食べるものもなくなって、ちょっと酔っぱらったところで陽も暮れて、会はお開きとなった。
「今日は愉しかった。君たちとは、また、是非、こうして語り合いたいものだね。また、同じ機会があれば、是非誘ってくれ。遠慮せずにね」
「ああ、私も是非、頼むよ。実に有意義な時間を過ごせた。料理も実に美味しかったよ。有り難う」
 クラウス殿下とケリーさんはそうみんなに言って、神殿に戻っていった。
「なんか人が集まりすぎちゃって賑やかになっちゃいましたけれど、愉しかったですね」
 後片づけをしながら、私が言うと、
「図らずも、また、皆で食卓を囲もうという約束が果たせた形になったな」
 と、スレイヴさんが答え、サバーバンドさんが溜め息をついた。
「ギャスパー抜きでしたが……後から知れば、きっと、ひどく怒るでしょうね。なんで、仲間外れにしたんだって」
「そんなの、黙っておけばいいだろう」
「無理だろうな」
 スレイヴさん達に向かって、ランディさんがあっさりと言った。
「先ほど、匂いと声に誘われて、宿舎にいた非番の騎士が遠めに覗きに来たとウェンゼルが言っていたから。遅かれ、ロイド君の耳にも入るだろう」
 うわ、とサバーバンドさんが、顔を手で覆った。
「暴れますね、確実に」
「なんで、その時に教えなかった!」
「教えても仕方ないだろう。捕まえて、締め上げるわけにもいかないし。それこそ、バレれば処罰ものだ」
 怒鳴るスレイヴさんに、ランディさんはしれっとしている。
 それには、眉が顰められた。
「しかし、君の立場としてもまずいだろう。私たちだけならまだしも、クラウス殿下が同席していたとあっては、大公殿下の側近が、といらない邪推もされるのではないのか? 下手すれば、貴族同士の派閥争いに巻き込まれもするだろう」
 えー……
 考えもつかなかった話に、私も青ざめた。
「その辺はなんとでもなる。多少はなにかを言われるかもしれないが、無視すればいいだけの話だ」
 ランディさんは落ち着いた様子で答えると、私の頭の上で手を跳ねさせた。
「今日は、うさぎちゃんが好きにできた事が一番だったんだから。心配しなくてもいいよ」
 向けられる微笑みに、なにも言えなくなった。
「まあ、そうか」
 気が抜けたように、スレイヴさんが言った。
「そうですね。今日、一日、愉しく過ごせたのをよしとしましょう」
 サバーバンドさんも微笑んでうなずいた。
「しかし、今度やる時にはどうすればいいかな? これっきりでは、ギャスパーも納得しないだろう」
「そうですね。次回は、事前からよく計画を練っておく必要がありますね」
「クラウス殿下の立場を利用するのも、ひとつの手かもしれない」
「そうなってくると、それらしい理由付けが必要だろう」
「ふむ、人々の健康の為に、とか? フレナンディアスの名のもとに方策を模索する手助けを命じられ、とか」
「いいんじゃないですか? それらしい」
「悪巧みは任せておけ、か?」
「失礼な言い方だな。その内、友人をなくすぞ」
「なんの、褒めているのさ」
 ……なんだろう、この人たち。リスクをわかっていて、楽天的なほどに前向きに優しさを差し出してくれる。
「『貴方のために』、だよ」
 ランディさんが、私に言った。
「うさぎちゃんもそうだろ? 君が、自分の為だけに、こんなことを考える筈もないから」
 ええと……
「……自分の為ですよ」
「そうだろうね。でも、それだけでもない、だろ?」
 なんだか見透かされていたようで、恥ずかしい。
「ああ、ランディ、それ以上は野暮というものだ。その辺にしておくといい」
 スレイヴさんがからかいの口調で言った。
「さて、戻ろうか。だいぶ、冷えてきた」
「そうですね。今日は、みなさん、有り難う御座いました。愉しかったし、嬉しかったです」
 そう礼を言うと、みんな笑顔で応えてくれた。
 そして。
 案の定、というか、次の日には、ディオには何があったか筒抜けになっていた。でも、予想に反して、叱られなかった。ちょっと不機嫌そうではあったけれど、「すこしは、満足したか」、と一言あっただけだった。
 後から聞いた話だと、クラウス殿下をはじめとするみんなが、私を庇ってくれたようだった。
 それよりも、ギャスパーくんの方が大変だったらしい。
「なんで、俺に黙ってそんなことしてんだよ! ズリィぞっ!!」
 そうぎゃんぎゃん喚いて、宥めるのに一苦労だったらしい。一時は、力に任せての説得も行われたようだ。……まったく、男どもときたら!
 もっと意外だったのは、中庭で女王陛下主催の野外料理の試食会が行われた件だ。
 事前に、サバーバンドさんを中心とするガーネリアの料理自慢の者たちが、城の料理人たちにハーブの使い方をレクチャーした上で、中庭で火を焚き調理する横で、軍関係者を含む一部貴族たちに向けて、ガーネリアの郷土料理の試食会という名のパーティを催した。
 国の復興の為の資金集めを目的としていたらしい。出資金を出せば、今後、ガーネリアとのパイプを持つことになり、国として機能するようになればなにかと優遇されるぞ、ということのようだ。
 牧草地帯の広がるガーネリアも、野外料理に関しては一言のある国だと言う。十年前からランデルバイアに移り住んでいたガーネリアの者たちも、実は、「なんでだろう?」、と言葉にはしないまでも密かに思ってはいたらしいって話だ。しかし、世話になっている身ではあるので大きな声で言うことも出来ず、サバーバンドさんが言ったように、「こういうものなのだろう」、ですませていたという。しかし、国を取り戻せた事で、その意識もすこし変わってきたようだ。
 一番、心配していたランディさんの派閥争いに巻き込まれ云々についても、女王陛下のこの一件で、大した事にはならなかったようだ。結局、女王陛下の命により女官である私の付き添いで、この時の為の調査準備を行っていた、という言い訳が、なんとなくの内に出来上がったらしい。
 出された料理は概ね好評だったと聞いた。ラシエマンシィで出される食事の味にも、向上がみられる。……正直、まだまだではあるけれど。でも、これから学び、独自で創意工夫を重ねていく内に、他国にも誇れる料理を作りだせるようにもなるだろう。

 ディオは、呆れながら私に言う。
「おまえが意図せず行ったことに皆が乗ったせいで、色々ありはしても、悪い事ばかりではないからな。いつものことだ」
 私はどうやら、ディオを少なからず侮っていたらしい。こんな理解力を示してくれるとは思わなかった。
 ごろにゃん。
 長椅子に座っているところを、遠慮なく懐かせてもらった。
「……おまえがこの国に来て約一年か」
 ぽつり、と落ちてきた言葉を拾った。
「……そうだね」
 怒濤の一年だ。
 辛い記憶ばかりが鮮明すぎて、まだ、まともに振り返る事すら出来ないでいる。だが、ひとつ言える事は、一年前どころか半年前には、こうしてこの人の膝枕で寝転がっている事になるとは欠片も思ってもみなかった、という事だ。同時に、癒えるとまではいかないにしても、私の中でもごく僅かずつだが変化が起きているのを感じる。
 若菜が芽吹くがごとく。
 ……いつか、この一年を思い出しても、気が狂いそうになるほどの胸の痛みに耐えられるようになれるだろうか、とほんの微かな兆しに、希望みたいなものを感じる。与えられる優しさに、力強さをも分けてもらっている。
 一年前と変わらず、この人や彼らは私を守ってくれている。そして、その関わり方が如何に変化しようとも、今の私に救いをもたらしてくれている……そう感じている。
 膝に預ける私の首筋から肩を大きな掌が覆い、猫にするように撫でた。
「今度、兄上が地方の神殿を動かして、民に無償で食事を振る舞おうと計画をしているそうだ」
「へえ? また、思い切ったことをするね」
 まるっきり、暇しているってわけでもないんだな。
「物資が行き渡りにくい地域では、長い冬の間に空腹に嘖まされ、病にかかる民も多いからだろう。以前からそうしたことも考えていたようだが、春先の食材の乏しさとかかる費用に、なかなか実現できる目処が立たなかったようだ。だが、そう出来る可能性を見つけたという事だろう」
「ああ、そっか。野草を使った料理だと、遣り方次第で費用は減らせるね」
「そうだな」
「それで美味しければ、今度は民自身が進んで作るようになるだろうし、人の手で栽培するようになるかも」
「ああ。だが、その為の知識も必要ということあって、おまえの主治医にも協力を要請したようだ。これから、順次、領主や神官達を集めて教育を施していくことになるらしい。だから、実現するのは、早くても来年の春以降になるだろう。途中、頓挫する可能性もあるが、それでも、なにもせぬよりは良いだろう」
 ふうん……
「うまくいくといいね」
「そうだな」
「ディオは? ディオはなにかする?」
「特にはしない」
「そうなの?」
 ゲキマズメシなのに?
「いちいち、そんな事に口出しはしない。周囲が変われば、自ずと知識を得て変えようともするだろう。なにより、食する側が黙ってはいまい」
 あっそ。ちゃっかりしていると言えばそう。基本、放任主義だからな。だけど、自主性ある人ばっかりとは限らないよ?
「でも、ディオもどんな状況にあっても、出来るだけ美味しい食事の方がよいでしょ、身体にも良い。そうでなきゃ、私も困るのよ」
「何故、困る?」
「だって、ディオには、出来るだけ健康で長生きしてもらわなきゃ。私を守ってもらう為にも。他のみんなにも」
「そういう理由か」
「それだけじゃないわよ」
 鼻先で笑う声に私は答えた。
「そりゃあ、約束だから、私は貴方より長生きするつもりでいるけれど、ひとりぼっちは寂しいもの」
「約束か……」
「そう。それに言ったでしょ、貴方にも食べられる草をみつけたら、こっそり皿に紛れ込ませて食べさせてあげるって」
「そう言えば、そんなことも言っていたか。その場の冗談だと思っていたが」
「そりゃあね、あの時は半分は冗談みたいなものだったけれど」
 私は身体を起こした。
「『医食同源』って言葉が私の国にあるのよ。普段から食べる物に気をつけることで、病気の予防や治療になるって考え方」
「ほう?」
「戦での怪我とかは私にはどうしようも出来ないけれど、うるさく思われようとも、普段はディオの身体の心配をするし、病気にならないように予防する方法や手段を考えるのも、私の役目だと思うのよ」
 心配するだけじゃこの人は聞かないから……私一人ではなにも出来ないし、なにも変えることなど出来ないけれど。けれど、手助けしてくれる人たちが傍にいる。
「成程な」
 面白そうに私を見る青い目が細められた。
「あと、もう少し酒量も減らしてくれると有り難いです」
 それには、返事の代わりとなる笑い声を聞いた。
 不定期に軍の一部が外に出て、最低限の食料のみで野外キャンプ訓練を行うようになったのは、それからしばらく経ってからのことだ。
 ……教えを乞うか、自力でなんとかするか、我慢するか。追い込んで各自で選択させようってのは、相変わらず、妙にスパルタだ。
 そして、私は温室を作ることを考えはじめる。


 君がため――。



『君がため』

  END





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