私は空を見上げた。
四角く区切られた空。
その色は雲に覆われ、灰色とも銀色ともつかない。
ゆっくりと動く雲が、薄い斑の形を次第に変えて見せている。
見上げている内、白いものがちらちらと落ちてきた。
雪だ。
空の欠片。
日本で見たそれとは違い、結晶の形も肉眼では見えない。
パウダースノーだ。
それだけ気温が低い。
私の頬に当っても、溶けて氷に変わる。
でも、冷たさは同じ。
手袋を嵌めた手でこすり落す。
私と同じであるのに、質感もなにもかもまったく違う事に、不思議さを感じる。
白い欠片は落下する数を増やし、銀色の空をより薄く変えて見せる。
と、影が落ちた。
音もなく、私の脇に立つ人影がいた。
白い中で一際、濃い黒。
だが、その髪の色は錆びた鉄を思わせる赤。
風景とは対照的な色は、薄暗い中であっても鮮やかな存在感を示す。
しかし、それさえも覆い尽くそうとでもいうのか、白が舞い落ちる。
「まだ死にたいのか」
闇の色を呼ぶかのような、低い声が言った。
「いいえ」
「こんな場所で寝ていては、あっという間に凍りついて命を落とす」
寒くないのか、と訊ねられる。
「寒いですよ」
それに私は、上体を起こし答えた。
「ただ、空が見たかったんです」
「……そうか」
見上げる顔立ちは端正で凛々しい。ギリシャ、ローマ時代の彫像の様に綺麗だ。
「よく、ここにいるって分りましたね」
「……空が見える場所は限られているからな」
ああ、と私は心の中で密かに思う。
「おまえは、いつも空を見ているな」
青い瞳が私を見下して言った。
「なにか見えるのか」
「いいえ」
晴れた日の澄んだ空の色だ、と思う。
「いいえ、なにも」
この色を見たかっただけなのだ。
……地上にある空の色。
「そうか」
「はい」
その色を見ながら答えて、私は微笑んだ。