「寒くないかい?」
「だいじょうぶです」
 ランディさんと一緒に、薪を集めて目に付いた若菜を摘む。……と、これはタラノキかな? ああ、似てるけれど違うや。残念。
 三人に増えたから、量も必要。それでも、短い時間にそこそこ集まった。
「ええと、この近くで日当たりのよい広い場所ってありますか?」
「ああ、それなら、もうちょっと行った先にあるよ。一度、戻ってから案内しよう」
 ランディさんのことばに頷いて、来た道を引き返した。
 歩きながら、くすり、とした笑い声があった。
「なんですか?」
「いや、うさぎちゃんもよくやるな、と思って。まだ寒い時期だというのに外に出て、木や草の芽を集めるなんて……食べること自体に困っているわけでもないのに」
 えー?
「与えられるものをただ受け取るだけ、ってのが嫌なんですよ」
「そういうところが、君が他の女性とは違うところだね」
「そうですか? こちらでは、こうして季節に新芽を摘んだりする習慣ってないんでしょうか」
「習慣としてはないと思うけれど……君のところではあったのかい?」
「大昔には、ですが。健康のためとか厄除け……魔除けの意味で。でも、私もこういう事をするのは、実は、はじめてです」
「へえ、そうなんだ。でも……」
「でも、なんですか?」
「いや、こうしている君はいつもよりも愉しそうに見えて、よかったなと思うよ」
 えへへ……向けられる優しいエメラルドグリーンの瞳が、ちょっとくすぐったい。
「ランディさんのおかげですよ。色々と用意もしてもらって。たいへんだったでしょ?」
 普段、騎士の務めとはほとんど縁のないものだったろうし。
「そうでもないよ。レティにも手伝ってもらえたしね。でも、そう言って貰えると嬉しいね」
 元の場所に戻ってくると、「おーい」、と呼ぶ声があった。……あれ? ひとり増えてる。やあ、と軽く手をあげての挨拶があった。
「サバーバンドさん、どうしたんですか。お務めの最中じゃないんですか?」
 スレイヴさんの隣に立つ銀髪の背の高い人に向かう。
「いえ、午後からは交代で時間もあいたものですから。それで、スレイヴを探して追ってきたら、ここに。なにをしているのですか?」
「ええと、野外料理と言うか、まあ、軽い人体実験みたいなものです」
 にやり、と笑ってみせた。
「人体実験、ですか」
 サバーバンドさんはしげしげと私と私の手にしているものを見て、「なるほど」、と頷いた。
「面白そうですね。私も参加しても?」
「勿論です。大歓迎です!」
 今回については、サバーバンド大先生さまだ。いてくれると、心強い。また色々と教えて貰えるし。本当は誘いたかったけれど、務めがあるから諦めていたんだ。
「では、喜んでお手伝いさせていただきましょう」
 サバーバンドさんはにっこり笑うと、私たちが持ってきた荷物を点検した。
「そうですね、では、いちど城に戻って、もう少し用意しましょうか。スレイヴ、手伝って」
「いいが……あまり大袈裟にするなよ。皆には内緒なんだからな。ギャスパーが後から知れば、きっと、拗ねるぞ」
「ああ、でも、彼は下の王子の相手で忙しいですから、だいじょうぶでしょう」
 おお、やる気だな、君。
「じゃあ、私、もう少し色々と探して採ってきます」
「ええ、頑張って。期待しています」
 わあい、出来上がりが、もっと愉しみになってきた。

 せり、なずな、ごぎょう、はこべ、すずしろ、ほとけのざ、すずな。
 春の七草。
 ランデルバイアだと、どうかな?
 案内してもらったちょっとした野原を散策する。背の高い木はなく、見晴らしが良い。ここにはすでに雪はなく、枯れた草の間で芽吹いた新緑が、斑模様をつくっている。よくみれば、青色の小さな花のつぼみもみかけた。可愛い。
 真新しいしい草木の匂いを、私は肺いっぱいに吸い込んだ。城の中では嗅げない匂いだ。んー、満喫!
「で、どういったものを探せばいいんだい?」
「基本的に香りが良いものを。そのままだとそんなに匂いはしませんが、葉を軽くこすると、匂いが強くなります。例えば、これです」
「ああ、これならすぐにわかるね。葉に特徴がある」
 植物図鑑をみせて、指をさしたのはローズマリー。
「あと、こんなのも」
 蕨にタンポポにカラスノエンドウ。あと、レンゲとか。蕨は兎も角、他のは日本では食べたことないし、食べたいとも思わなかったな。てか、食べられたのか。
「摘むのは、上の葉の柔らかいところだけにしてください。万が一、間違って採っても、あとで確認してより分けますから気にしないで」 
「承知した」
 私たちはすこし離れて、それぞれに探索を開始した。

 いや、もう、探せばあるじゃないか! やればできるじゃないか、ランデルバイア!
 ランディさんも、それなりに見つけてくれて、篭はすぐにいっぱいになった。豊作、豊作!
 ヨモギを見つけた時には、思わず歓声をあげた。いぃぃやっほうっ! ズブロッカがあるんだから、西洋ヨモギはあるとは思ってたけれどさ。まさか、日本と同じヨモギがあるとは! あー、どっかにもち米ないかなぁ……
 それは、まあ、さておき、さあ、張り切って料理するぞ!
 さて、問題はなにを作るかだが、ハーブを使ってみるというのとは別に、逆に、使わない方向性もある。
素材の味をそのまま生かす、というわけだ。
 元の場所に戻れば、すでに火が焚かれ、切り株を椅子代わりにしてサバーバンドさんが料理をはじめていた。
 ジャガイモやニンジンなど色々持ってきたらしく、煮込み料理をしている。……おい、なんか本格的だな。
「おかえりなさい。ずいぶんと、色々と摘んできたようですね」
「はい。なにか使えるものあります?」
 篭を差し出せば、
「ええと、そうですね……ああ、これはいい。あと、これとこれ、これも良いですか?」
「どうぞ」
 ローズマリーやセージもどき、あと、タイムっぽいやつなどが選ばれた。
 一部、茎が糸で縛られて、鍋に投入される。ブーケガルニだな。
「スレイヴさんは?」
 摘んだものが一杯になっている篭だけ残してない姿に問えば、もっと薪を集めにいかせた、との答え。……人が増えて料理も増えたからな。予定では、もうひとり増えるし。
 と、言うところで、そのもうひとりがご登場。
「ああ、いたいた。来たよ。ちょっと、早かったかな?」
「ケリーさん、いえ、ちょうどいいタイミングです」
「それはよかった」
「さっそくですけれど、見て貰えます?」
「いいよ」
 初めて扱う野草で一番怖いのは、有毒なものが混ざっていないか、ということだ。植物図鑑があるとはいえ、写真ではないからな。かなりの細密画ではあるけれど、区別するのも素人には難しい。それで、よく知っている人に手を貸して貰うことにしたのは、当然だろう。
 ケリーさんは、私たちの集めたものをひとつひとつ手に取って、点検しはじめた。
「ああ、これは駄目だよ、毒がある。死ぬほどの事はないが、二、三日は寝込む羽目になる」
 手にしたのは、シソっぽい葉のやつ。
「え、そうなんですか?」
「そう。似たものと間違えたんだね。ほら、茎をごらん。緑色だろう?」
「ああ、はい」
「食用になるものは、茎が紫色をしているんだ。ああ、ほら、これはそうだろ」
「あ、ほんとだ。こっちは食べられるんですね」
「うん、同じ種類で仲間が多い植物だけれど、間違えやすいから気をつけないと。あとは、大丈夫かな」
「有り難う御座います」
「で、ミズ・タカハラ。今日はこれで何を作るつもりだい?」
 その質問に私は笑顔で答えた。
「天麩羅です」
「おお、テンプゥーラ!」
 発音ちげーよ。
 しかし、ケリーさんのテンションは一気にあがった。
「天つゆは作れませんけれど、ちょっとの塩だけでも美味しいので」
 それが、私が出した答えのもうひとつ。
「それは、愉しみだ」
 ほくほくの笑顔が答えた。
「私は、次になにを手伝えばいいかな?」
 そう問うてきたランディさんには、もうひとつ小さめに火を起こしてくれるように頼んだ。
 その間に、もってきた鍋に油を注ぎいれた。
 油も、ランデルバイアでは動物性のものが主に使われているが、今回、ランディさんに頼んだのは、植物性の油だ。オリーブオイルはないみたいだが、ヒマワリからのものはあるらしい。健康を考えるのなら、断然、こっち。匂いも味も癖がないしね。ゴマ油、どっかで作ってないかなぁ? ……と言いつつ、ゴマあるの?
 火の用意は出来たが、鍋をかけるのは下拵えがすんでからの方が良いだろう。
「次は?」
「あとは大丈夫です。出来るまで、休んでいてください。すぐに出来ますから」
「じゃあ、お手並みを拝見していようか」
「いや、愉しみだよ。滅多にこうして食べられるものではないからね」
 わくわく顔のケリーさんが言う横で、「そうなんですか?」、とランディさんが不思議そうに返す。
「うん。彼女の国の郷土料理で、揚げたてを頂くものなんだ。フリッターと言ってもよいけれど、もっと、からっとしていて、歯触りが良いんだ」
 ちゃんとしたものを食べたことがあるんだな。でも、今日は、エビもサツマイモも大葉もないから、そう期待されても困るんだが。
「それは愉しみですね。前の時には、そういったものは出なかったから」
 鍋を見ながら、サバーバンドも言う。……出せるわけなかろう、身元偽っていたんだから……いや、そんなにプレッシャーかけてくれるな。そう、うまくできる自信もないんだから。
 広げたピクニックシートの上に座り、必要な道具を並べる。
 天麩羅は、さくさくの衣が命。
 衣の作り方で私が知っているのは、卵を使うものと薄力粉に片栗粉を混ぜるものと二種類。片栗粉はあるのかどうかわからないけれど、コーンスターチで代用可能だろう。でも、今回は、卵を使う方にした。動物性たんぱく質を補う意味で。この量だったら、二個で充分だろう。
 大きめのボウルの中に卵ふたつを割り入れ、冷たい水を豪快に注ぐ。そして、取りだしたのは、特製菜箸。暇なときに、材木貰って部屋で削って作ったよ。……だって、お箸の国の人ですもの。ちょっと、不格好だけれどさ。でも、問題なく使える。
 トングなら、わざわざ自分で作らなくてもあったんだけれどね。でも、他に必要になってくる道具を用意するのもかさばるし、うざいから。泡立て器とか、網状のお玉とか。
 で、箸でボウルをかき混ぜる。たくさん泡が立つまで、乱暴なぐらいにかき混ぜる。そして、表面にたった泡を、お玉で掬って捨てる。
 この作り方は、テレビで知った。プロの天麩羅屋の主人がやっていた手法だ。
 横で見ていたサバーバンドさんが、へぇ、と呟いた。私もはじめて知った時は、へぇ、だったよ。
 そして、別のボウルにあけた粉に、その卵水を投入。かき混ぜつつ様子をみながら、この辺も目分量で緩さを調節。
 これで、衣は完成。
 そこに、両手に薪を抱えたスレイヴさんが戻ってきた。
「これだけあれば、大丈夫だろ。ああ、向こうにいても良い匂いが漂ってきたよ」
「ご苦労さま。こっちも、出来上がりです」
 サバーバンドさんが答えた。
「ああ、では、皿を用意しようか」
「お願いします。あ、そこにワインもありますから。パンとチーズも」
「それはいいね。折角だから、いただこうか」
 いそいそと動きはじめた男たちの横で、くつくつと音をたてるサバーバンドさんの鍋の中には、サワークリームと削ったチーズが加えられ、仕上げに刻んだ残りのハーブが散らされる。
 うわ、見るからに美味しそう。唾液も誘われる。
「どうぞ。キャスは肉抜きでいいですね」
「有り難う御座います。いただきます」
 皿によそってもらったのは、野菜の煮物だが、とろりとした食感がシチューっぽい。ハーブの香りが生きていて、塩加減が絶妙。身体も温まる。
 うー、美味しい! 胡椒もいれたら、もっと美味しくなりそうだな。でも、これでも充分に美味しい。サバーバンドさん、本当に料理上手だなあ。お城の料理人たちには悪いけれど、久しぶりに美味しいものを食べさせてもらった。
 皆、口々に、うまい、美味しいと言って、しきりに手と口を動かしている。
 さて、そっちに皆が気を取られている隙に、こっちも作業を再開。
 衣が落ち着くまでの間は、具材の下拵えだ。と言っても、こっちも簡単だけれど。汚れや虫がついていないかを確認して、あれば、手でむしるか削り取る方向で。水を使っても、水分を残さないように拭き取るか、しっかりと水切りが必要。水っぽくなったり、油が跳ねるしね。厚みのある芽のものは、根元に十字に隠し包丁をいれておく。そして、薄く粉をつけて、余分な粉ははたき落とす。
 さあ、出来た。網をつけた油きり用のバットを手元に、あとは、揚げるだけ。
 油を火にかけ、温度を見定める。低くても高過ぎてもだめ。衣に具材を入れて、待つこと暫し。箸先を入れて、確認。さて、そろそろかな?
 あまり沢山になりすぎないように、少しずつわけて揚げはじめる。じゅわっと音をたて、ぱちぱちとはぜる音を聞く。なんか、いい感じだ。うまくいきそう。
 ぱちん!
 お、水が入ったか、跳ねてしまった。あぶない、あぶない。
 その時だ。
「ああ、いたいた! ほら、こんなところにいたよ!」
 聞きなれた声がした。
「また、この子は、面白そうなことをしているね。なんだい、私に内緒で。つれないじゃないか」
 ……げ。
「猊下をこんなところにお誘いするわけにもいかないでしょう」
「そうかもしれないけれどね。でも、私のお茶を断って仲間外れはないだろう? しかも、珍しく、外に出掛けているって言うし、ジョンもキャスに呼ばれていないって言うし……ああ、君たち礼はいいよ、私のことは気にせず、そのままやってくれてかまわないよ。私も仲間に入れてくれるかい?」
 人々を煙に巻く、屈託ない笑顔が言う。
 この人、ほんと三十歳過ぎてんだろうか……と、いつも疑問に感じる笑顔だ。
 新しく参入してきたのは、お馴染、クラウス殿下とウェンゼルさん。
 ……君ら、こんなところまで来るなんて、どういう嗅覚してるんだよ? てか、どんだけ、暇なんだ!




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