自称、人体実験は成功。喜ばしい。
 若菜を使った天麩羅は、単体で揚げたり、かき揚げにしたりもしたが、酒の肴に丁度よいスナックだったらしく、人数も増えた事もあって、揚げる傍からなくなった。
 お陰で、ろくに食べることも出来ずにいた私を気の毒に思ったか、サバーバンドさんが途中交代してくれようとしたんだけれど、箸が使えなかった……うん、ありがと。揚げもって、食べるからいいよ。お皿もいらない。バットから直接、手づかみで食べる。
 感想は……うん、普通に美味しかった。素朴な具材のほろ苦さがきいていて、さくさく感も丁度いい。久しぶりの懐かしい味を堪能した。一人頭の量が少なくなったことを除けば、まあ、いいんじゃないか? ちぇっ。
「ウェンゼル、城からワインを持ってきてくれないか? 今年一番で届いたばかりのやつがあったろう」
「猊下、確か、この後、お約束があったかと思いましたが」
「そんなのもあったかな……じゃあ、ついでに『急用ができて行けなくなった』と使いを出すように言ってきて。『後日、こちらから都合の良い日を連絡する』、と」
「いいんですか? 先方の都合もあるでしょうに」
「ああ、ジョン、君まであの頭の固い、小うるさい者たちと同じことを言うのかい? 偶の事だからいいんだよ。急ぎの話でもないし。それよりも、こんな愉快な事は滅多にないんだから。つまらない話をする為だけにここで帰って、後から話を聞かされるほど悔しい事はないからね。文句は言わせないよ」
「ははは、権力の使い所というわけですか」
「人聞きの悪い。それではまるで、私が身分を笠に着ているようじゃないか。息抜きだよ、息抜き。こうした機会を与えたもうたのも、神の思し召しだと思わないかい?」
「成程、そうとも言えますね」
「そうだよ。では、ウェンゼル、頼んだよ」
「畏まりました」
 途中参加の年長二人の音頭で、すっかり宴会だ。花見に近いノリ。
 なんでこうなるかなぁ? もっと、こっそりするつもりだったんだけれどなあ? なあんか、これが耳に入った途端、叱りつけられそうな人が約一名いるんだけれどなぁあっ?
 頼みもしない内から、サバーバンドさんがチーズに衣をつけて揚げはじめた。いや、ジャガイモはそのままで良いんじゃないか? あ、流石にケリーさんが止めたか……まあ、こういうのも愉しいんだけれど。
「ところで、今回は、なんでこんな事をしようと思い付いたんだい?」
 白ワインを水の様に飲むクラウス殿下に質問を受けた。
「思い付きじゃありませんよ。ずっと考えて、準備していたんです」
 私は答えた。
「おや、そうなんだ」
「そうです。食事が舌にあわなかったりもするので、なんでだろうと考えて、試してみることにしたんです」
 そして、私は持論を展開した。
「確かに、サバーバンドくんの作ったこれは美味しいね。うん、城の料理人たちにも食べさせてあげたいほどだ」
 でしょ、でしょ!
「実は、同じ食材を使っても、なんでこんなにも違うのだろう、とうすうす私も感じていました。ですが、ランデルバイアではこういうものなんだろうと、あまり深くも考えませんでした」
 と、サバーバンドさんが控えめに言えば、
 ぴぷー!
 ……あ、そういう遊び、こっちにもあるんだね。
「単に腕前の違いと、私は思っていたんだけれどな」
 いつの間に作ったのか、カラスノエンドウの鞘の笛を鳴らしながら、スレイヴさんが答えた。
「ううん、私はそこまで違和感はなかったかな? ああ、でも、ケチャップとマスタードは恋しい」
 とは、揚げたてのフライドポテトを頬張りながらのケリーさん。
「だから、味覚の違いってわけじゃないと思うんですよ」
 私は答えた。
「うさぎちゃんは、食事に関しては、ずっと、文句を言ってたからね」
 ランディさんが笑った。
「仕方ないですよ。それに、塩や砂糖に頼りすぎるのも身体に悪いですし」
「ああ、それは言えている」、とそれには、ケリーさんも頷いた。
「それに、冬に不足がちだった栄養をこういう形で補うことで、健康に繋がる事は間違いないでしょうね。現に、ここにあるものの中には、薬用効果のあるものがたくさん混じっていますし、新芽というだけで、栄養価は高いものです。これから育っていく為の力が集まっている状態ですから」
「ああ、さっき、こうして野山のものを採って食べるのは、うさぎちゃんの国の昔からの習慣だって、言っていたね」
 ランディさんが付け加えるように言った。
「ふうん、そうなんだ。面白いね。習慣ってこんな風にみんなで?」
 クラウス殿下の再度の質問には、いいえ、と答える。
「私の国では、正月、年明けの数日間は仕事を休んで、家族みんなでご馳走を食べて祝って過ごす慣習なんです。でも、それが続くとお腹に負担がかかって身体によくないので、七日目には、身体に良いと言われる七種類の草を摘んで、お粥……柔らかく煮て食べて内臓を休める、といったものです」
「へえ、では、ジョンの言った通りのことを、実際にやっていたわけだ。昔ってどれくらい昔?」
「ええと、正確なところは知りませんが、千年ぐらい昔の、野草を採っている時のことを歌った歌、詩みたいなものですけれど、が残っていることは知っています」
「千年!」
 場がどよめいた。
「ランデルバイアの国の名もなく、まだ、聖典の時代だ」
 と、ランディさんが言えば、
「グスカでもそうでしょう。人は暮らしていたかもしれませんが、国という形にはなっていなかったでしょうね」
 と、サバーバンドさんも答えた。
 いや、わかんないぞ? 単に事実が伝わっていないだけで、歴史学者が本格的に発掘調査とかしたら、もっと古いもんで、すごいもんが出てくるかもしれないし。
「ミズ・タカハラの国は、私の国よりも歴史のある国で、私から見ても、なんというか、どこかしら不思議な、神秘性を感じさせる国でしたね」
 ケリーさんが、随分と良い風に解説してくれた。まあ、おたく文化の国つってもわからないしな。
 でも、これで俄然、皆、興味が出たらしい。驚きの表情が、私を見ている。……いや、私が千年生きてきたわけじゃないからな。  クラウス殿下だけが、面白そうな表情に変わりはない。
「ふうん、そんな古い歌が残って伝わっているんだ。どんな歌?」
「あなたの為に、春まだ浅い野に出掛けて身体によい若菜を採っている間、ちらつく雪がわたしの衣服の袖に降りかかりもしましたよ……とかそういう内容です。どうか健康に過ごして下さい、という想いがこめられているそうです」
 百人一首だ。ええと、光孝天皇だっけ?
「『貴方の為』、か。その『貴方』は、誰のことを指しているの?」
「さあ、それは不明だったと思います。その時に慕っていた女性にとか、他にも諸説あるみたいですけれど」
「あ、男性だったんだ。女性かと思った」
「男性ですよ」
 にっこり笑って言う。天皇陛下だぞ。国のトップだった人だぞ。
「花摘みと変わらず、女性の仕事だと思うが」
 スレイヴさんが言った。
「まあ、グスカだとそうでしょうね」
 マッチョ臭い国だったからなあ。
「さっきの歌、君の国の言葉で歌ってくれる?」
 クラウス殿下が言った。
「いいですよ」
 歌っていっても、節を回す程度だから。今までかいた恥に比べれば、このくらいどうってことないやい!
 でも、改まって口にするとなると、やっぱ、ちょっと緊張する。母国語なんだけれど、間違えそうで……それも、変な話だけれどさ。

 ――君がため 春の野にいでて若菜つむ 我が衣手に雪はふりつつ

 ああ、とクラウス殿下が言った。
「ううん、やはり、君の国は歌にしても独特だね。詩の朗読に近い。聖典とかね」
「昔のはそんな感じですね」
 私は答えた。
「……不思議な歌だ」
 ランディさんが呟いた。
「言葉はさっぱりわからないけれど、物悲しいというか寂しい響きを感じるね」
「風の音に似ているな」
 スレイヴさんが言った。……その感想は新鮮。
「使う文字の数が決められていて、短いその中で、情景や心情を表すようになっています。歌う時の韻律はどれにも共通するもので、どちらかというとこの響きに合うことが重要視されているように感じます。その頃、歌は、支配者階級の教養として、必須となる項目のひとつでした。恋文の遣り取りにも必ず入れることで、相手の教養や感性の高さを判断する材料にもなったみたいです。この歌は、そういった優れた歌を百一集めて纏めたもののひとつに入っています」
「面白いな。なんとなく、こちらの世界とも共通するものを感じるね」
 満足そうにクラウス殿下は言った。
「貴族たちの中には詩を作るのを趣味にしている者もいて、自作の詩の朗読会を開いたりもしているそうだけれど、それに似ているか。恋人に詩を書いて贈ったりするところもね……ジョンの国には、そういった話はあるのかい?」
「さて、それを問われると苦しいですね。我が国はミズ・タカハラの国にくらべて歴史も浅く、言葉も文化も歴史も異なる多数の国々から、大勢の者たちが移住することで出来た国ですから」
「へえ、それも凄い話だ。それで、争いは起きなかったの?」
「当然、ありましたよ。国の南北にわかれて戦になりもしましたが、自由と平等の旗を掲げることで、ひとつの国として纏まることが出来ました」
 それから、一頻りアメリカの成り立ちの話にもなったが、到底、民主主義が今の彼らに理解できるわけもなく、難しすぎる話の内にグスカやランデルバイア、この世界の他の国々との文化の違いに話題が移行した。
 いつの間にか戻ってきたウェンゼルさんも交え、焚き火を囲み、身分も出自も民族も違う者たちが集って、酒を片手に語り合った。
「……このチーズ、揚げない方がよかったですね」
「なんだか、微妙な味だ」
「うん、微妙だな。もっと柔らかい、別のチーズだったらよかったかもしれないね」
「そうですね。失敗でした」
 そんな風に笑いあいもして、不思議と穏やかで和やかな時だった。
 あの時の私たちは、ある種、理想の社会形態を実現していたのではないか、と後からちょっとだけ思った。




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