計画を実行すべき時だ! わあい!!
「外に行きたいのです。と、言っても敷地内の西側のお庭でいいんですけれど」
 ディオにお願いしてみた。
「散歩か?」
「そんなような感じです。ずっと閉じこもっていたので。勿論、ランディさんか誰かの護衛付きでかまいません」
 今回、企画していることもあるので、ディオを誘うのは遠慮。最近、忙しそうだしな。
 むっつりとした表情を見る。……その顔、もしかして、機嫌悪い? 駄目?
 暫く、じぃっと様子を窺っていると、
「そうだな……少しの間ならば、いいだろう」
 やったあ! やっほーい! わあい、わあい、わーい!!
 ディオの私を見る目つきが不審なものに変わった。……やべぇ。表情を引き締める。だが、それを思うだけで頬が緩んでしまう。いかん、いかん。
 ディオはしばらく私の顔を見ていたが、吐息をつくと僅かに視線を逸らして低い声で言った。
「わかっているだろうが、目立つような真似はするな。あそこには他の騎士たちもいる」
「わかってますよ」
 と、いうわけで、風の柔らかい晴れた午前のうちに決行とあいなった。
「うさぎちゃんに言われた通りに用意したけれど、本当にこれでいいのかい?」
 私に甘いランディさんは、ちゃんと言ったものを用意してくれていた。
「はい、充分です。多分、これでいけます。ええと、スレイヴさん?」
 にこにこと荷物の一部を持って立つ、臙脂色の制服のその人を見る。
「すまない。運悪く見つかってしまってね」
 苦々しくランディさんが答えれば、
「たまたまベルシオン卿が大荷物を抱えて歩いているのをみかけて、大変そうだから手伝いを申し出たんだよ」
 と、スレイヴさん。
「気遣いは結構と断ったはずだが? 大体、君は今日はグラディスナータ殿下の護衛だったろう。ついていなくて良いのか?」
「ああ、それこそ気遣いは無用だよ。殿下には他の護衛がついているし、午後は兵法の授業やらで私がついている必要はないだろうと、大公殿下直々に放免してもらった。それよりも、キャスの護衛を、とね」
 ランディさんがあからさまに嫌そうに顔を顰めた。
「なかなか、キャスとゆっくり話す機会もないし、私としては願ったりだよ。ベルシオン卿にとっては、お邪魔かもしれないが」
 そっか。最近は、私よりもディオと仲良しだしね。ディオが気を利かせてくれたかな?
 すると、ランディさんが不機嫌そうに言った。
「やめてくれ、君にベルシオンの名を呼ばれると、嫌みに聞こえる。ランディでいい」
「おや? そんなつもりはないのだが。でも、そういうことなら、これからは名で呼ばせてもらうよ、ランディ。私のことはスレイヴでいいよ」
「ああ、そうしてくれたまえ。そっちの方がましだ、スレイヴ」
 スレイヴさんのからかう口調にランディさんは睨み付けるが、その口元は微かに笑っている。
 君ら素直じゃないなぁ。でも、なんか可愛い。
「ついてきてもいいですけれど、働かせますよ?」
 今回は、目的重視だ。計画の成功が、第一。
「如何様にも、御為なれば」
 うむ。ピクニックバスケットとシート抱えてちゃ、様にはならないけれどな。

 てなことがあって、三人でやってきました、西側の森。森と言っても人の手がいれられているから、そんなに深くはない。林に毛が生えたぐらいの規模だ。ところどころ、まだ根雪が残っている。
「この辺かな?」
 騎士の宿舎からも離れた、滅多に人もやってこないだろう木立の間のスペースに私たちは荷物を置いた。
 倒木と切り株が椅子代わりにもなる場所。
 さあって、張り切ってみつけるぞ!
 今日は軍服。腕まくりするにはまだ寒いけれど、ドレスよりもずっと身軽だし、動きやすい。
「私たちは何をすればいいんだい?」
「ええと、まず、火を起こして下さい」
 ランディさんの問いに答える。
「鍋は火にかけないで下さいね。温度が重要なんで」
「承知した」
「私は?」
「スレイヴさんは水を汲んできて下さい。その後、ふたりともこの本の栞が挟んであるページに載っているものを探して、採ってきて下さい」
 差し出したのは、植物図鑑。
「できるだけ新芽をお願いします。あと、採る時は、一本の枝からひとつだけにして下さいね。木が枯れちゃいますから」
「ああ、それで、この篭か」
 スレイヴさんは赤頭巾ちゃんが持っていそうな篭を、荷物から拾い上げた。
「ふたりとも、よく見て採って下さいね。似ていてもまったく違うものもありますから」
「ああ、任せておきたまえ。子供の頃からこういうのはよくやったからね。大体、わかっているよ」
「私もある程度は知識があるから、心配しなくても大丈夫だよ」
 なんだよ、軍隊のサバイバル訓練の一環か? ひょっとして、私がいちばんあぶないのか?
「……じゃあ、ふたりとも宜しくお願いします」
「ああ、うさぎちゃん、遠くに行ってはいけないよ。私の目の届く範囲にいるように。王城の敷地内と言っても、なにがあるかわからないからね」
 ……ちぇっ、やっぱりか。
 ランディさんが苦笑した。
「久しぶりの野山に駆け回りたいのはわかるけれどね」
 はあい。
「だったら、キャス、私と一緒に行こう。それなら安心だろ?」
「君はさっさと水を汲んできたまえ。君とふたりだけなど、かえって危ない。薪を集めるから、私と一緒に」
 ランディさんが、ぴしゃりとスレイヴさんを撥ね付けた。
「やれやれ、君はまだそんな事を言うのかい? いい加減、信用してくれてもいいと思うんだがね」
「そういう台詞は、日頃の行いを改めてから口にしたまえ」
「おや、人聞きの悪い。私はいつだって誠実だというのに、なにが気に入らないのか」
「無駄口を叩いている暇があったら、さっさと仕事をしたまえ。何もしない内に陽が暮れて、帰らねばならなくなる」
「はい、はい、仰せの通りに。キャスリーン、また、兄上が暴漢に襲われるようなことがあれば、すぐに駆けつけるからね」
「さっさと行け!」
 はは、と軽い笑い声をたてて桶を持って去っていく後ろ姿に、私も笑う。
 辛さばかりが目立つ記憶の中で、あの時が、唯一の愉しかった出来事が救いになっている。こうしてからかいのネタにされても一緒に笑いあえるようになったのが不思議で、そして、嬉しい。
「じゃあ、行きましょうか、兄さん」
   グスカに潜伏していた頃の口調で言えば、「まったく」、とランディさんはむっつりと答えながらも、すぐに微笑んだ。
 ぽん、ぽん、と梳かしただけの、あの頃より長くなった髪の上で手が跳ねた。
 これも久しぶり。ドレスを着るようになって、結うのが当たり前になっていたから。
 こうして人は変わっていくのだ。私とランディさん、ランディさんとスレイヴさん、スレイヴさんと私。その関係のあり方も、変わっていないようでゆっくりとした変化をみせているのを感じる。
 ……その表情や仕草、瞳の奥に。
 それが、嬉しい。




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