注意深く周囲を見回しながら歩く。
 あ、ふきのとうみっけ!
 こっちでは、エンテシスと呼ぶらしい。柱のエンタシスと言葉が似ていて、なんとなく面白い。私はふきのとうに近付くと、かがんで持っていたスコップで根元を丁寧に切り取って採取した。

 調べてみれば、これ以外にも元の世界と同じ意味だったり、驚くほど似ているものが幾つもみつかる。言葉もそうだし、植物や動物なども。同じようでいて、ちょっと違うだけのものもある。別に、まったく元の世界では見かけなかったものもあるし、元の世界にはあっても、こちらの世界にはないものもある。勿論、元の世界で私が存在を知らなかっただけ、ということもあるのだろうけれど。でも、そういった相違点を見つける事は、私にとって良い刺激となっている。
 中でも今、特に必要性もあって、食に関してがいちばんの興味の対象となっている。……まあ、外界からの刺激から殆ど遮断された生活を送っているせいもあるんだろう。精神的なところから偏食になっているぶんだけ、余計に食べ物が必要。てか、美味い飯くわせろおぉぉぉぉぉぉっ!
 メシマズの国……この哀しいまでに不名誉な冠が外れる機会の訪れは、まだない。一年近くもこの国に暮らしているのに、一向に舌が慣れないというのは、本当にどうしたものかと途方に暮れた。
 しかしだ。何故、こんなにも不味いのか? 私以外でそんな意見はきかない。これは、生まれ育った環境による味覚の違いによるものなのか、と疑いを持つ。
 それは、充分に考えられる話だ。細胞レベルや神経レベルで彼らと私の感覚が、多少違うと言われても納得がいく。だって、異世界なんだし。同じ姿をしていても、同じ進化の道順を辿ってきたとは限らないわけだ。黒髪が滅多に生まれてこないという事実も含めて。……その辺は、あまり考えたくないから、脇によけてある。
 しかし、そうであったとしても、人間の欲求とするところが変わらないところをみて、妥協ラインというのは必ず存在する筈だ。私にとって、の妥協である。
 さて、そこで、元の疑問に立ち返る。
 なんで、こんなに不味いのか?
 調理人の腕が悪い?
 ……これはない。これまで食べた一連の料理を見ても、茹でる、煮る、焼く、炒める、揚げる、などの基本手法は元の世界と変わらず、料理自体もそれなりにバラエティと創意工夫がみられる。料理によっては、美味しく食べられるものもある。お茶のお菓子も含めて。
 面取りなど、微妙に技術的なところで未発達な部分はあるにしても、さして味に影響するものではない。その内、誰かが気が付いてやるようになることもあるだろうレベルだ。奇麗な肉ジャガよりも、くたくたに煮崩れた肉ジャガが好き、って人も多いしな。
 道具が不足?
 ……それは少しはあるだろう。が、電子レンジがなくたって、竃があれば調理はできる。ピーラーがなくたって、包丁があれば皮は剥ける。便利かそうでないかぐらいの違いだから、特に重要視するものではないだろう。現に、お城の料理人たちの盛りつけなどをみても、味以外はプロらしい出来栄えだ。その内、料理人自身がそれぞれに工夫をして、道具を発展させていくに違いない。
 まあ、強いてあげるなら、コンロではないから火加減の調節が簡単にいかないことと、キッチンタイマーもフードプロセッサーもないから、勘と経験が大きく作用するところで、個人の力量が顕著に表れやすいというところか。
 食材が違う?
 ……これはある。
 だが、先ほども言ったように、元の世界と同じ、もしくは、似たものが多数存在する。じゃがいもとかにんじんとか、タマネギとか、多分、より野生種に近くはあるのだろうが、種類が違うんだろうぐらいの差異だ。あと、冬は乾燥させたり、油や酢、塩に漬けたりした保存食は多用されるが、それでも、もの自体が元から不味い、ということはない。だが、気候風土によるところの成育限界や、品種改良というところまで農業が発達していないから、ない野菜は多く、物によっては、形からまったく違っていたりする。蕪とか、菜っ葉類など。生姜はあるけれど、ニンニクにはまだ出会ってないし。それに、あったとしても、保存技術が大してないことから柑橘類など旬にしか口にできない点や、トマトなど痛みやすいものは、生産地のみでしか口に出来ない問題もある。
 日本の農産業は、それらの点で世界的にみてもかなり優秀な方だろう。物流面においてもそうだし、特に果物が外国のものに比べて甘くて美味しいのは、あれは、長年にわたる品種改良の賜物だ。苗を選別し、種類を掛け合わせたりして、その土地で育ちやすく美味しいものをと、ひとつの品種改良に、五年、十年と長年研究を重ねて作り上げた成果だ。
 ……多分、島国で、大陸みたいに、隣の国に美味しいものがあるから買ってこよう、奪っちゃえ、という事が、歴史的に出来にくかったこともあるんだろう。あるものでなんとかやり繰りしようとした賜物、と言うべきなのかもしれない。
 そんなこともあるから、本来、この世界で日本と同じ味を求めること自体、無理な話だ。だが、近づけることは出来るし、今ある素材を生かした料理というのはちゃんと存在しているから、特にあげつらう理由にはならない。
 美味いメシが食いたい!
 その人の本能に呼びかける欲求は、どの世界でも、どの国の者であっても同じだ。それがない人間というのは、半分、人間やめているも同然と言っても過言ではないだろう。そのために、人々は新たな料理を開発し、食材を育て、努力している。私もそれに倣うだけだ。
 ここまでくると、じゃあ、結論としてなんだ、という話になる。
 答えは、驚くほど簡単だ。調味料だ。香辛料の類いが圧倒的に不足しているのだ、この国は。
 元の世界の歴史でも、香辛料はダイアモンドに匹敵するほどの価値があった時期があった。
 産地が限られているからだ。需要に対し、供給が少なかった。ヨーロッパが求めたところで、亜熱帯、熱帯地方が主なる原産国であったりするものが殆どだ。だから、運ぶのだって一苦労。無事に着くとは限らない。遭難したり、襲われたり。移動手段の発達と共に遠く離れた国でも楽に入手できるようになり、大量生産されるようになって単価が安くなった。
 それと同じ事があるのだろうと推測される。もともと物が存在しないとも考えられるが、多分、まだ入って来ていないのだ。そして、国同士の戦争が頻繁にある世界では、入手出来るルートも限られているだろう。
 しかし、そうであっても、味噌、醤油がないのは仕方ないにしても、胡椒がない。白も黒もないのだ、この国には ! これは、痛い。こんなに絶望的なことはない!
 たかが、胡椒と軽んじてはいけない。西洋料理の基本の味付けとして、基本中の基本。ないと、味がぼやける。普段、スパイスを多用しない日本生まれの日本育ちであっても、それが当たり前にある世界に生きた私には、なくてはならないものだ。なにせ、手作りしたとしても、基本的なドレッシングさえ味気ないものか味のバランスが悪いものとなる。マヨネーズや他のソースも、以下同文。
 だから、胡椒すらない、とわかった時にはがく然とした。
 他にお馴染でなかったものは、唐辛子系。だが、これに関しては、代用となるものがあって、ちょっとは使用されているようだ。以前、伝言ゲームみたいにして和食を再現した時のソースに使われていた。
 余談だが、あの時、豆乳かと思ったのは、大豆とは違う種類の豆を煮潰して、裏ごししたものを絞ったものだったらしい。名前は忘れたが、形状はグリーンピースに近く、緑色もそれの色だったようだ。……手間をかけさせた上で、申し訳なかった。改めて、ごめん。
 閑話休題。
 あと、ないことに気が付いたのは、カラシナのマスタード系。西洋ワサビと言われる、ホースラディッシュらしきものも出回っていないようだ。
 香辛料は味つけに使われるだけのものと思われがちだが、これらは料理の中で、他の素材の味を纏めて整える役目も担っていたりする。
 これに最初に気付かされたのは、実は、グスカで潜伏した時の暮らしの中でだ。
 塩、ビネガー酢、酒はワインだが、はあった。それと、粗めのブラウンシュガーか、メープルシロップもどきか、はちみつ。が、それ以外はない。おーい、と思わず遠い目になった。だから、あるものでなんとか料理したが、評判はよくなかった。
 ところが、だ。ここで思い出すのは、近所の奥さん方が差し入れしてくれた料理だ。これが、まずまず美味しかった。そして、宴会の時にサバーバンドさんが作ってくれた料理。これも、同様に美味しかった。
 さて、なにが違うんだろう?
 これは、サバーバンドさんを手伝いながら、教えてもらった。ハーブだ。香草。
 香辛料ほどの刺激は得られないが、各種ハーブを多用することによって、匂いや味、肉などの臭み消しにもなる。そして、それらは、私が知らなかっただけで、グスカの家の庭に生えていた。……まあ、ハーブとは言っても、もとは雑草だしな……サバーバンドさんは、それを使ったわけだ。
 これで極意はわかった。わかったけれどねぇ……そう簡単に使えるようになるもんでもないよ? これこそ、使い慣れていない日本人にはハードルが高いものだ。この食材にはこのハーブ、と合う合わないもある。ソースの作り方とか。そして、生と乾燥ではこれまた全然香りが違うし、使い方も違ってくる。無論、簡単に使えるものもあるが、より良く応用するために知識と経験が必要なのは他の食材と変わらない。
 さて、ここでランデルバイアに戻ってこよう。
 ランデルバイアの地は大陸でも北方にある。つまり、これは、南方にあるグスカよりも植物が育ちにくいことを示している。その差は、北海道と九州ぐらいか、それ以上に違う。こうして森を見ていても、針葉樹が多いしね。当たり前のように、草の植生もまったく違う。ハーブさえも手に入れにくいところなわけだ。
 まったくないわけではないみたいだけれど、グスカほどには使い慣れていない。知識も足りないわけだ。プロの料理人は別にしても、よって、使うことも避けるようになるし、私同様、どれが食べられるかってこと自体、まったく知らない者もいるかもしれない。或いは、舌が肥えていない面も影響しているだろう。そんな風だから、塩、砂糖も必要以上に消費される。揚げ句、勘や経験がものを言うこの世界で、火加減もまともにみられない素人の軍属が作る野外料理は、クソがつくほど不味いものとなる。健康にも悪い。
 ……いやあ、この結論に至るまでに随分とかかった。ほんと、長い道のりだったわ。
 で、だ。
 ここでやっと、対策に移ることになる。結論は……わからないなら、調べて探せ。
 さあ、でも、のべつ幕無しにそこら辺に生えている草を千切って食べるわけにはいかない。そんな効率の悪いことはしたくないし、腹もこわしたくない。
 ここで大きな助けになってくれたのは、ケリーさん。ありがとーっ! 愛してるぜっ、と言いたくなるほどに大、大 大感謝だ。
 お医者さんの彼は、いろいろな病気の治療法を求めて大陸中を旅した経験がある。結局、一番に参考になったのは、土地毎に使われている薬草だ。その中には、普段の料理に使われているようなハーブ類も多く含まれている。
 ケリーさん曰く、普段から料理に使って摂取することで健康維持に一役かっている部分も大きいのではないか、とのこと。
「確証はないが、驚くほどビタミンなどの栄養素が豊富なのではないかと思われる植物もあるよ。食料に乏しいある地域では、多くの人がそれを常食することで栄養失調になることもなく、普通に生活を送っている。調理法によっては、栄養素が壊れてしまう部分も多いだろうが、それでも、まったく摂らないよりはマシだろうね」
 ……食生活習慣によっては、トウモロコシの皮をぜんぶ取り除いてしまったおかげで、風土病が発生した例もあるしな。あれは、アメリカ南部の話だったっけ。
 しかし、元の世界でも植物は専門外であったという彼が、よく調べあげたと思う。
「我々は、それぞれの症状に効果ある薬を使っていただけだからね。そこまで知る必要もなかったという事もあるが、その成分が元々何に含まれていたか知っていれば、今頃、また違っていたのだろうね。今更、言っても遅い話ではあるけれど……今、私がやっている事は、多分、東洋漢方に近いのだろうな」
 そうだろうね。
 それからも長く語り合ったりもしたのだが、それは割愛。
 私はケリーさんの知識も少しずつ分けて貰って、それを植物図鑑とも照らし合わせて、冬中かかって、頑張って最低限ではあるのだろうけれど、今ある知識を蓄えた。
 ほんと、頑張ったよ。植物に襲われる夢を見てしまうぐらいに。
 残るは、実践だ。




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