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 手紙を読み終えてしばらくすると、また、カリエスさんがやってきた。
「大丈夫か……と、訊くまでもないな、その顔は」
 と、私の顔を見て、苦笑した。
「無理もない、か。男である私達には分からない部分もあるのだろうな」
 確かに、子供を生む事のない男には一生、分からないところは多いだろう。でも、この人も三人の子を持つ父親である事を思い出した。
「カリエスさん。カリエスさんは、戦う事は好きですか」
「随分と、唐突な質問だな」
「……お子さんや奥さんに二度と会えないかもしれない戦に、危険を冒してまで出るのは何故なんだろうって。殿下だって他の人達も大事な人がいるだろうに、何故、今、こんな戦いをしなければならないのか、そう思ったんです。将来、大きな戦にならない為に今のうち、って理屈は分かるんですけれど」
「そうだな」
 カリエスさんは、溜息を吐くように頷いた。
「大陸の覇者となるべき者を黒髪の巫女が宿しているにしても、案外、簡単に事は収まるかもしれない。もし、本当にその子がそういう星の下に生まれるとするならば。或いは、女の子で、次の黒髪の巫女となる者かもしれない。ひょっとすると、放っておいても、無事に生まれないかもしれない。生まれても、幼くして命なくすかもしれない。先がどうなるか、誰にもわからない。しかし、現在、若く健康な黒髪の巫女が存在する限り、どうしたってこれまで通りというわけにはいかないだろう。人の数だけ守るべき者達がいて、守るべき物がある。欲というものがある。利用し、利用され、手に入れようとする者がいれば、奪われる者がいるのは自明の理だ。一面が良くあっても、全てが丸く収まるわけがない。その間で戦いが起きるだろう。関係のない他者を巻込んで。それが、百年、二百年後ならば、どうにかしようと言う気にはなれないが、早ければ、十五年か二十年後か。その頃でさえ私がどうなっているかは分からないが、戦に駆り出されるのは、間違いなく私の息子たちだ。娘も辛い思いをするに違いない。だが、今、息子達に痛みを与えるのを防ぐ手立てがあるというならば、そうしよう。それが、親として、ランデルバイアの騎士としての私の務めだ。好きも嫌いもない。ただ、それだけだ」
 今更、分かりきったことをゆっくりと話す口調は、よいお父さんなのだな、と思わせる。普段は寡黙な人がこうして話してくれると、とても説得力みたいなものを感じる。
「美香ちゃんは……黒髪の巫女も、ただ、好きな人達に囲まれて平和に幸せに暮したいだけなんだと、手紙には書いてありました。元気で優しい子に育てたいと」
「母親としては、そうだろうな。それが普通なのだと思う」
「でも、なんで殺されなきゃいけないんでしょうか。ただ、カリエスさんと同じ事を、当り前の事を願っているのに」
「人には、それぞれ立場というものがある。黒髪の巫女が私と同じ髪の色と瞳の色を持つ少女であれば、その願いは容易くかなうだろう。だが、そうではない。真実はどうあれ、その容姿を利用し利用されようとした時点で、それに負う義務も代償も生じる。それが自分の手にあまるからと言って、果たさずすむものではない。キャス、君もそうだろう。その瞳の色が人とは違うというだけで、君には不本意な事ではあろうが、それによる代償を支払っている」
「それは分かります。でも、黒髪の巫女の場合、どういう代償が必要なのか、義務が必要なのか。ただ、その存在だけがひとり歩きしているようにも感じます。当事者である私達をおいて」
「そうだな。だが、それこそが支払うべき代償なのかもしれないな。伝説の、曖昧な存在とされる中で、どうやって己の存在を確かなものとさせていくか。どうやって、己の意志を皆に伝えていくか。それは伎倆を試されているとも言えるが、義務とも代償とも言えるのではないか、と私は思う」
「伎倆を試される……」
 どこかで似たような言葉を聞いた覚えがある。どこでだったか。
「この事態を乗りきる事があるならば、黒髪の巫女は新たな伝説にもなるだろう。だが、そうでなければ、また、聖典にも伝わるただの伝説に戻るだけだ」
 そう言えば、黒髪の巫女も数ある試練に耐えて、って話だった。この戦が、美香ちゃんに与えられた試練とでも言うのだろうか。もしかして、己の立場を守るためと言いながら、人々はこれまでそうやって巫女と呼ばれる者達を試してきたとでも言うのか?
「神様って本当にいるんでしょうか」
 その問いには、カリエスさんは薄く微笑んだ。
「いるだろう。少なくとも、君をみていると、そう信じたくなる」
 それは、ロマンチストと言うには程遠い。
 人は信じたいのだろうか。
 伝説を。
 運命を。
 神の存在を。
 でも、もし、そんなもんがあったとしても……ロクなもんじゃねぇ。
 それだけは、断言してやる。




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