腹立ちの理由を問われて答えようは幾つかあるが、大本の原因とするならば、王妃さまが第二王子であるローディリア殿下を伴って、復興しはじめてまだ日の浅い故国ガーネリアの地の視察旅行を敢行したことだろう。
 これを実行するにあたっては、当初、かなりの議論が交わされたようだ。
 他国に侵略された母国を十年ぶりに取り戻したことで、その様子をひと目見たいと切望する気持ちはわかるが、未だ治安は安定しないところへ王妃と王子を送り出す危険を冒すなど出来ない云々……実にまともな反対意見も出された。
 しかし、それとは別に、せっかく取り戻した故郷の大地に戻ることを躊躇うガーネリアの人々も多くいるという問題がある。
 十年と一口に言っても、人それぞれに経た時の長さは一言では語れない。
 理不尽にすべてを根こそぎ奪われた上に、移住した先で様々な苦労や努力を重ね、新しい人間関係や生活にようやく馴染んで、生活が落ち着いた頃でもあるだろう。
 それを、また最初からやり直すというのは、なかなか勇気のいることだ。
 否、故郷は元々の生活基盤がなくなったどころか、占領国のまずい政策によって占領期間中に荒れ果て、一どころかマイナスからのスタートであったりもする。
 しかも、先の戦により働き手となる男性を多く失い、老人と女子供が多くを占めるとなれば、積極的になれないのは当然のこととだろう。
 そして、打ち破ったとは言え、占領国であったグスカという国が残されている事で、いくらランデルバイアが睨みをきかせているとは言え、また同じ事が起きるのではないかという不安が残る。
 他にも金銭面のことやら、様々な思惑やらもあって、戦勝の喜びも束の間、国を再建しようにも遅々として進まない状況にあった。
 怒り、悲しみ、焦燥、不安、その中で、そこはかとなく浮かぶ上がる希望の次に来る怖れ。
 愛国心や望郷の念だけでやっていけない。
 ただ、日々、平和に穏やかに暮らしていくことを一番の望みとする民にとっては、更なるリスクに尻込みするのは、当たり前の感覚だと思う。
 おそらく、当事者ではない私が想像する以上に、過酷な精神状態にあるのだろう。
 しかし、だからと言って、このまま荒れ地で放っておくわけにはいかない。
 特に、ガーネリア国王族唯一の生き残りであるランデルバイア王妃にとっては。
 愛すべき家族や祖先の血が染み込む大地を、再び、以前のように栄えさせることは、女王を名乗る彼女の義務であり、矜持であり、宿願だ。
 そんなわけで、数ある反対を押しきって、次代の国主となるであろうローディリア殿下を連れ、自ら積極的に国を回ることで、それでも、すでに覚悟をきめて新たな生活をはじめている人々の励ましと女王としての覚悟を対外的にも示すことになった。
 ……と、いうあらましをランディさんから聞いた。
 王妃さまの決断について、私から言うことはなにもない。
 ただ、恩義を受けている一人として、彼女への個人的な好意もあるし、その勇気と行動力に尊敬を抱いている。
 上手くいけばいいな、と思っている。
 だが、私の機嫌を損ねたのは、その後、それに付随しての事だ。

 元の世界ではどうかは知らないが、この世界で一国の王妃が一時的にでも国外に出るとなると、相当、大変なことのようだ。
 それこそ、戦争になった時に逃げるぐらい。
 里帰りなどもっての他。
 過去にそんな事例はなく、まず有り得ない、というものらしい。
 特に、今回は第二王子のローディリア殿下も一緒だ。
 つまり、この前代未聞の珍事に対し、護衛をどうすべきか。
 まず、当たり前に、ガーネリアの騎士や兵士は随行することになった。
 スレイヴさん達もその中に加わった。
 でも、ランデルバイアは?
 少なくとも、将軍職以上の者が随伴すべき、というところまではすぐに決まった。
 でも、誰が?
 そこで、ああだこうだと議論にもなりかけたそうだが、鶴の一声が決定を下した。
 鶴……ディオは言った。
「私が行く」
 国軍のトップが!
 確かにこれ以上、確実な者はいないだろう。が、そこまでしなきゃいけないものなのか?
 理由として、ついでにグスカに駐留させているランデルバイア兵たちの様子の視察と、再編の考慮を兼ねて――と、やっぱり反対しようとする意見を封じ込めたそうだ。

 ……このことも、後からランディさんから聞いた。
 そう、ランディさんからだ。
 ディオ本人の口からではなく。
 ディオが私に言ったことと言えば、

「明日から女王陛下の供として、暫く留守にする」

 それまで私は、視察の事は噂に聞いてはいたが、具体的な事はなにひとつ聞かされていなかったし、知らなかった。
 まさに、寝耳に水。
 なんだそりゃ、だ。
 しかも、出発の前夜。
 『明日から出張に行く』、と同じノリで。
 新幹線で行くわけでもないのに!
 急いだとしても一ヶ月以上はかかるだろうに!
 その間に事故や病気も大いに有り得る。
 それに、まだ気付いていないだけで、良からぬ事を考えるグスカの残党もいないとは限らないのだ。
 津田三蔵みたいな輩がいてもおかしくはない。

「ランディは置いていくが、できるだけ大人しくしていろ」

 そして、明日の出立が早いからの理由で文句を言う暇も与えられず、寝所の灯は落とされた。

 ふ、ざ、け、る、なっ!!

 そんなの、すぐに納得できるわけがなかろう。
 もともと言葉が足りなさすぎる人であることはわかっているが、もうちょっと誠意をみせても罰があたらないと思う。

 それとも、私はその程度のものか。
 やっぱり、飼い猫程度かっ!?

 一晩中、ひとりベッドの毛布を噛む思いで過ごし、それでも、彼の務めなのだからと他にも理由をあげて、大人らしく許せるまで努力したにも関わらず、気付いた時には、ろくな見送りもできない内にディオはいなくなっていた。

 なんてヤツ!

 思わず青筋を立てた私は、悪くないだろう。
 どうせ、私がぎゃんぎゃん言うと思って、逃げたに違いない。
 あれから二ヶ月以上が過ぎ、思い出すだけでもむかつく。
 手紙ひとつ寄越さない事に腹が立つ。
 『便りがないのは良い知らせ』とは言うが、その『便り』自体の行き来に時間がかかるこの世界では通用しない。
 ……なんつー馬鹿野郎様だっ!!

 みしみし、ぎしぎし。

 私はいっそう大きくブランコを鳴らし、頬に当たる風を強くした。



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