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 つい、忘れがちになるが、ルーファスには三つ年下の、二十一歳になる弟がいる。
 両親ともに血の繋がった、実の兄弟だ。
 名は、アレックス。
 アレックス・フェルディナンド・ルーサー・ド・マジェストリア。
 今は、レンカルト国へ留学というか、遊学に行って国内にはいない。
 体よく追い出したとも言われるけれど。
 理由は、兄弟仲が非常に悪かったから。
 その程度であるが、このマジェストリアでは、『たかが』、では片付けられない。
 国単位の迷惑においては、定番中の定番な話。
 嘗て、旧ロスタ国で王位簒奪から大乱を経て、新制ロスタ国となるまでの歴史を紡いだ原因となり、隣国、クラディオンが滅ぶまでにも絡んでいる。
 ほかにも細々あったが、その度、政治的混乱を引き起こしてきたのは周知の事実。
 それを知っていれば、神経質になってもおかしくない。
 兎に角、アレックスが十六になった年に、『見識を広め、己をより良く磨くべし』との理由で、国外へ放り出された。
 勿論、預け先のレンカルト国にもじゅうぶんにお願いして、一国の王子らしく、身分に相応しい生活とある程度の活動資金等の保障付きで。
 本当はルーファスの方がそうして欲しいと願ったぐらいだが、成人の儀式とともに『王太子』の肩書きももれなくついてきてしまったために、それはかなわなかった。
 逆に、アレックスの方は、自分が放りだされることが不満だったようだ。
 行く直前ぎりぎりまでごねて、ごねて、ごねまくった。
 なにせ、ルーファスに比べれば、比較的、緩やかなこども時代を送っていたから。
 現国王ほどではないが、王子の育成としては普通で恵まれた環境に育つ『箱入り息子』。
 魔力はそれなりにあったが、人並みの範疇。
 剣の腕前や、その他勉学においても、可もなく不可もなく。
 言うなれば、『普通の王子』だった。
 よって、教える側も、「まあ、これだけ出来れば充分だろう。王様になる可能性も低いし」、と手を抜いたわけではないが、ルーファスの時のように苛めているのではないかというぐらいのスパルタ教育は施されなかった。
 母親のビストリアも、「まあ、下手にルーファスと拮抗する力をもたせては、あとあと面倒なことになりそうだし」、とそれを許容していた。
 表立ってなにかあったわけではないが、ふたりの仲がよろしくないのは、それとなく気付いていたし。
 それに、ビストリアも、アレックスの方が、どちらかと言えば可愛く感じていた。
 アレックスは父親似の性格で、ルーファスよりも愛嬌があって、優しい子だったから。
「ははうえ、ははうえ」、と呼んでは抱きついてくるような甘ったれなところも、王子としては失格だが、息子としては二重丸。
 ビストリアの母親部分の琴線を弾きまくった。
 いつの間にか唯我独尊、ケダモノの片鱗をみせつけはじめ、『クソガキさま』に育ってしまっていたルーファスと比べてしまうから、余計にそう感じてしまったのは、自然の成り行き。
 それは、ビストリアだけでなく、ほかの者たちも同様だった。
 近くに侍る臣下や、貴族や、家令や召使いたちにも。
 アレックスは、皆から愛される王子だった。
 アレックスも、それによく応えた。
 だから、外にやられたとも言える。
 ルーファスが王太子であることは、厳然たる事実だったから。
 ルーファスが王位に就くにあたり、例え、実力が伴わなくとも弟の方が人気が高いというのは、揉める原因にしかならないから。  別に、王様は皆に好かれていなかろうと問題はない。
 兎に角、それに気付いたビストリアが、アレックスをレンカルト国へ出すことで、王位継承について起るかもしれない……起るだろう諸々の面倒と上の兄との確執から、いったん引き離したわけだ。
 涙を飲み、嫌がる下の息子に胸中で詫びながら。
 可愛い子には旅をさせろ、とか言うし。
 ルーファスが妻を娶り王位に就いた暁には、すぐに呼び戻せられるよう手筈も整えて。
 まさか、それがこんなに長くかかるとは思わずに。
 だが、そうなった理由のほかにも彼女が知らなかったことがある。
 皆に愛される下の息子が、なぜそんなに上の息子と仲が悪かったのか、本当の理由を。

「久しぶりに来ましたか。ここしばらくなかったので、いい加減、諦めたかと思っていましたが」
 足下に落ちている矢を見て、カミーユは言った。
 矢の数は、全部で二十四本。
 外したものばかりでなく、剣で叩き落とした痕が残るものが半数以上。
 ルーファスに慌てた様子はないが、どう見ても暗殺未遂が行われた痕だ。
 突然、鳴った、防犯ベルの音に飛んで来てみれば、この惨状。
 ここ数日の習慣になっている、キールの飛行訓練のために庭に出たところを狙われたらしい。
 ああ、とルーファスは手に止まったキールの首筋を指先で掻いてやりながら、うなずいた。
「俺は、そのうち来るとは思ったがな。王宮を離れた今ならば、誰のせいにでも出来るというものだろう」
「まあ、そうでしょうけれど。でも、ここまでしつこいとなると、既に病気ですね。この矢数は、殺す気満々じゃないですか」
「そうだな。遠方から射るにしても、随分と腕の良い刺客を雇ったようだ。それに、弓自体も最新式の連射が可能なやつを使ってきた」
「それだけですと、外国の傭兵かこちらの者かの判断はつきませんね。ああ、矢尻にも当たりやすいよう方陣が施されているとこからして、道具はこちらの物を使いましたか。どこから」
「あちらの斜面の茂みからだろう」
「探させますか?」
「いや、もう逃げているだろうから、放っておけ。また、そのうちに来るかもしれんが、その時に捕まえられるようであれば、そうしよう」
「では、警備の強化だけはしておきましょう」
「シュリはどこにいる」
「マーカスと共に研究の手伝いをお願いしています」
「だったら、マーカスにシュリの身辺に気をつけるよう言っておけ。見知った者以外を近づけさせるな。屋敷内であっても、絶対にひとりにするなと伝えろ」
「そうですね。あの方は、貴方の持っているものはぜんぶ欲しがる人ですから、シュリさまは間違いなく狙われるでしょう。どんな手を使ってくるかもわかりませんし。グロリアも戻してもらいましょう」
「そうだな。ああ、だったら、屋敷の料理人たちに適当な理由をつけて休暇をとらせろ。他の召使いたちも同様に、最低限の人数まで減らせ。今後、滞在中の食事はエンリオ・アバルジャーニーに作らせろ。多少、粗末でもかまわん。毒さえ入っていなければ文句は言わん」
「畏まりました」
「さあ、キール、もう一度だ。行け!」
 なにもなかったようにルーファスが軽く手を上に振り上げると、キールは、虹色に輝く羽根を大きく広げて飛び立った。

 ルーファスの弟のアレックスは、根っから性格が悪い。
 もっと言えば、生まれついての根性曲がりだ。
 歪んでいる。
 もっと言えば、人格障害かとも言えるぐらい。
 しかし、それを知っているのは、たぶん、ルーファスとカミーユだけだ。
 他にもうすうす感付いている者もいるかもしれないが、確証を持つに至らないか、気のせいですませているか、声が届かないほど遠くにやられているか。
 だが、事実だ。
 幼い頃から、アレックスはルーファスの持っている物をことごとく欲しがった。
 なぜかはわからない。
 が、兎に角、欲しがる。
 執拗に、どんな手を使っても。
 持っていかれたのは、おもちゃから始まって、装身具とか、調度品とか、果ては専用の侍女や護衛まで。
 カミーユも一時期、標的にされたぐらいだ。
 試しに、嫌いな教師をさも気に入っているように振る舞ったら、もれなく持っていって貰えた。
 その簡単さには、ちょっと泣けた。
 それに、例えそれに文句を言ったとしても、決着の着き方はどこの兄弟とも同じ。
『お兄ちゃんなんだから我慢しなさい』。
 そして、その通りにして気が付けば、人を含めたそのもの自体が、アレックスの手元にもどこにもなくなっていたりする。
 つまり、『飽きたらポイ!』、だ。
 巷では、よくある話。
 だが、持っていかれる方のルーファスからみれば、なんども同じことを繰り返されれば嫌がらせとしか思えない。
 気まぐれな飽き性だからですますには、妙な悪意も感じた。
 しかし、その目的としているところが、さっぱりわからない。
 おそらくだが、生理的に嫌っているとか目障りとか、そういう単純な動機なのだろうと思っている。
 だったら、放っておいてくれればいいのにと思うのだが、そうはならない。
 そうして、それとなく弟を観察しているうち、実に性質が悪いことに気が付いた。
 アレックスは、どうすれば望むものを手に入れられるか、結果がどうなるかわかってやっているからだ。
 可愛らしく媚を売ることからはじまって、泣き落としやお願い、果ては周囲の者たちを踊らせ、搦め手を使ってまで。
 最初は姑息だったのが、経験を重ねるごとに狡猾になった。
 手段もバリエーションが増えて、より巧妙になっていった。
 その進化の仕方は、動物のそれを表す図表とよく似ている。
 細かく枝分かれしたアレだ。
 しかも、誰にも性悪さを見破られない手際の良さ。
 ばれそうになっても、その誤魔化しっぷりは、どこで覚えたのか、すご腕詐欺師と同等かそれ以上。
 そして、けっして自分の手は汚さない。
 その見事なまでの人心操作術は、カミーユでさえ舌を巻くほどだ。
 現に彼女の場合、露骨に嫌うキルディバランド夫人の存在があるのだから、そこまで到達できていないとも言える。
 尤もアレックスの方は、長年かけて仕込みまくった『愛らしい王子フィルター』で周囲の者たちの目が曇っているせいもあるけれど。
 実際、ルーファスたちも用心していなければ、そこまでの性根の悪さに気付くこともなかったろう。
 ごく稀にみせる表情の変化を見逃していれば、勘違いですますところだった。
 してやったり、のあの顔だ。
 だが、襤褸を出すまではいかない。
 尻尾をつかませる真似はしない。
 物的証拠はなく、状況証拠も確たるものとは言えず。
 しかも、愛される王子の演じっぷりも半端ないから、わかって見ている方としては……かなり痛い。
 色んな意味で。
 そのモデルとなっているのが、実の父親だったりするから悶絶ものだ。
 あいたたたたたたたた……
 父親は天然でやっているが、アレックスは意図的だから、尚更。




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