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 街に入ると、カリエスさんは私を一軒の宿に連れていった。
 城とは逆方向へ進んで、広場に面して建てられたなんの変哲もない普通の宿だ。
 カリエスさんは慣れた様子で馬を厩舎に入れると、荷物を下ろし、私を促して宿に入った。
「おや、旦那、とんぼ帰りかい。忙しいこったね」
 と、中に入るなり、受付のカウンターの中の痩せぎすの初老の男性から声をかけてきた。
「ああ、部屋は空いているか」
「戦の最中だってのに、誰が泊まりに来るってんだい。閑古鳥が鳴いてらあね」
「ちがいない。では、二部屋頼む」
「おや、一部屋じゃないのかい」
「止してくれ、彼女に失礼だ」
「あれ、嬢ちゃんだったかい、こりゃあ失敬」
 軽い笑い声の混じる、小気味良い遣取りがあった。お馴染さんって感じだ。
「心配はない。仲間だ」
 カリエスさんは、小声で私に言った。
 鍵がふたつ、カウンターの上に出された。
「それじゃあ、階段上がって二階の突き当たりの部屋とその隣だ」
「あと、彼女に湯浴みの用意をしてやってくれ。あと、ブランシェはいるか」
「ブランシェなら、今、ちょいと使いに出ているが、おっつけ戻って来るだろう」
「それなら、戻ってきたら、すぐに私の部屋に来るように言ってくれないか。手前の部屋だ。また、仕事を頼みたい」
「あいよ」
 鍵を受け取ったカリエスさんについて、二階への階段を上る。床板の軋む廊下を歩いて、一番奥の部屋の扉の鍵を開けた。
 ふかふかとした羽毛布団のベッドと、小さな机がひとつあるだけのシンプルな部屋だった。広くはないが、こざっぱりとして清潔だ。
 カリエスさんは一緒に中に入ってくると、ひとつある窓を開け、外を覗いて確認をした。そして、私に言った。
「あまり顔を出すな。知り合いに見られて面倒になるかもしれないからな」
 ああ、そうか。ルーディ達以外にも私の顔を知る人はいるから。
「それと、分かっているとは思うが、勝手に外に出ないように。また、逃げようという気は起こすな。今度、同じ事をしたら、本気で君を拘束しなければならん。そんな事はしたくない」
「……わかっています」
 頷くと、カリエスさんは、ふ、と微笑んだ。
「じきに湯浴みの用意もされるだろう。今日はここでゆっくり休め。夕食になったら、また呼びに来る」
「……はい」
 カリエスさんもひとつ頷いて、部屋を出ていった。

 それから暫くして、部屋で待っていると、湯浴み用の大きな盥とお湯が運ばれてきた。
「終ったら、下に声をかけてくれりゃあ、引き取りに来るから」
 カウンターにいたおじさんが、にこにことしながら言った。
「お世話かけます」
「いいって事よ。白髪の魔女さんのお世話なら、喜んでするさ」
 カリエスさんが話したのか?
「……ガーネリアの方なんですか」
「ああ、そうだ。嬢ちゃんの事は仲間から聞いているよ。先祖の眠るあの土地を取り戻してくれた事に、皆、心から感謝をしているよ」
「いえ、そんな」
「本当に。ここの暮らしも長くなって落ち着きはしたが、ふ、と、草原で暮していた事を懐かしく思い出す。草の匂いやら風の匂いを思い出してな。その度、魂が帰りたがってるのを感じる」
「魂が」
「ああ、血や肉、骨で感じるのさ。あそこにまた戻って暮すのは無理にしても、魂の拠り所っていうのかなあ、先祖の血や汗が染込んだ土地が呼ぶんだ。それを、何も知らない、分からないグスカの連中に穢された時は辛かったもんだよ。でも、またこれで、ガーネリアの血を持つ誰かがあそこを守っていく事になるだろう。それだけで、いつでも私らの魂も自由に戻っていける。死んだ後は、この身体をあそこの地に戻してやれる事も出来るだろう。それが嬉しいのさ」
「そうですか……少しでもお役に立てたなら、良かったです」
「充分すぎるほどだよ。私みたいな年寄りにはな。おっと、長話してちゃいけねぇな。他になにかあれば、遠慮なく声をかけてくれ」
「はい。ありがとうございます」
 私はおじさんが出ていくのを待って、久し振りにお湯を使った。
 なんだか妙な感じがした。自分勝手にした事で、見知らぬ人に感謝されるというのは。
 温い湯で身体を洗いながら、ぼんやりと思った。

 ……死んだら私の魂は何処にいくのかなあ。私の魂の拠り所ってどこなんだろう。

 前にも同じことを考えた事なかったけ?
 その事は、その夜、眠るまで私の頭から離れなかった。




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