繁る、未だ浅い色の葉の向こうに見え隠れする空の色を眺める。
 風をきる度、蜜の甘い匂いが通り過ぎていく。
 冬の頃の身を切るような寒さがまるでなかったかの様にすべてが温み、まったりとしている。
 心なしか、鳥の鳴き声ひとつ、虫の羽音ひとつ取っても、薄い膜に隔てられたかのように精彩を欠いて聞こえる。
 はらむドレスのスカートがそれらの響きを捕えては吐き出し、リボンの端が棚引いては遊ぶ。
 滑りの悪い綱を音させながら、私は身体を前後に揺らし続ける。
 振り切るように。
 春の盛りも過ぎ行こうとしている庭。
 植物たちも、季節はじめの芽を伸ばす勢いに力を尽くした時期を経て、あとは惰性に身を任せているかのような背徳的な風情さえある。
 花も、一輪だけであれば、可憐。
 しかし、終わりを近くにした花々ともなれば、濃密な蕩けきった匂いで、虫だけでなく人さえも頽廃に誘おうと企んでいるかの様にも感じられる。
 でなければ、ルノワールの絵画に出てくるような、熟れた肉体をもつ女のようだ。
 一見、軽やかそうに見えて、息苦しさを感じる。
 ――こんな例えも、相応しくもあろう。
 ここは秘密の花園……ではないが、王族と許された数人のみが入ることを許される限られた空間。
 王家の庭。
 そこで、私はひとりでブランコを漕ぐ。
 重い大気を掻き分けて、ひとり風に触れる。
 いつも護衛として傍にいてくれるランディさんも、今は離れた場所にいる。  いくら耳をすませようとも人の話す声はなく、自然のもたらす響きや私のたてる微かな物音だけが、耳を撫でるばかりだ。
 とても静かだ。
 春宵一刻値千金――
 宵にはまだ早い時間だが、自然と元の世界の詩が頭の中に浮かび、諳んじる。
 
 春宵一刻直千金
 花有清香月有陰
 歌管楼台声細細
 鞦韆院落夜沈沈

 この世界で、私ひとりしか理解する者のいない言語で諳んじる。
 声はすぐに風に攫われて、耳に残るのは響きばかりだ。

 みしみし、きしきし。

 ブランコが鳴る。
 人の手で撚っただろう綱は滑りが悪く、ささくれが掌を刺す。
 揺らす度、私の体重を支える木の枝は、折れはしないまでも不安定な振動を伝える。
 それでも、私はブランコを漕ぐのをやめない。
 不似合いな美しい漢詩を諳んじながら、近付いたり遠ざかったりする青い空を眺める。
 端から見れば、ドレスを着た三十間近の女のこんな様は、とんでもなく余裕にも思われたりするのだろう。
 だが、実際は、そんなもんじゃない。
 軋みや不安定さは心の代弁――口にできない代わり。
 今の私の気分を端的に表現するならば、『御機嫌ななめ』



 ……ほんっと! むかつくわっ!!




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