その国には古より、呪いがかけられていた。
 恐ろしい呪い。
 なぜそんな呪いがかけられているのか、誰も原因を知らなかった。
 だが、魔女がかけたものだ、という事だけ伝わる。
 嘗ての王の仕打ちに腹を立てた魔女がかけたものだ、と伝えられている。
 王が魔女に対して、どのような仕打ちをしたかまでは伝わってはいない。
 ただ、大層、魔女を怒らせたのだろう、ということだけは明らかだ。
 何故ならば、それ以外にこんな呪いをかけられる理由はないのだろうから。
 魔女のほかに誰がそんな真似をするっていうのだろう。
 いまいましくも、馬鹿馬鹿しい呪い。
 その国には、呪いがかけられている。
 そう伝えられ、信じられている。


 夏の訪れを間近に控え、大気は温かく、しかし、枝を伸ばした緑の屋根が、強くなりかけの陽射しを和らげる。
 苔の色の柔らかさ。
 地面に落ちる木漏れ日の涼やかさ。
 吹き渡る濃い緑の風の爽やかさ。
 甘い花の蜜に誘われ、色鮮やかな羽根を持つ蝶が舞い、鳥たちは高い声で歌う。
 森の径。
 その道をゆっくりと進む二騎の姿があった。
 半身先行する青鹿毛に、雪のような白馬が追従する。
 対照的な色を持つ、二頭の馬たち。
 肉付きもよく艶やかな毛を持つ馬たちは操る者たちに従い、嘶くこともなく蹄の音だけを響かせる。
 時折、纏わりつく虫に豊かな毛を持つ尾を左右に振って払いながら、ゆっくりと先に進む。
 ほかに擦れ違う人もいない細い道を、注意深く木の根をよけて進む。
 と、ひとつ大きく道に張り出した木の根の向こうに、小屋が見えた。
 三角の屋根に木の幹を互い違いに組んだ木肌は黒く変わり、古いものであると伺える。
 粗末な小屋だ。しかし、頑丈そうではある。
 なにより、周囲の風景に溶け込んで見えた。
 ひっそりと、静寂でできているかのようだ。
 寄る辺ない森に建つに相応しい小屋だった。
 二騎は小屋に近付くと、止まった。
 大人しく背から彼等の主人が下りるのを待ち、そして、下りた後も静かにその場に留まる。
 青鹿毛を褒めるように、その首が二度、軽く叩かれる。
 その手の持ち主は黒。
 髪の色も黒くあれば、瞳も黒。そして、身に着けるものもすべて黒。
 明るい陽の下の影よりも黒き姿。
 荒々しいほどに光を跳ね返す強靱さを、その身より発する。
 その後ろで、白馬からも、もうひとり。
 頭上にある光をそのまま集めたような髪の色に、それよりも瞳の色は僅かに濃い。だが、柔らかさは同じ。そして、身に着ける色は馬と同じ雪の色をしている。
 光を受入れる柔らかさを、その身に宿す。
 馬と同じく対照的な色を持つふたりの若者。
 黒と白。
 剛と柔。
 光と影。
 対立しながら、調和の取れた一対。
 印象は違えど、両者ともに、はっ、とするほどの整った外貌と自然と滲み出る気品を持つ。
 その並び立つ姿は、等しいほどに美しい。
 先に立った黒の若者が小屋へと歩むと、扉の前の小さな階を昇った。
 数段ある木で出来たそれが、重みに軋む音を立てた。
 その後を、もうひとりも続く。
 一枚板でつくられた小さな木の扉の取手に、黒い皮の手袋を嵌めた手がかかった。
 長年、家の主以外でその取手に触れた者はいない。  だが、物言わぬ扉は、その手を受入れた。
 ひとこともなく、取手が乱暴に引かれた。
 拒むことなく、小さな扉は開かれた。




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