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 ランデルバイア王国。
 その国の事を、新参者で何も知らない私にも分かるように、ケツ顎王子は説明してくれた。ありがとよ!
 現在の王は、まだ代替わりをしたばかりの若き王で、先代の長子、アウグスナータ王。三十六才でありながら王の威厳を備えた方らしい。
 実は先の侵略戦争が終結できたのも、このランデルバイア国のお陰だそうだ。
 ファーデルシア国も決して兵力に不足があるわけではないのだが、そこは小国の哀しさ。人材物資的にも限界がある。
 対して攻めてきた隣国のグスカ王国は、面積人口共にファーデルシアを上回る大陸でも中ぐらいの大きさの国で、それなりの備えも蓄えもある。だから、戦争が長期になればなるほど、ファーデルシア側には不利なわけだ。
 そこで、もう一方、グスカ国とファーデルシア国の両方と国境を接するランデルバイア国に救援を求めた。
 このランデルバイア国の軍隊が、兎に角、強い。国の大きさも、グスカとファーデルシアの二国を足した分の広さがある。ただ、大陸の北方に位置する為に過酷な自然環境もあって、食料物資面で他国に頼らざるを得ない面があるらしい。そんなわけで、気候温順なファーデルシア国とは昔からの付合いがあったそうだ。
 グスカにファーデルシアを取り込まれれば、ランデルバイアも鬱陶しい。というわけで、同盟は成立した。
 グスカにとっても、軍事力のあるランデルバイアの参入は脅威だ。ミイラ取りがミイラになりかねない、という事でグスカも退かざるを得ず、なんとか戦争終結に漕ぎ着けたらしい。
 だったら、ランデルバイアは侵略の脅威にならないのか、という質問には、「これまではね」、との忌忌しそうな答え。
「ランデルバイアの冬は厳しく、一年の内、半年近く雪に埋もれる。出兵できる時期が限られているんだ。逆にそれで攻められない、という面もある。今回、他にも農作物の不作や、先王の崩御などが重なりそれどころでなく、結局、交渉するのに三年近くかかってしまった。それに、ランデルバイアの軍事力の脅威が増したのは、ここ十年ぐらいの事だしね。先ほど君も会ったろう。エスクラシオ大公殿下。彼はアウグスナータ王の弟君に当られる方だが、彼が指揮するようになってから軍は負けなしだ」
 ほお、あのオットコ前、そんな凄い人だったのか。見るからに強そうではあったが。
「で、それで、どうして私がランデルバイアに行くことになるんでしょうか」
 それには、王子の眉が顰められた。
「今回、エスクラシオ殿下は密かに王の特使としてこの国との新たな関係を結びに来られた。というと聞こえは良いが、体のいい脅しだ。つまり、二国間でこれまで以上の益を得られないのであれば、侵略も辞さないというわけだ。私も現王にお会いした事はないが、若いだけあって野心にも満ちておられる方のようだ」
「はあ」
 まあ、当然の成り行きだわな。しかし、弱みにつけこんで殆ど植民地扱いだな、そりゃ。
「我が国としても、未だ戦の傷痕深く、今、ランデルバイアに攻め込まれれば、どうなるか分からない。その為、最大限回避する方向で話合いが持たれている」
「そうなんですか」
「とは言え、我が国から出せるカードは限られている。提供できる資源にしても、現在の状況では出せる量に限られる」
 人手不足だしね。踏んだり蹴ったりだ。
「そこで、当面の打開策としてこちらからも特使を送り、ランデルバイアが納得できる供給量を提供できるようになるまで待って貰うよう働き掛けることにした。アウグスナータ王を説得する役目を負う者だ」
 ピシッ、と私の中で何かがひび割れる音がした。ちょっと、待ったぁっ!
「そういうのって、外交責任の大臣とかがするもんじゃないんですか。それでも足らなければ、王族の血を引く誰かが行くもんでしょう」
 人質としての側面も持つのだろうことは、私にも分かる。だとすれば、相応の身分が必要な筈だ。私は機先を制し、思いきりしかめっ面で答えた。
 それとは逆に、王子の表情が、ふ、と緩んだ。
「君は察しがいいな」
 当り前だ! この位の読みが出来なければ、広告《アド》マンは務まらないぞ……広告ウーマンか。つか、冗談じゃない! なんで私が政治の道具として、他国の人質にならなければならんのだっ! 国民でもない、一介の難民がっ!
「政略結婚の線はないんですか。こちらの王族の姫君を嫁に出すとか」
「アウグスナータ王には既に正妃がおられ、他にも側室が五人ほどおられる筈だ。我が方でも出せる年頃の姫がいないのだ。未婚の姫で一番上はまだ四才だ。ランデルバイアにも六才の王子がおられるが、形ばかりにしても現状では断られて当然だ」
「逆はどうですか。貰う方で。王子は独り身なわけだし」
「それに何の意味がある。現状ではランデルバイアは出さないだろうし、我が方に出させるだけの取引材料はない。それに……私も厭だ」
 ああ、浅慮な発言だった。本来なら平和時に弱小国の方から、『ください』ってお願いするもんなんだな。しかし、だ。
「ジェシュリア王子、最後の発言は、お立場上、問題あるかと思いますよ」
 気持ちは分からんでもないが、言ってやる。私情をまじえやがってこの野郎。ケツ顎のくせして甘いわ!
「それがどうした!」お、キレやがった。「大切な者を守るためならば、魔王エクロスにも魂を売り渡そう! 或いは、この身が悪鬼に変わろうともかまうものか!」
 眉を顰める私に向かって、そう言い放つ。その意味するところを私は考えて、眉をひそめる。王子の大切なもの。それは……
「我々の申し出について、先方から提案があった。黒髪、黒い瞳の巫女を引き渡すならば、まだ交渉の余地はあるだろうと」
 美香ちゃん? あの娘にそんな価値があるのか?




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